表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】明日も、生きることにします  作者: 楽歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/40

16.神に仕える者として side大聖女

 side大聖女



「だ、大聖女様、こちらにお見えになるのは来月のご予定では――」


 声をかけた神官の言葉は、途中でかすれた。私の表情に、何かを感じ取ったのだろう。


「神より神託が下ったのよ。皆を集めてちょうだい」


 背筋を伸ばして言うと、場の空気が一気に張り詰めた。神託――その言葉がもたらす重さは、彼ら自身が一番知っているはずだ。


「聖女のお二人は式典のため、王宮へ。……光耀の癒聖は、その、今は神殿におられません」


 やはり。私の胸に去来するのは、確信だった。


「……光耀の癒聖が、なぜ神殿にいないのかしら?」


「そ、それが、神託が下りまして……巡礼へ出られたと」



「ば、ばか! それは……!」


 動揺した神官の声をかき消すように、私は笑みを浮かべた。


「へえ、神託? 一体、私以外の誰が神の声を聞けるというのかしら?」


 神託――それは、大聖女であるこの私にしか下されない。神と心を通わせ、運命の兆しを読むことができる者は、他にいない。


「そ、それは……神官長が、そのように……」


「”光は汝らの手を離れた”――それが、神より私に下された言葉。これが何を意味するのか、分かる者は?」


 誰も、口を開かない。ただ目をそらし、押し黙るだけ。愚かしくも、罪深い沈黙。


「神官長をすぐに呼びなさい」


 遅すぎた。あの子が手紙に何も書いてこなかったことに、違和感を覚えるべきだった。この空気、この空白。光の癒聖が、ぞんざいに扱われていたとしか思えない。


「大聖女様、お呼びと聞き、参りました」


 神官長が駆けつけてきた。だが、その顔には誠実な憂いの影もない。


「光耀の癒聖が巡礼とは、どういうことです?」


「癒聖が、自ら望んで旅立ちました」


「神託があったと、先ほど聞きましたが?」



 私は静かに尋ねた。その声に、神官長の肩がわずかに震えたのを、私は見逃さなかった。


 そして、神官長のその眼差しが、周囲の神官を睨みつける。



「……いつから、あなたに神の声が届くようになったのかしら?」


 私は――過去の因果と、未来の兆しを読み解く者“深淵の預言”そう、呼ばれている。祈りの中にこそ、神の声は響く。そして、それを受け取れるのは、この私ただ一人。



「神託を偽り、光耀の聖女を神殿から追いやった……それが事実なら、大罪よ。王都を覆うこの厚雲と風雨は、まさにその報い」


 私の言葉に、周囲の神官たちは青ざめ、ざわめきはじめた。


「神の言葉を偽り、神の娘たる聖女を陥れるような真似……神は、怒っておられるわ」


「……神が……お怒りに……?」「わ、我々は見捨てられるのか……?」


 ざわめきが広がる。恐怖と動揺が波紋のように広がり、聖堂の柱すら軋むように思える。


「神官長、あなたは私についてきなさい。事情を詳しく説明してもらうわ。ほかの者は聖堂へ。祈りを捧げ、神の許しを乞いなさい。まずは、この天の怒りを鎮めなければならない」



 神官長の部屋で、ことの成り行きを聞く。


 誰も供をつけずに一人で巡礼? 食べるのが大好きな子が食事を残す? 皆の世話を進んで焼くようなあの子が、世話役を追い出す? 散財なんて想像もできない。


 目の前の神官長からは、保身の言葉しか聞こえてこない。


「ですから、これは試練なのです。光燿のせいじょが立派な聖女となるためにーー」


「聖女は、神官長であるあなたよりも、上の存在。神官に、神の試練を語る資格などありません。与えるのは、神だけです」


「しかし光耀の聖女は、平民出身です」


 私は一歩、彼に詰め寄った。


「黙りなさい。神が選んだのです。身分がどうであろうと、神の娘であることに変わりはない。それを、あなたたちは……!」


 神官長の顔に、納得しきれぬ色が浮かんだ。


「……ことの重大さが、まだ分かっていないようね」


 静かに告げたその言葉が、部屋の空気を氷のように冷やした。



「もし――あの子に、何かあれば……あなたは即刻、処刑されるわ」



 私の声は静かだった。けれど、神の前に立つ者としての断固たる怒りが、その一言一句に込められていた。



「私がですか?」


 訝しげな表情で自分の保身のために口にする疑問。



「もう一度言うわ」


 私は神官長の目を見据える。そこにはもはや慈悲はない。主に仕える者として――神の意志を歪め、聖なる使命を私欲で汚した者には、赦しなど与えられない。


「“あの子”は神が選んだのよ。神官長のくせに、それすら理解できないなんて……恥を知りなさい。たとえ無事だったとしても、あなたがその地位に居座り続ける理由は、どこにもないわ」


 神の声を聞くのは私だけだ。あの子に与えられた“光”の力は、まさに神の祝福そのもの。そんな存在を追い出した罪は、人の裁きのほうが、優しいくらいだ。


「しかし、光耀の癒聖が死んだとしても、新しい聖女が選ばれるだけでしょう?」


 その言葉に、私は短く息を飲んだ。静かに、でも確かに――心の奥に傷が走ったのを感じた。



「……あなた、私のこともそう思っていたのね」


 声が自然と低くなっていた。


「代わりなんて、いくらでもいると」



 長い沈黙が落ちた。重い、陰鬱な空気が部屋を支配する。神すら目を背けたかのように。


 神官長はかぶりを振り、顔を真っ青にして膝を折った。


「・・・・・・申し訳ありません、失言でした」


 ようやく口にした謝罪は、歪んだ敬意が含まれていた。



 コンコンコン


 控えめな音が響く。



「大聖女様、聖女お二方がお戻りになりました」




「……今すぐここに来るように伝えてちょうだい」


 静かに、しかし一切の感情を抑えて命じる。声に余計な揺らぎを混ぜてはいけない。私が揺らげば、すべてが崩れてしまうから。


 ――偽られた神託を見逃した、その責は、あの子たちにもある。


 けれど、それが責を問うことが、私にとってどれほど苦しいことか――。


 私は、三人の聖女たちを、等しく妹のように可愛がっていた。幼くして神殿に来た子たちと共に祈り、共に修練した。清らかで、真っすぐで、神に選ばれた尊い娘たち。だったはずだ。だからこそ、裏切りにも似た沈黙が、胸に突き刺さる。



 “見逃していた”のか、それとも――“見て見ぬふり”をしたのか。




 あの子たちには、神に仕える者として、誇り高くあってほしいと、願っていたのに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