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安仁の金融リテラシー教育

 十七歳になった安仁。妊娠安定期に入っていた。


 日々、お腹の中の子の成長を感じながら、里の未来について深く考えるようになった。


「この子が大きくなった時、里はどうなっておるじゃろうか」


 執務室で帳簿を眺めながら、安仁は溜息をついた。


 里の経済は、まだ不安定だった。


 移民の受け入れで人口は増えたが、それに見合う収入源が十分ではない。


「何か新しい方法を考えねば……」


 そんな時、里に一人の移民がやってきた。


 狐族の金蔵きんぞうという、経験豊富な商人の男である。


「長様、私は金融というものを専門にしております」


 金蔵は、丁寧に自己紹介した。


「金融……?」


「はい。お金を効率的に運用し、増やす技術です」


 安仁は興味を示し、金蔵に金融についての教授を求めた。金蔵は快く引き受けた。


「まず、お金の基本的な性質を理解しましょう」


 金蔵が説明を始めた。


「お金には、三つの機能があります」


「一つ目は『交換の手段』。物と物を交換する時の仲介役

 二つ目は『価値の尺度』。物の値段を測る基準

 三つ目は『価値の保存』。将来のために価値を蓄えること」


 安仁は頷いた。


「三つ目の機能を活用すれば、お金を増やせるのじゃろうか?」


「その通りです。お金には、もう一つ重要な性質があります」


 金蔵は続けた。


「時間の価値です」


「時間の価値?」


「今日の100文と、一年後の100文は、同じ価値ではありません」


 金蔵は具体例を示した。


「今日の100文で種を買って植えれば、一年後には200文分の作物が取れるかもしれません。つまり、今日のお金の方が価値が高いのです。それが『投資』の基本概念です」


 金蔵が説明した。


「将来より大きな利益を得るために、現在のお金を使うこと。農業で言えば、種や肥料にお金をかけて、収穫で利益を得る。これも投資の一種です」


 安仁は理解した。


「なるほど。では、里でできる投資には何があるじゃろうか」


「投資には、様々な種類があります」


 金蔵は、指を折りながら説明した。


「まず『実物投資』。土地、建物、設備に投資すること。次に『人への投資』。教育や技術習得に投資すること。そして『金融投資』。他の事業にお金を貸して利子を得ること。それぞれに特徴があります」


 安仁は真剣に聞いた。


「どれが一番良いのじゃ?」


「それは状況によります。大切なのは分散すること。投資には、必ずリスクが伴います」


 金蔵の表情が、少し厳しくなった。


「利益が大きいほど、リスクも大きい。これが投資の鉄則です。

 天候不順で農作物が不作になるリスク。技術が古くなって売れなくなるリスク。貸したお金が返ってこないリスク。戦や災害で財産を失うリスク」


 安仁は、身が引き締まった。


「怖いことばかりじゃな……」


「だからこそ、リスク管理が重要なのです」


 金蔵は、安心させるように言った。


「一つの投資に全財産をつぎ込むのは危険です」


「分散投資というわけか」


 安仁が確認した。


「その通りです。それから、自分の理解できない投資はしないこと。詐欺のような話も多いので、慎重に判断することが大切です。

 では、この里の現状を分析してみましょう」


 金蔵と安仁は、里の資産を整理した。


「土地、建物、設備……これらは実物資産ですね。

 住民の技術や知識……これは人的資産。

 貯蓄しているお金……これは金融資産。

 問題は、金融資産が少なすぎることです」


 金蔵が指摘した。


「ほとんどが実物資産で、流動性が低い」


「流動性?」


「お金に変えやすさのことです。緊急時に対応できません。収入源も分析してみましょう」


 金蔵が続けた。


「現在は、農業と手工業が主ですが、これらは季節や天候に左右されやすい。もっと安定した収入源が必要です」


 安仁は考えた。


「例えば、どのようなものが?」


「商業、金融業、サービス業などです。この里の様子から、商業は有望でしょう。それから、移民の方々の技術を活かした製造業も良いかもしれません。では、具体的な投資計画を立ててみましょう」


