ヒロインは伝承通りだったので対策させていただきました
王族と一部関係者のみに伝わる伝承。
該当しない年代には内容が理解できず、伝承に記された問題も起こらないため「当たり年」と呼ばれている。
我が国スヴィア王国。
その王国第一子にて王位継承権第一位の私アリステラは王女専用の執務室で頭を抱えていた。
まさか私の年代が“ハズレ年”とは…
遡ること1年前の学園入学式
私と婚約者である公爵家のアーサーは3年生なので本来なら入学式に参加はしないが、生徒会会長としての祝辞があるため出席をする必要があった。
馬車をつけ正門前で降りる。
ちらほら見える入学生たち。
「今年も平和そうだねステラ」
ステラは私アリステラの愛称だ。
「そうだね」
のほほんと笑うアーサーに笑顔で同調する。
新入生といっても貴族だ。
緊張した面持ちながらも、背をまっすぐに伸ばし歩くその姿に今年も問題なく終わりそうだと胸を撫で下ろしたその時。
「あのぅ、すみません」
間延びした甘ったるい声に呼び止められた。
振り向くと栗色の髪色に大きな目がリスを連想させる。
なんとも可愛らしい新入生が立っていた。
「道に迷っちゃってぇ。よければ案内してもらえませんかぁ?」
彼女の視線はアーサーのみを捉えていた。
それを受けアーサーは困ったようにチラリと私を見る。
初対面とは思えない彼女の立ち振る舞いに困惑しているようだ。
「えっと…」
「あ!ごめんなさい!
私、リーフェって言います!!」
思った反応が返ってこないのは自己紹介をしていなかったからだと思い至ったらしいリーフェ。
うっかりしてたと言わんばかりに自己紹介をした。
いや、そこじゃないんだけどね。
アーサーも同じことを思ったのか、困ったように笑っている。
私は息を小さく吐きアーサーの横に並び立った。
「リーフェ嬢。
新入生ですよね?
道に迷われたとのことですが、右腕に赤い腕章を着けた者をお探しください。
学園関係者ですので、お困りの新入生を助けてくれるはずです」
私が淡々と説明をすると、リーフェは目に涙を浮かべアーサーにしなだれかかる。
「どなたですかぁ?いきなり怖い…」
アーサーはリーフェから離れ、私の手を取り先を急いだ。
「…あれ?一緒に行かないのですかぁ?」
後ろからリーフェの声が聞こえる。
「見た目は可愛いのにとんでもない…」
私の呟きにアーサーは肩を小さく揺らしていた。
そんな私たちの後ろ姿を睨むリーフェ。
「どうしてイベントが発生しないの…?」
彼女の呟きは誰の耳にも入ることもなかった―
入学式以降もリーフェの奇行は続いた。
ランチをしていると…
「アーサー様、ご一緒してもいいですかぁ?」
庭園で休んでいると…
「痛!アーサー様、助けてぇ…?」
生徒会業務をしていると…
「アーサー様!私も生徒会に入ってアーサー様のお役に立ちたいです!」
名前を教えていないにも関わらず、自分の名前を呼び付き纏ってくるリーフェに、最初こそ笑っていたアーサーも次第に怯えだした。
助けを求めるアーサーの視線は…とりあえず無視した。
そんな折、1年生の教師陣から相談がしたいと声を掛けられた。
「改まって、どうしたのですか?」
恐縮しお互いに目配せをする教師たち。
「実は…1年生の中から2組が婚約破棄に至りました。
ノリス男爵家のリーフェ嬢が関係しているようで、双方とも『彼女に相談に乗ってもらった』と口を揃えておりまして……」
「その…態度や行動を改めて確認すると、伝承に関係あるのではと…」
「そうですか…」
対策が必要な相談内容に私は頭を抱えた。
一緒に聞いていたアーサーは厄介な問題が解決しそうだと、キラキラした瞳で神に感謝をしていた。
場所を移し、王城執務室でアーサーと対策を考えることに。
「やっぱり伝承の通りだね。アーサー、学園にいる重要人物を洗い出して」
すぐさま一枚の紙が渡される。
「はい、これ。
学園に王子はいない。公爵位は僕だけ。
宰相のご子息は6歳だから除外して、2年生に騎士団長のご子息がいる。
あ、学園敷地内にある研究所に王弟殿下が…」
「わかった。騎士団長の息子と王弟殿下には手紙で身辺の警護と王家の影を付けよう。
次に危険な場所は…。
噴水周りは近づかなければ良いから、あとは階段だね」
「ステラは単位を全て取っているから、授業を受けるのは控えよう。
2階の生徒会室を1階に移して、テストもそこで受ければ問題ないでしょ」
「うん。そうしよう」
「リーフェが伝承と関係あれば人権が守れないかも…。
王弟殿下に研究機関での扱いについて嘆願書を書いておこう」
