三蔵 20歳 旅の終わり
弁論大会から二年が経ち、三蔵と孫悟空は唐の国に戻ってきた。
猪八戒と沙悟浄とは、弁論大会の後に別れ、再会を誓い合った。
二人は一足早く鬼の里へ戻っていた。
都では盛大な歓迎式典が開かれ、一行は国の功労者として称えられた。天竺から持ち帰った貴重な経典と、三蔵の弁論大会での優勝は、唐の国威を大いに高めていた。
「三蔵法師の活躍により、我が国の仏教は新たな高みに達しました」
皇帝自ら三蔵を讃え、民衆からも大きな拍手が送られた。
しかし、式典の最中、三蔵の心は別のところにあった。
「安仁達は元気でしょうか...」
式典が終わると、弥龍が三蔵と孫悟空に近づいてきた。
「お疲れ様でした。素晴らしい成果です」
「ありがとうございます、弥龍お兄様」
弥龍は周りに人がいないことを確認してから、小声で話し始めた。
「実は、猪八戒殿から手紙が届いています」
三蔵は顔を輝かせ、早速封を開けた。
手紙には、安仁と共に、子育てをしながら政務に励んでいること、沙悟浄が里の研究チームで新技術の開発に携わっていること、そして、安仁が三蔵の帰還を待ちわびているということが綴られていた。
その様子を想像して、三蔵は微笑んだ。
「それで...」
弥龍は孫悟空に向き直った。
「孫悟空殿、玄奘を頼みます」
「え?」
「鬼族保護法案は無事に成立しました。しかし、玄奘がこのまま都にいると、政治的な思惑に巻き込まれる可能性があります」
弥龍の表情が真剣になった。
「玄奘」
弥龍は三蔵に向き直る。
「もし、都で仏道に生きるというなら、私は全力で君を支援しよう。しかし、それを望まないなら…この期のどさくさに紛れて、孫悟空殿と都を離れることをお勧めします」
「弥龍お兄様…」
「自由に生きなさい。君は十分に国への貢献を果たしました」
弥龍は寂しそうに微笑んだ。
三蔵は涙ぐみながら、深々と頭を下げた。
その夜、宿で二人きりになった三蔵と孫悟空は、弥龍の提案について話し合った。
「三蔵、どうしたい?」
孫悟空の問いに、三蔵は少し考えてから答えた。
「僕は...悟空と一緒にいたいです。どこでも」
「俺もだ」
孫悟空は三蔵の手を取った。
「それなら、鬼の里で暮らすのはどうだ?」
「僕もそうしたいと考えていました」
三蔵の瞳が輝いた。愛する妹の傍で、愛する人と共に暮らす。それ以上の幸せはなかった。
「甥っ子にも会えますね」
「ああ、楽しみだ」
翌朝、三蔵と孫悟空は密かに都を後にした。弥龍だけが見送りに来ていた。
「君の持ち帰った経の翻訳事業は、私が責任をもって進める。幸せになりなさい、玄奘」
「ありがとうございます、弥龍お兄様。本当に長い間...」
「君は立派に成長した。もう何も心配することはない」
弥龍の温かい言葉に送られて、二人は鬼の里への道のりを歩み始めた。
二人の姿を、天界から数々の瞳が見つめていた。
話の本筋は今回が最終回です。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
後数話、エピローグ的なお話を投稿しようと思います。




