12.手をつなぐ理由
次の街へたどり着いたのは、昼も少し過ぎたころだった。
石畳の道がまっすぐに伸び、その両脇には商人たちの活気ある声と、色とりどりの布や品々が並んだ露店が賑わっていた。見上げれば高い城壁と堂々たる門、そしてその内側には、村とは比べものにならないほどの喧騒と活気が広がっていた。
「すごい! とっても賑やだわ!」
私は目を丸くして辺りを見回す。こんな大きな街に来るのは初めてで、あちこちに視線を移すたび、胸が高鳴った。
「大きな街だろ。ここで物資を少し仕入れておこう。食料や旅道具、それから……服もな。リイナの旅装、さすがにそのままじゃ目立つ」
テオの声に、私は思わず自分の服装を見下ろした。神殿で与えられた聖女の装束。たしかに、布の質も仕立ても良いが、ずいぶん汚れてしまっているのからなのか、周囲の視線を引いている。ちょっと恥ずかしい。
「わたし……そんなに変ですか?」
「変っていうか、浮いてる。悪目立ちする。目をつけられてからじゃ遅いからな」
テオが無造作に言い放ち、私は小さく頷いた。
私たちは町の南側、仕立て屋が軒を連ねる一角へと向かった。どこか鼻をくすぐるような香りが漂い、店の窓からは鮮やかな布地やドレスが目を引いた。
「お二人ともこちらです。あそこの店なら、実用的で質もいいですよ」
ルカに促され、私は一軒の店の扉を押した。チリンとベルが鳴り、すぐに明るい声が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、おや……まぁ、なんて愛らしいお嬢さん!」
「えっ……あ、は、はじめまして……」
私は慌てて頭を下げる。背筋が固まり、目の前に広がる壁一面の見知らぬ服たちに圧倒されていた。
「旅用で、動きやすく、あまり目立たないものをお願いします」
ルカが要点を伝えると、店主の女性は「お任せください」と微笑み、私の手を引いて鏡の前へ連れていった。
「サイズを測らせてくださいね。……うふふ、細い腕、まるでお人形みたい」
「えっ、あの、そんな……」
メジャーが肌に触れるたびに、頬がじわじわと熱を帯びていった。慣れない距離感に戸惑って、鏡に映る店主の視線と目が合うたび、慌てて逸らす。
「この方のサイズでしたら、こちらに並んでいる服がちょうどいいと思いますわ」
「じゃあ、いくつか試着させてもらおうか」
テオが適当に選んだ服を手渡してくる。茶色のチュニックに、草色のマント、短めのブーツ。どれも素朴だけど動きやすそうだった。
試着室のカーテンの向こうで着替えながら、心臓が落ち着かないのを感じる。数分後、私はおずおずとカーテンを開いた。
「……どう、ですか?」
そわそわとチュニックの裾をつまみながら、私はその場に立ち尽くした。鏡に映る自分は、もう神殿の聖女ではなく、ただの旅人のようだった。
「おお……思ったより似合ってるぞ」
テオがにやりと笑い、ルカも静かに頷く。
「……これなら街でも浮かない。布も丈夫そうだし、襲われにくくなる」
「襲われるって……そんなこと、あるんですか?」
「ある。目立つほどな」
私は思わず肩をすくめた。けれど、鏡の中の自分を見て、心がふわりと軽くなった気がした。
「……ちょっと、変な感じです。でも……少し、自由になれた気がします」
「よし、それで決まりだな。下着も見繕ってもらえ」
「えっ!? 下着まで!?」
「当たり前だろ? 何も持っていないんだ、遠慮するな」
テオの当然のような言葉に、私は耳まで真っ赤になってうつむいた。下着……。
「お、お金……私、持っていなくて……」
「気にすんな。こっちが必要だって言い出したんだ」
「……ありがとうございます。でも、いつか必ず……返しますから」
それから私たちは、露店の並ぶ賑やかな通りへと足を踏み入れた。目に映るものすべてが珍しくて、私は何度も足を止めてしまった。
「わあ……これ、何て言うんですか? くるくるしているわ!」
「飴細工だな。子供のおやつだ」
「この色とりどりの粉は……香辛料? 料理に使うんですね……!」
「そっちはちょっと嗅ぐだけにしとけ、慣れてないとくしゃみが止まらなくなるぞ」
町の人々は忙しなく動き回っていたけれど、私はそれをただ眩しく見つめていた。
「これが……焼きトウモロコシ……! なんて香ばしい香りなの……!」
「買ってやるから、落ち着け。落とすなよ」
テオがコインを差し出してくれて、私は両手で大事にトウモロコシを受け取った。かじった瞬間、目が思わず見開いた。
「おいしい……っ! あの、これを作った人に感謝の言葉を伝えたいです……!」
「リイナ様、やめておいた方がよろしいかと。忙しい屋台の親父さんが困りますよ」
ルカもあきれた顔で笑っている。
テオたちが仕入れをしてくるというので、小さな広場のベンチに向かって歩いていたとき、一人の男が私に声をかけてきた。
「……嬢ちゃん。荷物、少し持ってやろうか」
「えっ……あ、はい。重たいから……助かります」
私は自然に荷物の一部を渡そうとした――
「ちょっと、待ってください! リィナ様、何してるんですか!」
ルカがあわてて割って入った。テオは、声をかけてきた男を睨んでいる。
「リイナ……明らかにそいつ怪しいだろ?」
「えっ? でも、優しそうな声ですし……人の親切を無下にするのは神の教えに……!」
「リイナ様、それ、今盗まれる寸前でしたよ!?」
そんなやりとりをしていると、男は舌打ちをして去っていった。テオが苦笑する。
「善人すぎるにも限度がある」
「でも、生まれながらに悪い人なんていない、と……」
「まあ……旅の終わりまでに分かればいいさ」
人通りの多い通りを進むなか、町の賑わいに心が浮き立っていたそのとき――
「迷子になるぞ」
テオが不意に、私の手を取った。
「っ……!」
私はびくりと肩を震わせ、頬が熱くなって跳ねるように身を引いた。
「あ、あのっ、こんな往来で未婚の男女が触れ合うのは、その……恋人……だけではありませんか?」
「は? 恋人? はは、そう言ってもいいかもな。どうする?」
「ど、どう? どうしたら……!」
「テオ様……からかうのはやめてあげてください。リイナ様、手をつないだくらいでそんなに動揺しなくても大丈夫ですよ。治療の際にも患者の体に触れたことはありませんでしたか?」
「た、確かにそうでした……」
テオは肩を揺らして笑っていた。
「はは、ほんと、どうなっているんだ神殿の教育は」
私はその笑いに、頬を押さえてうつむくしかなかった。
こうして、にぎやかな町の一日が、少し騒がしく、けれど穏やかに暮れていった。