 金蔵が提案した。


「まず、短期投資。一年以内に結果が出るもの。商店の開設、手工業の設備投資など。

 次に、中期投資。三年から五年で結果が出るもの。道路整備、技術者の教育など。

 最後に、長期投資。十年以上かかるもの。学校建設、新技術の開発など」


 安仁は、記録を取りながら聞いた。


「バランス良く投資することが大切なのじゃな」


「この里にも、簡単な金融システムを作ってはいかがでしょう」


 金蔵が提案した。


「まず、里の銀行のようなもの。住民からお金を預かり、必要な人に貸し出す。預金者には利子を払い、借り手からは利子を取る。その差額が収益になります」


 安仁は興味深く聞いた。


「それは面白いのう。しかし、貸し倒れのリスクは?」


「しっかりとした審査が必要です。借り手の信用力、返済能力、担保の有無などを調べます。それから、保険という仕組みも有効です」


 金蔵が説明した。


「多くの人が少しずつお金を出し合い、災害に遭った人を助ける。一人では負担できないリスクを、みんなで分担するのです」


 安仁は感心した。


「相互扶助の精神を、仕組み化したものじゃな」


「火災、洪水、地震……様々な災害に対応できます。病気や怪我の治療費も、保険で賄えます。また、人への投資も忘れてはいけません」


 金蔵が強調した。


「教育は、最も確実なリターンをもたらす投資です。技術を学んだ人は、高い収入を得られます。それが里全体の繁栄につながります」


 安仁は頷いた。


「移民からも、たくさん学べることがある。彼らの知識や技術を、里の若者に教えてもらおう」


「それから、他の里や町との交流も重要です。新しい情報や技術を得られます。そして、インフラ投資も重要です」


 金蔵が続けた。


「道路、橋、港、市場……これらは経済活動の基盤です。初期投資は大きいですが、長期的には必ず利益をもたらします」


 安仁は、里の地図を広げた。


「確かに、これらは全て、将来への投資じゃな」


「では、実際にリスク分散を実践してみましょう」


 金蔵と安仁は、具体的な計画を立てた。


「農業:全体の40%」


「手工業:20%」


「商業:15%」


「金融業:10%」


「サービス業:10%」


「新規事業:5%」


「このような配分にしてみましょう」


 安仁は慎重に検討した。


「農業の比重が高いが、これは食料安全保障のためじゃな」


「その通りです。でも、徐々に他の産業も育てていきます」


 計画ができると、安仁は実際に投資を始めた。


 まず、商店街の拡張から始めた。


「新規参入を促し、商業をさらに活性化させよう」


 次に、職人の工房を拡張した。


「設備を充実させれば、より良い製品が作れる。品質が向上すれば、高く売れるじゃろう」


「里の金庫」という名前で、簡単な金融機関を作った。


「住民の皆さん、お金を預けてくださいませ」


「安全に保管し、年に5%の利子をお付けします」


「事業を始めたい方には、低利でお貸しします」


 最初は半信半疑だった住民も、次第に利用するようになった。


「本当に利子がもらえた」


「借りたお金で商売を始めたら、うまくいった」


 移民の技術者に依頼して、技術学校を作った。


「大工、鍛冶、織物、商売……様々な技術を教えます」


「学費は里が負担し、卒業後は里で働いてもらいます」


 若者たちが、意欲的に学んだ。


「新しい技術を覚えて、将来に活かしたい」


「この里で、もっと良い暮らしをしたい」


「里の互助会」という保険制度も作った。


「月に少しずつ積み立てて、困った時にお互いを助けます」


「火災、病気、怪我……様々な災害に対応します」


 住民たちは、安心感を得た。


「これで、万が一の時も大丈夫」


「みんなで支え合える仕組みがあるのは心強い」


「金蔵、お主のおかげで里は更なる発展を遂げるじゃろう。」


 安仁は満足そうに笑った。


「それはよかった。それでは、最後にもう一つ。投資は、短期的な利益だけを追求してはいけません」


 金蔵が助言した。


「長期的な持続可能性を考えることが大切です。環境を破壊したり、住民を疲弊させたりする投資は避けるべきです」


「そうじゃな。この子が大人になった時、どんな里であってほしいか。それを基準に考えよう」


 安仁は、お腹の子を思って微笑んだ。


 お金は手段であって、目的ではない。みんなが幸せに暮らせる里を作ること。

 それが、安仁の投資の目的であった。

新たな実践が大好きな安仁です。金融リテラシー教育は、金融業の方を講師に招いて行います。講義の他に、オンラインで検定を受けるケースもあります。

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