双子呑み会
月人(三蔵)と孫悟空が鬼の里に住み始めて一年が過ぎた。
もはや、三蔵法師ではなくなった月人は、里の一女性として生活し、短かった髪も肩を過ぎるほどになっていた。
月人は里の児童相談所「虹の家」の相談員として、孫悟空は移民の子ども達が通う学校で武術指導の教師として働いていた。
生き生きと働く二人に、里の人々も親しみを抱いていた。
里での新生活にも慣れ、二人は正式に祝言を挙げることについて考え始めていた。
「姉上!」
ある日、安仁が嬉しそうに月人のもとへやってきた。最近、第二子の日天の授乳も終わり、育児に一段落ついていた。
安仁はすっかりワークライフバランスの感覚が身につき、元気を取り戻していた。
「どうしたのですか、安仁?」
「皆で呑み会をしたいのじゃ!」
安仁の提案に、月人は首をかしげた。
「呑み会?」
「そうじゃ!儂、お酒を飲んだことがほとんどないから、一度皆でゆっくり飲んでみたいのじゃ」
安仁の目が輝いている。長い間、病気や仕事、育児で忙しく、呑み会をする機会がなかったのだ。
「でも、子ども達は?」
「乳母に頼んである。今夜は大丈夫じゃ」
その夜、屋敷の一室に五人が集まった。月人、孫悟空、安仁、猪八戒、沙悟浄。テーブルには里で作られた美味しい酒と料理が並んでいる。
「それでは、乾杯じゃ!」
安仁が杯を上げると、皆が合わせた。
「乾杯!」
「僕、お酒を飲むのは初めてです」
月人が少し緊張気味に杯を口に付ける。
「月人様、ゆっくりお飲みください」
猪八戒が気遣う。
「…美味しいですね」
月人の頬がほんのり赤くなってきた。
一方、安仁も普段飲み慣れていない酒に、すぐに酔いが回ってきた。
「ふふ、気持ちいいのじゃ...」
安仁の声がいつもより甘くなっている。
「安仁、大丈夫か?」
沙悟浄が心配そうに尋ねる。
「大丈夫じゃよ〜」
安仁は席を立ち、猪八戒の隣に座った。
「八戒〜、いつもありがとうなのじゃ〜」
酔った安仁が猪八戒に腕を絡ませ、甘えるように寄りかかる。
「安仁、もう酔ったのですか」
猪八戒の顔が赤くなった。
一方、月人も初めての飲酒で、気持ちよく酔っていた。
「皆さん...僕、本当に幸せです」
月人の声も普段より柔らかくなっている。
「八戒先生はいつも優しくて、家族のために一生懸命で...本当に尊敬しています」
「月人様...」
猪八戒が感動する。
「悟浄先生は面倒見が良くて、皆のお兄さんみたいで...大好きです」
「おい、月人...」
沙悟浄も照れている。
「安仁は可愛くて、頑張り屋で...本当に自慢の妹です」
「姉上〜儂、姉上が大好きじゃ!」
安仁も嬉しそうに笑う。
「そして悟空は...」
月人は孫悟空の目を真っ直ぐに見つめた。
「僕の一番大切な人です。愛しています」
「お、おい、こんな、皆の前で…」
孫悟空は顔を赤くして焦った。昔、心を読む妖怪に遭遇した時のように、月人が素直に皆への想いを口にしている。
皆が照れながらも喜んでいると、安仁が猪八戒に抱きついた。
「八戒〜、抱っこ〜」
「あ、安仁!」
子供のように甘えてくる安仁に猪八戒が慌てる中、二人の様子をじっと見ていた月人は、すっくと立ち上がり孫悟空に向かった。
「悟空」
月人が孫悟空にぺたりと寄りかかる。
「僕も抱っこしてほしいです」
「はいはい」
孫悟空は笑いながら月人を抱き上げた。月人の幼い頃を思い出していた。
「そろそろ寝かせよう」
「そうですね」
猪八戒も安仁を抱き上げた。
「姉上〜、おやすみなのじゃ〜」
「安仁もおやすみなさい」
双子はまどろみながら、それぞれの寝室に運ばれていった。
