三蔵のキャリア教育
三蔵一行が、天竺への道中、ある村に差し掛かった時のことだった。
村のはずれで、子ども達が遊んでいる。このあたりは獣の栖が近い。心配になった三蔵が声をかけた。
「君たち、こんな所で遊ぶと危ないよ。学校はお休みなのかな?」
「大人達はみんな病気で寝ているよ。先生も、お父さんも、お母さんも」
「病気?」
子どもの一人が困った顔で答えた。
「うん。何日か前から、大人が次々に熱を出して…だから私たち、お外で遊んでいるの」
「大人だけがかかる感染症かもしれん。俺達も気をつけた方がいい」
沙悟浄が厳しい顔をした。
「でも、この子達を放ってはおけません」
三蔵が目で訴える。
「そう言うと思ったぜ。うつらないように注意しながら、村の様子を見に行くか」
孫悟空は仕方なさそうに笑った。
かくして、一行は村の学校へ向かった。
校長の話を聞くと、村で感染症が流行し、学校の教師や職員もほとんどが寝込んでしまったという。家の大人達も同様で、子供たちの面倒を見る大人がいない。
「幸い、病は自然とよくなるようです。私は早い段階で感染したため、皆よりも一足早く回復しました。あと数日で、他の教師たちも復帰するはずですが…お坊様、図々しいお願いですが、子供たちの世話を手伝っていただけませんか?」
校長は切実そうな顔で言った。
三蔵たちは顔を見合わせた。
「いいぜ」
悟空が答えた。
「ガキの面倒くらい、見てやるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
校長は深々と頭を下げた。
こうして、三蔵たちは数日間、村の学校で働くことになった。
校長は三蔵たちを案内しながら説明した。
「猪八戒様は語学の授業をお願いできますか?」
「承知しました」
猪八戒が丁寧に頷いた。
「沙悟浄様は算術を」
「ああ、分かった」
沙悟浄が頷いた。
「孫悟空様は…武術の授業をお願いできますか?」
「おう、任せろ」
孫悟空が胸を叩いた。
「では、三蔵様は…事務仕事と、もしできれば教育相談もお願いできますか?」
「教育相談?」
三蔵は首を傾げた。
「ええ。子供たちの悩みを聞いたり、保護者の相談に乗ったりする仕事です。子ども達もこの状況に不安になっているのですが、誰も対応できていないのです」
「僕にできるでしょうか…」
「三蔵様はお優しい方とお見受けします。きっと、子供たちも心を開くはずです」
校長の言葉に、三蔵は少し戸惑いながらも頷いた。
猪八戒の語学の授業は、静かで整然としていた。
「では、この文章を読んでみましょう」
「この言葉の成り立ちはですね…」
猪八戒の丁寧な説明に、子供たちは真剣な目を向けた。
沙悟浄の算術の授業は、活気に満ちていた。
「この問題、誰か解けるか?」
「はい!」
「よし、やってみろ」
沙悟浄は子供たちの考えを引き出すのがうまかった。間違えても否定せず、「なぜそう思った?」と問いかける。
「お前、面白い考え方するな。ここをこうすれば、正解だ」
子供たちは、競うように手を挙げた。
悟空の武術の授業は、賑やかだった。
「よし、俺の真似しろ!」
悟空が華麗に技を披露すると、子供たちが歓声を上げた。
「すごい!」
「悟空先生、かっこいい!」
悟空は照れくさそうに頭を掻いた。
「まあ、これくらい簡単だ。お前らもできるようになる」
そして、三蔵は事務室で書類と格闘していた。
出席簿、連絡事項、保護者への手紙。やることは山積みだった。
「三蔵先生、ちょっといいですか?」
一人の少年が事務室を訪ねてきた。
「はい、どうしました?」
「あの…友達のことで、相談があるんです」
少年の友達は、最近学校を休みがちだという。理由を聞いても、「お腹が痛い」としか言わない。
「でも、本当は違う気がするんです」
少年は不安そうに言った。
「何か、悩んでるみたいで。でも、僕に言ってくれなくて」
「そうですか」
三蔵は少年の目を見た。
「君は、友達のことを心配しているんですね」
「はい。でも、どうしたらいいか分からなくて」
「まず、その友達に会って、話を聞いてみましょうか。君も一緒に」
「僕もですか?」
「ええ。君が心配しているということを、その友達に伝えましょう。それだけでも、きっと嬉しいはずです」
少年の顔が明るくなった。
「ありがとうございます、三蔵先生!」
少年が去った後、三蔵は自分の胸に手を当てた。
不思議だ。人の悩みを聞いて、一緒に考えることが、こんなに自然にできるなんて。
これまでの旅で、いろんな人に出会ってきた。困っている人の話を聞いて、助けてきた。
もしかして…
これは、僕の得意なことなのかもしれない。
その日の夕方、三蔵たちは集まって一日を振り返った。
「疲れたが、悪くなかったな」
沙悟浄が伸びをした。
「子供たちは素直で、教え甲斐がある」
「僕も楽しかったです」
猪八戒が微笑んだ。
「子供たちの学ぶ意欲を見ていると、こちらも励まされます」
「俺も楽しかったぜ」
悟空が笑った。
「ガキどもが目を輝かせて技を真似するのを見ると、悪い気はしねえ」