「…それ、僕がやっておくよ」
細かい部分を詰め、アーサーと視線を合わせる。
「よし。卒業パーティーで決着を付けよう」
決戦当日
アーサーと揃いの布で誂えたドレスを身に纏い、国王陛下と王妃の横に座る。
婚約者であるアーサーは私に寄り添うよう隣に立っていた。
連日のリーフェ凸のせいか、疲れているように見える。
卒業式の夜に行われる“卒業パーティー”は社交界に出る練習のような場である。
卒業生にとっては学園で学んだ集大成を見せる場であり、在校生にとっては先輩たちの立ち振る舞いを勉強させてもらう場だ。
王族席から入場する参加者たちを観察する。
彩の良いドレスに貴族として誇りを持った顔を見せる卒業生たち、少し緊張をしながらも見事なカーテシーを見せる在校生たちに。
皆の努力が目に見えるようで自然と笑顔になる。
しばらくして参加者が全員会場入りしたことを告げるように、入り口の扉が閉まった。
それを合図に陛下が前に立つ。
「今日卒業を迎えた諸君、おめでとう。
明日からは紳士淑女として自身の父や母に恥じぬよう学園での学びを活かしてほしい。
諸君らのこれからに期待している。
簡単な挨拶になるが、夜会を楽しんでくれ」
陛下の挨拶が終わり、夜会の始まりを告げるその時。
「ちょっと待ってください!」
甲高い女性の声が会場中に響き渡り、場が騒然となる。
リーフェだ。
本当にきた。
陛下を見ると え?あれが?本当だったの? と言いたげな目を向けてきた。
とりあえず頷いておく。
事前に報告していたが、伝承の事案が起こったのは6代前の国王の時代。
陛下が半信半疑でもおかしくない。
会場を見ると関わりたくない人々が距離を取り、リーフェの周りはぽっかりとした空間ができていた。
離れていてもどこにいるのか良くわかる。
「そなたは?」
「ノリス男爵家のリーフェと申します。
聞いていただきたいことがあって勇気を出しました!」
少し不恰好なカーテシーで挨拶をした、意気込んでいる様子のリーフェ。
彼女はわかっているのだろうか、場の全員が引いていることに。
「言いたいこととは?」
「王女様とアーサー様のことでございます!
王女様は酷いんです!アーサー様を物のように扱って…。
どこへ行くにも連れ回して、アーサー様が嘆いていらっしゃいました」
「アーサーはアリステラの婚約者であり護衛も兼ねている。
一緒にいることに不思議はないが?」
「きっと王女様はアーサー様を独り占めにしたいんです!
それにアーサー様が言っていました…自分には自由がないと。
親同士が決めた婚約であり、不本意だったと!」
アーサーを見ると顔を横にブンブン横に振っていた。
どうしよう笑っちゃいそう。
「そんなアーサー様をお慰めしている内に私たちは心を通じ合わせたのです!
アリステラ様!どうかアーサー様を解放してあげてください!!」
リーフェの迷演説に場は静まりかえる。
「アリステラ。
この者が言っている内容について説明を」
「はい、陛下」
陛下に呼ばれアーサーと共に前に出る。
「リーフェ嬢。まずは私とアーサーの婚約ですが親同士が決めたものではありません」
「じゃあアリステラ様から…?権力を使うなんて人の心がないのですかぁ!?」
「いいえ。アーサーから望まれ婚約いたしました」
「…で、でもアーサー様と私は心を通じ合わせました!」
「そのことについては僕から説明を」
アーサーが私を庇うように前に立つ。
「ここには僕の行動記録がここ半年以上記されています。この女性と2人きりで会った事実はありません」
国王の侍従に証拠の書類を手渡す。
それを受け取りパラパラと内容を確認する国王。
「ふむ。これを確認するにアーサーの言い分が正しいようだ。
君はどうやってアーサーと心を通じ合わせたのだ?」
「て、手紙!そう、手紙です!」
「アーサーは今年から王配教育のため、王城で日々を過ごしています。
城の管理官へ確認したアーサー宛の郵送物にリーフェ嬢のお名前やノリス男爵家のお名前はありませんでした」
すかさず私がリーフェの退路を塞いだ。
リーフェは憎らしそうに私を見ている。
アーサーは私の前に立ち、リーフェの視線から守ってくれた。
「僕は君とまともに話したこともなければ、名前を呼んだこともない。
付き纏われて辟易していた。
その上心が通じ合っていたなんて嘘まで…。
僕に関わるのは本当に、ほんっっっとうにやめてほしい!」
今までの鬱憤からか一気に捲し立てるアーサー。
本当に嫌だったんだなぁ…。
「アーサー様。どうしちゃったんですか?
皆の前だからと恥ずかしがる必要はないんですよ?
数日前に愛を確かめ合ったではないですか?」
めげずに尚も縋るリーフェ。
「事実にない妄想だよ!夢は一人で見てくれ!
僕の愛する人はステラただ一人だよ」
「ア、アーサー様は騙されているんです!
アリステラ様は階段で私を落とそうとしたり、虐めを誘発させたり酷いことばかりするんですよ?」
「ステラは学園では1階で過ごしている。
階段で落とそうとしたのはいつ?
虐めを誘発?君の行動が原因なのにどうしてステラが悪いことになるの?」
私そっちのけで言い合うアーサーとリーフェ嬢。
リーフェ嬢は気が動転しているようだ。
「ど、どうして!?こんなのおかしい!私はヒ「ヒロイン」…え?
被せた私の発言を聞き目を見開くリーフェ
「え?お前も転生者?断罪される立場だからってストーリーを変えたの!?」
リーフェの発言を理解できず会場の人々は互いの顔を見合わせる。が、王族席や教職員、一部関係者は納得した表情をしていた。
「ヒロイン、ストーリー、ゲーム、攻略対象、悪役令嬢…
全て我が国に伝わる伝承に記録されている文言です」
「………は?」
我が国には古くより伝承があった。
理解できない文言を喚き奇行を繰り返す危険人物が時折現れる。
その時代は婚約破棄が横行し酷い時は国が傾いた。
関係者が苦しみ自ら命を終わらす悲劇もあったそうだ。
――私は、この記録を幼い頃から嫌というほど読んできた。
それを阻止するために伝承を一部関係者に伝達し、該当人物の隔離、研究を行ってきたのだ。
「つまり、あなたへ分かりやすくお伝えすると“詰んでいる”ということです」
「…どういうことよ!?」
「“転生者”と判断されたこの時より、リーフェ嬢は貴族ではありません。
この先は研究機関で監禁され研究対象になるか、機関で働き少し制限のある自由を手にするか…。
この2つの選択肢しかないということです」
私が手をパチリと叩き笑顔で言う。
リーフェ嬢は今にも倒れそうなほど顔色が悪い。
「2択の内どちらかになるかは貴女行動次第ですね」
アーサーは合図を出し、それを合図に控えていた近衛兵がリーフェを拘束し連れて行く。
抵抗していたが、力で勝てるわけもなく呆気なく連れて行かれた。
「皆様。場を乱して申し訳ございません。
引き続き夜会を楽しみましょう」
私の発言と笑顔を受け、静まり返った場が動き出す。
そうして卒業パーティーは無事終えることができた。
その夜、捕まっているリーフェの牢を訪れる人物がいた。
足音に気付きリーフェが顔を上げる。
「アーサー様!」
地下牢のため明かりが限られており顔色が窺えないが、間違いなくアーサーだった。
「やはり私のことを心配して来てくださったんですね!
アーサー様のことを信じてました!
早くここを出て二人であの王女、アリステラに事実を突きつけ絶望させてやりましょう!」
アリステラの悔しがる顔を想像し笑顔が溢れる。
そんなアーサーが身を屈めリーフェの目線に合わせる。
「………ひっ!」
身を屈めたことによりリーフェにもアーサーの顔が良く見えるようになった。
普段の朗らかなアーサーの笑顔とは程遠い、笑顔なのに恐怖を感じる。
「ねぇ。どうしてステラの邪魔をするの?
君が来たお陰でステラとの最後の学園生活が台無しだよ」
ゆったりと話してるのに芯の底から恐怖が這い寄る。
柵があるため鍵で開けない限り安全なはずなのに、恐怖で尻餅をついた。
それでもリーフェは逃げるように後ずさる。
「ステラは優しいから…不敬な君の人権ですら守ろうとするんだ。
僕はそんなステラだから一番に愛してる。
そんなステラの邪魔をする人は許せないんだ」
ステラのことを考えているのか愛おしそうにステラを語るアーサー。
対するリーフェは、体の震えが止まらない。
通路からは複数の足音がこちらに向かって来ている。
「だからね、君にプレゼントをあげることにしたんだ」
その声は、あまりにも優しかった。
後日、ステラの元に研究機関の王弟殿下から手紙が届いた。
文章は短く一言“研究対象であり自由はない”と―
「どうしたの?
結婚式の準備があるんだから早くこっちに来て!」
笑顔のアーサーに呼ばれ私も笑顔を向ける。
伝承の件が終わっても、私たちの生活は続いていく。
1年後にはアーサーとの結婚式だ。