ほどなくして、孫悟空が戻ってきた。
「お疲れ様」
沙悟浄が笑って迎える。
「まさか二人してあんなに可愛く酔うとはな」
しばらくして、猪八戒も戻ってきた。
「どうした?えらく時間がかかったじゃないか」
孫悟空が笑いながら尋ねた。
「いえその、安仁がなかなか離してくれなくて…あの甘えた声には参ったな」
猪八戒が紅潮した頬を掻く。
「惚気か?」
沙悟浄がからかった。
「そういう悟浄こそ、最近里の娘と仲が良いじゃないか」
孫悟空が指摘する。
沙悟浄は、研究所の同僚である河童族の女性と恋仲になっていた。故郷は違うが、同じ種族同士であり、彼女もまた、優秀すぎるがために居場所を追われた身であった。二人は深く分かり合えた。
「ああ、実は...もうすぐ結婚する予定なんだ」
沙悟浄が照れながら打ち明けた。
「そんなに話が進んでいるとは。おめでとう!」
猪八戒が喜ぶ。
「彼女、妊娠してるんだ。もうすぐ父親になる」
「本当か!それはめでたいな」
孫悟空も祝福する。
酒が進むにつれて、話題は次第に夫婦の生活へと移っていった。
「…八戒に、妻との生活について、聞きたいことがあってな」
沙悟浄が真剣な顔をする。
「どんなことですか?」
猪八戒が尋ねる。
「妊娠中に、安仁の精神は不安定にならなかったか?」
「ああ、なるほど」
猪八戒が頷く。
「安仁は神経が過敏になって、不機嫌になることが多かったです。特に強い匂いが苦手のようでした。よくイライラをぶつけられたものです。」
猪八戒は苦笑しながら語った。
「よく我慢できたな」
沙悟浄は感心して言った。
「妻の不機嫌を受け止め、自分の不機嫌は抱え込みすぎず、周囲に相談して受け止めてもらいました。たまにはこういう呑み会で発散したり。…それに、子供の頃に安仁と悟浄にやられた『いたずら』の方が、よほどひどかったですけどね」
「それはすまなかった」
二人は笑いあった。
「ところで、悟空と月人はどうなんだ?」
沙悟浄は孫悟空を見た。
「ああ、そろそろ俺達も祝言を挙げようと話し合っているところだ」
「それは楽しみだ。しかし、月人には男女の知識が欠落していたが…今は大丈夫なのか?」
沙悟浄が心配そうに言う。
「…それが、本当に、全く、何も知らなくて...まあ、俺が少しずつ教えている」
孫悟空の顔が赤くなる。
「月人様は純粋ですからね」
猪八戒は深く頷いた。
「八戒はどうだった?安仁は大丈夫だったのか?」
孫悟空が尋ねる。
「安仁は...意外と積極的でした」
猪八戒の顔が真っ赤になる。
「普段は恥ずかしがりですが、二人きりになると...」
「ふむ、それは意外だな」
沙悟浄が驚く。
「最初は僕も戸惑いました。安仁を傷つけないよう、とても気を遣いました」
真剣に夫婦の関係について語り合う様子に、孫悟空は五百年前の酒宴を思い起こしていた。
毎夜、何かから逃げるように、浴びるように酒を飲み、女をはべらせ、部下を怒鳴りつけた。いくら豪華な料理や酒を貪っても、決して満たされることはなかった。
「…仲間と酒を飲むことが、こんなに楽しいのは初めてだ」
孫悟空はぽつりと呟いた。
猪八戒と沙悟浄は微笑んだ。
三人は、夜が更けるまで語り合った。
翌朝、月人と安仁は二日酔いで頭を抱えていた。
「うう...頭が痛いです」
「儂も...もう二度と飲まぬのじゃ」
「でも、楽しかったな」
孫悟空が笑う。
「また今度やりましょう」
猪八戒も提案する。
「二人とも、今度は程々にしろよ」
沙悟浄が苦笑いした。
里での穏やかな日常の一時であった。
すっかり落ち着いた孫悟空の後日談です。
お酒は楽しく飲みたいものですね。




