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安仁の防犯教育

六歳の安仁は、好奇心旺盛な女の子。


ある日、猪八戒と沙悟浄が目を離した隙に、こっそりと里を抜け出した。


「外の世界を見てみたいのじゃ」


安仁は、一人で森の奥へと向かった。


「あの二人に言うと止められるに決まっておるからのう」


しかし、人間の領域に近づいた時、突然数人の男たちに囲まれた。


「おい、これは鬼の子供じゃないか」


「角が生えてるぞ」


「鬼狩りの依頼があったな。いい金になる」


男たちは、鬼を狩って売り飛ばす悪徳商人だった。


安仁は恐怖で震え上がった。


「助けて……」


その時、猪八戒と沙悟浄が現れた。


「安仁様から離れろ!」


二人は、安仁を鬼狩りから救出した。


里に戻った後、猪八戒と沙悟浄は安仁を静かな部屋に案内した。


「安仁様、今日は何と危険なことを」


猪八戒は怒っていた。


「もし僕たちが間に合わなかったら……」


「すまなかったのじゃ……」


安仁は、小さくなって謝った。


「でも、外の世界を見たかったのじゃ」


「気持ちは分かる」


沙悟浄が優しく言った。


「だが、今日のことをきっかけに、大切なことを教える必要がある」


沙悟浄が、珍しく丁寧な口調で言った。


「お前は次期長だ。そして、まだ幼い。だからこそ、自分の身を守る方法を知っておく必要がある」


「身を守る?」


安仁は、不思議そうに二人を見た。


猪八戒が、優しく説明し始めた。


「この世界には、良い人もいれば、悪い人もいます。残念ながら、子供を狙う悪い人もいるのです」


「悪い人……」


安仁は、少し怖くなった。


「でも大丈夫です」


猪八戒は、安仁の肩に手を置いた。


「正しい知識を持っていれば、危険を避けることができます。だから、今日はそれを教えます」


沙悟浄が、指を折りながら説明し始めた。


「まず、覚えておいてほしい合言葉がある。『いかのおすし』だ」


「いかのおすし?」


安仁は、きょとんとした。


「そうだ。『いか』は『行かない』。知らない人についていかない」


沙悟浄は、真剣な表情で続けた。


「たとえ、その人が『お母様が呼んでいる』とか『美味しいお菓子をあげる』とか『可愛い動物がいる』と言っても、絶対についていってはいけない」


「でも、困っている人がいたら……」


猪八戒が、答えた。


「困っている人を助けるのは素晴らしいことです。でも、安仁様が一人の時は、まず大人を呼びに行ってください。子供が一人で助けようとするのは危険です」


「『の』は『乗らない』だ」


沙悟浄が続けた。


「知らない人の馬車などに、絶対に乗ってはいけない。たとえ『道を教えてほしい』と言われても、外から口で説明するだけにする」


「なぜじゃ?」


「閉じられた空間に入ると、逃げられなくなるからだ」


沙悟浄の言葉に、安仁は真剣に頷いた。


猪八戒が付け加えた。


「それから、知らない人には近づきすぎないことも大切です。最低でも、両手を伸ばしても届かない距離を保ってください」


「この距離なら、何かあっても逃げられるのじゃな」


「その通りです、安仁様」


「『お』は『大声を出す』だ」


沙悟浄が続けた。


「もし、誰かが無理やり連れて行こうとしたら、大声で『助けて!』『知らない人!』と叫ぶんだ」


「でも……叫ぶのは恥ずかしい……」


安仁は、少し躊躇した。


猪八戒が、優しく諭した。


「恥ずかしくありません。命に関わることです。周りの人に気づいてもらうためには、大きな声を出すことが必要なのです」


「それに」


沙悟浄が付け加えた。


「悪い人は、騒がれることを嫌う。大声を出すだけで、相手が諦めることもあるんだ」


「『す』は『すぐに逃げる』だ」


沙悟浄の声が、さらに真剣になった。


「危ないと思ったら、荷物も何もかも放り出して、すぐに逃げろ。近くの家や店に駆け込むんだ」


「物より、自分の命の方が大切じゃからのう」


安仁は、理解した表情を見せた。


猪八戒が続けた。


「そうです。それから、できれば複数の人がいる場所に逃げてください。一人だけの大人より、複数の大人がいる場所の方が安全です」


「最後の『し』は『知らせる』だ」


沙悟浄が締めくくった。


「何か怖いことがあったら、すぐに大人に知らせる。我々や、長や、信頼できる大人に話すんだ」


「『大したことない』と思っても?」


「そうだ。大したことないかどうかは、大人が判断する。お前は、とにかく話すことだ」


猪八戒が付け加えた。


「それから、もし誰かに『秘密にしろ』と言われても、絶対に大人に話してください。本当に安仁様のことを思っている人なら、秘密にしろとは言いません」


沙悟浄が、少し言いにくそうに続けた。


「それから……もう一つ、大事なことがある」


「何じゃ?」


「悪い人は、必ずしも知らない人とは限らない」


沙悟浄の言葉に、安仁は驚いた。


「知っている人でも……?」


「ああ。残念だが、知り合いや、時には親戚でさえ、子供に悪いことをする人がいる」


猪八戒が、優しく説明した。


「だから、たとえ知っている人でも、嫌なことをされたら『嫌だ』と言っていいのです。そして、すぐに私たちに教えてください」


「安仁様、『プライベートゾーン』という言葉を知っていますか」


猪八戒が尋ねた。


「知らぬのう」


「それは、他人に見せたり触らせたりしてはいけない体の部分のことです」


猪八戒は、少し恥ずかしそうに説明した。


「下着で隠れる部分と、口。これらは、安仁様だけのものです」


「医師が診察する時や、お風呂を手伝ってもらう時以外は、誰にも触らせてはいけない」


沙悟浄が付け加えた。


「もし誰かが触ろうとしたら、『嫌だ』と言って逃げる。そして、すぐに俺たちに知らせるんだ」


「たとえ、その人が『これは愛情表現だ』とか『特別なことだ』と言っても、嫌なら嫌と言っていいのです」


猪八戒の言葉に、安仁は真剣に頷いた。


「最後に」


沙悟浄が言った。


「お前の『嫌だ』という気持ちを大切にしろ」


「儂の気持ち?」


「そうだ。『何か変だな』『怖いな』『嫌だな』と感じたら、それは大事なサインだ。その直感を信じて、行動していい」


猪八戒も頷いた。


「子供は、大人の言うことを聞くように育てられます。でも、危険な時は、大人の言うことに従わなくていいのです。自分の身を守ることが最優先です」


「じゃあ、練習してみよう」


沙悟浄が立ち上がった。


「俺が悪い人の役をする。『可愛い子猫がいるから、見においで』と言ったら、どうする?」


安仁は、すぐに答えた。


「『いかない』じゃ!それに、大人を呼びに行く!」


「正解だ」


沙悟浄が笑った。


猪八戒が続けた。


「では、もし誰かが無理やり手を引っ張ってきたら?」


「大声で『助けて!知らない人!』と叫んで、逃げる!」


「素晴らしいです」


猪八戒が拍手した。


「安仁」


沙悟浄が、真剣な表情で安仁を見つめた。


「怖い話をして悪かった。でも、これは本当に大事なことなんだ」


「分かったぞ。儂、ちゃんと覚えておく」


安仁は、しっかりと頷いた。


猪八戒が、優しく微笑んだ。


「安仁様は賢いお方です。きっと、正しく判断できると信じています」


「でも、一人で抱え込まないでくれ」


沙悟浄が付け加えた。


「何かあったら、必ず俺達に話す。約束できるか?」


「うむ、約束じゃ!」


安仁は、元気に答えた。


「安仁様」


猪八戒が、優しく安仁を抱きしめた。


「私たちは、安仁様を守ります。でも、私たちがいつも側にいられるわけではありません」


「だから、自分で自分を守る方法を知っておいてほしい」


沙悟浄も、安仁の頭を撫でた。


「安仁様は、大切な存在です。次期長であり、私たちの宝物です」


「だから、どうか無事でいてください」


猪八戒の声に、深い愛情が込められていた。


安仁は、二人の温かさに包まれて、思った。


――儂は、こんなにも愛されておるのじゃな。


だからこそ、自分を大切にしなければ。


この人たちを悲しませないためにも。


「八戒、沙悟浄、ありがとう」


安仁は、二人を抱きしめ返した。


「儂、ちゃんと自分を守るぞ。そして、何かあったら必ず話す」


「それを聞いて、安心しました」


猪八戒が微笑んだ。


「さあ、今日の勉強はこれでおしまいだ」


沙悟浄が立ち上がった。


「また遊びに行くか?」


「うむ!」


安仁は、元気に答えた。


三人は、部屋を出た。


安仁は、今日学んだことを心に刻んだ。


その夜、猪八戒と沙悟浄は、長に報告した。


「安仁様に、防犯教育を行いました」


「ご苦労様じゃった」


長は、微笑んだ。


「俺達の演技もたいしたものだったろ?」 


悪人役の里の民はカラカラと笑った。


「あの子は賢い。きっと、正しく理解したじゃろう」


「しかし」


沙悟浄が、少し複雑な表情を見せた。


「こんな話をしなければならないこと自体、悲しいことだ」


「そうですね」


猪八戒も頷いた。


「子供が、危険を心配せずに育てる世界であれば良いのですが」


「いつか、そんな世界が来るかもしれぬ」


長は、窓の外を見つめた。


「しかし、今は現実を見なければ。子供たちを守るために」


三人は、静かに頷いた。


子供たちの安全を守ること。


それは、大人の最も大切な責任。


そして、子供たち自身にも、自分を守る力を与えること。


それこそが、本当の愛なのだと。


月が、優しく里を照らしていた。


安仁の未来を、そしてすべての子供たちの未来を、見守るかのように。

幼児~低学年向けの防犯教育です。近年、教員による性犯罪や学校への不審者侵入など、学校においても子供が危険に晒されるケースを耳にします。

防犯カメラの設置や教員の研修も行われていますが、子供達に身を守る術を教えることもまた、大切なことです。

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