「皆さん、向いてるみたいですね」
三蔵が言うと、悟空が振り返った。
「お前はどうだったんだ?」
「僕は…」
三蔵は少し考えた。
「意外と、楽しかったです。子供の話を聞いて、一緒に考えて。何か、自然にできました」
「そうか」
悟空が嬉しそうに笑った。
「お前、そういうのが向いてるのかもな」
「向いてる…」
三蔵は自分の手を見つめた。
天竺へ行くこと。それだけが僕の使命だと思っていた。
でも、もしかして。
その後に、僕には別の道があるのかもしれない。
数日が経ち、教師たちが回復し始めた。
その間に、三蔵は何人もの子供や保護者の相談に乗った。
友達との悩み、勉強の悩み、家庭の悩み。
一つ一つ、丁寧に話を聞いた。
時には、仲間にも相談した。専門的な知識が必要な時は、回復した教師につないだ。
ある日、最初に相談に来た少年が、友達と一緒に事務室を訪ねてきた。
「三蔵先生、友達が話したいことがあるって」
友達は緊張した様子だったが、少しずつ話し始めた。
家でのこと。親の期待。プレッシャー。
三蔵は静かに聞いた。
「辛かったですね」
友達は涙を流した。
「でも、君には友達がいます」
三蔵は少年を見た。
「君のことを心配している友達が」
少年が友達の肩を叩いた。
「俺、ずっと気になってたんだ」
友達は泣きながら頷いた。
その姿を見て、三蔵は胸が温かくなった。
これだ。
この感覚。
人と人をつなぐこと。
これが、僕にできることなのかもしれない。
最終日、校長が三蔵たちに感謝の言葉を述べた。
「本当にありがとうございました。おかげで、子供たちも無事に過ごせました」
「いえ、こちらこそ勉強になりました」
校長は三蔵を見た。
「三蔵様、あなたには教育相談の才能がありますね」
「え?」
「子供たちが、あなたをとても慕っていました。あなたは、人の心に寄り添うことができる。それは、とても大切な才能です」
校長は真剣な目で言った。
村を出た後、三蔵たちは歩きながら話した。
「なあ、三蔵」
孫悟空が言った。
「お前、あの仕事、向いてるんじゃねえか」
猪八戒も頷いた。
「三蔵様は、人の話を聞くのがお上手です。それに、相手の気持ちに寄り添うことができる」
「俺もそう思う」
沙悟浄が言った。
「お前には、人と人をつなぐ力がある。それは、貴重な才能だ」
三蔵は少し照れくさくなった。
「でも、僕には天竺に行く使命が…」
「それはそれだ」
悟空が僕の頭を軽く叩いた。
「その後にも、お前には別の道がある。それが少し見えたんじゃねえか」
「別の道…」
三蔵は空を見上げた。
「俺も」
悟空が言った。
「俺、意外とガキに教えるの、向いてるかもしれねえ」
「悟空が?」
「昔の俺は、力を誇示するためだけに武術を使ってた。でも、今は違う。守るため、教えるために使える」
「悟空…」
「お前と旅をして、変わったんだ。今回、それが形になった気がする」
その夜、焚き火を囲んで、三蔵たちは将来について語り合った。
「僕は、安仁とともに、里の政務に携わりたいと思っています」
猪八戒が言った。
「俺は、里の学者と研究をするつもりだ」
沙悟浄が言った。
「しかし、時々は教壇に立つのも悪くないかもな」
「俺は…まだわかんねえ」
悟空が空を見上げた。
「でも、武術を教えるのは、選択肢に入った。お前と一緒にいながら、何かできるかもしれねえ」
僕は悟空を見た。
「僕は…」
三蔵は焚き火を見つめた。
「弥龍お兄様に経を届けた後、教育相談の仕事をしてみたいです。子供たちの悩みを聞いて、支えて、必要な人につなぐ。そういう仕事が、僕にはできる気がします」
「いいじゃねえか」
悟空が笑った。
「お前らしい」
「でも、まだ旅の途中です」
三蔵は皆を見回した。
「まず、天竺まで行って、経を持ち帰ります。それから、将来のことを考えます」
悟空が頷いた。
「お前も、俺も、将来の道が少し見えた。旅をしながら、いろんなことを経験して、自分の得意なことを知る。それが大事なんだな」
「なあ、三蔵」
悟空が言った。
「お前が教育相談の仕事するなら、俺も近くで武術を教えるかもな」
「本当ですか?」
「ああ。お前と離れるのは嫌だからな。それに、お前が困った時、助けてやれる」
三蔵は胸が温かくなった。
「お前がいたから、俺は変われた。お前がいたから、新しい道が見えた」
「僕も、悟空がいたから」
三蔵は悟空を見た。
「悟空がいたから、今の僕があります」
二人で笑い合った。
その光景を、猪八戒と沙悟浄が温かい目で見つめた。
「お二人とも、仲がよろしいですね」
「ああ、まあな」
悟空が頭を掻いた。
未来に思いを馳せつつ、夜は更けていく。
皆の頭上では、月が美しく輝いていた。
今回のお話は、インターンシップをイメージしました。新卒者の3年以内の離職率が増えています。自分の得意や好きなことと、仕事のミスマッチが原因の一つです。高校では、進学者も就職者も、キャリア教育を通して、将来のビジョンを築いていきます。インターンシップのように、体験を通して自分を知る機会は、子ども達に大きな刺激を与えます。




