新たな世代 前編
「悟娘、おーい!」
十二歳になった星天と九歳の日天が、庭で木登りをする七歳の少女を呼んでいる。
少女は月人そっくりの顔立ちに、小さな尻尾を揺らしている。月人と孫悟空の娘である。
「星天、日天!」
悟娘が身軽に飛び降りる。その活発な様子は、まさに幼い頃の安仁そのものだった。
「里の外に冒険に行こうぞ!悟娘も一緒に来るじゃろう?」
星天は猪八戒ゆずりの整った顔立ちに、安仁を彷彿とさせる、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「儂も兄上も、一度里の外に出てみたかったのじゃ!」
日天も悟娘同様、かつての月人によく似ているが、男の子らしい、精悍な顔立ちである。
兄弟の誘いに、悟娘の目が輝いた。
「本当?面白そう!」
「でも、危険ではありませんか?」
心配そうに声をかけたのは、孫悟空にそっくりの顔立ちに小さな角を持つ五歳の男の子、空だった。三蔵と孫悟空の息子である空は、母譲りの穏やかな性格である。
「空は心配性だなあ」
悟娘が笑う。
「僕は...怖いです」
空が小さな声で言った。
「そうね。まずは大人に相談してからにしましょう」
落ち着いた声で話したのは、沙悟浄の娘である明だった。八歳の明は父親譲りの面倒見の良い性格で、いつも年下の子供たちを気にかけていた。
「空くん、無理しなくても大丈夫よ」
明が優しく空の頭を撫でた。
空以外の子供たちは、皆、里の学校の仲間である。
長の子は代々、教育係による個人教授を受けていたが、安仁が長の世襲制を廃止したため、我が子を里の民とともに学ばせることにした。
また、数年前、里の学校は移民学校と合併し、言葉の問題は放課後教室やカリキュラムで対応している。子ども達は多様な仲間とともに成長する環境にあった。
「では、まずは母上と父上に相談してみるのじゃ」
星天の提案に、子供たちは皆頷いた。
屋敷では、月人と安仁が教育行政の相談をしていた。
「姉上、移民の子供の教育制度についてじゃが...」
「そうですね、悟空からも同じような提案がありました」
そこへ子供たちがやってきた。
「お母さん…」
空が月人に駆け寄る。
「どうしたの、空?」
月人が優しく息子を抱き上げると、空は安心したように微笑んだ。
「星天お兄ちゃんと日天お兄ちゃんが、里の外に冒険に行こうと言うのです。でも僕、怖い」
「冒険じゃと?」
安仁が眉をひそめる。息子たちの冒険好きは、自分の血を引いているのだと分かっていた。
「母上、少しだけじゃ!悟娘たちと一緒に行きたいのじゃ」
日天が安仁に甘える。
「里の外は危険じゃぞ」
「でも、私たちもう大きいよ!」
悟娘が元気よく言う。
そこへ孫悟空と猪八戒がやってきた。
「どうした?賑やかだな」
孫悟空が尋ねる。
「お父さん!」
悟娘が孫悟空に飛びつく。
「冒険に行きたいの!」
「父上!」
星天も猪八戒に向かって懇願する。
「里の外に行かせてほしいのじゃ」
しかし、大人たちの答えは厳しかった。
「まだお前たちだけでは危険すぎる」
孫悟空が首を振る。
「もう少し大きくなってからにしなさい」
猪八戒と月人も同じ意見だった。
子供たちは落胆したが、諦めきれずにいた。
その夜、星天と日天が他の子供たちを呼び出した。
「大人たちに内緒で行くのじゃ」
「でも...」
空が不安そうに言う。
「大丈夫!私が一緒だから」
悟娘が元気よく答える。
「危険ですよ」
明が心配する。
「少しだけじゃ。すぐに戻ってくるから」
兄弟の熱意に押し切られ、子供たちはこっそりと里を抜け出した。
星天は皆を先導し、危険がないか慎重に確認してから合図を送った。
仕方なくついてきた明は、年下の子供たちへの注意を怠らなかった。
悟娘と日天は空の手を引いて歩く。
「疲れたら、儂がおぶってやるからな!」
「ありがとう、日天お兄ちゃん」
日天は「お兄ちゃん」と頼られることが嬉しくてはにかんだ。
「この辺りなら安全じゃ。少し休憩しよう」
実は、星天は、森の中で悟娘と二人きりになろうと画策していた。以前から、悟娘にほのかな恋心を抱いていたのである。他の子供たちも一緒に誘えば、警戒せずに来てくれるだろうと考えていた。
「悟娘、あっちに綺麗な花が咲いているぞ」
「本当?見てみたい!」
星天は悟娘を連れ出した。
「綺麗…月の光でキラキラ光ってるね」
ーーよし、良いムードじゃ…!
「悟娘、儂はお前が好きじゃ」
「え?」
突然の告白に、悟娘は顔を赤らめる。
「儂の父上と母上は、儂らの年の頃にはすでに婚約をしていたそうじゃ。」
星天は真剣な顔で話した。悟娘はつい、その美しい顔に見入ってしまう。
「悟娘…もし、儂が嫌いでなければ、その…」
ーーもちろん、嫌いではない。むしろ…
そこへ、空がすかさず割り込んだ。
「だめだよ、お姉ちゃんはお父さんが好きなんだよ!星天お兄ちゃんなんかより!」
「空!いつの間に!」
悟娘が慌てる。
「ご、悟空先生じゃと!?」
星天はショックを受けた。孫悟空は生徒に絶大な人気を誇る武術教師である。自分がかなう相手ではない。ーーん?しかし、いくら好きでも父親と結婚は…
その時、森の奥から野生動物の唸り声が聞こえてきた。
「…みんな、静かにここを離れましょう」
明は青ざめながら指示した。
しかし、焦った子供たちは、道に迷ってしまった。
「空…お姉ちゃんが守ってあげるからね」
悟娘は不安な気持ちを隠し、空の手を握った。
空はそっと悟娘の手を離し、微笑んで言った。
「お姉ちゃん、少し待っていてください」
空は器用に木に登り、辺りを見回すと的確に道を指示した。
空の道案内で進むうち、突然、狼が現れた。
「危ない!」
星天は日天を庇おうとした。その瞬間、
「ギャン!」
狼の眉間に石が命中し、気絶してしまった。
空が石を投げたのである。
「空くん...すごい!」
明が空の頭をなでて褒める。
「いつの間にそんなに強くなったの?」
悟娘も驚いていた。
「空は本当はすごいやつだったのじゃな」
日天も尊敬の眼差しを向けた。
空の活躍で、子供たちは無事に里に帰ることができた。
「空くん、今日はありがとう」
明が感謝を込めて言った。
その眼差しには、いつもとは違う特別な輝きがあった。
「いえ...僕は何も...」
空は照れたように答えた。
こうして、子供たちの初めての冒険は無事に終わった。
その頃、悟娘の家では「本物の」空が月人と一緒に静かに本を読んでいた。
「お母さん、明日はお庭で一緒に遊んでくれる?」
「もちろんよ、空」
平和な親子の時間が流れていた。
安仁の息子「星天」シンテン12歳、「日天」リーテン9歳
沙悟浄の娘「明」メイ8歳
月人の娘「悟娘」ウーニャン7歳、息子「空」クウ5歳
空はまだ就学前です




