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三蔵と、命の教育

 鬼の里を立ってから半年が経った頃、一行のもとに手紙が届いた。


「猪八戒殿への手紙です」


 伝令の妖怪から手紙を受け取った猪八戒は、差出人を確認して顔を輝かせた。


安仁アンジンからです!」


 三蔵も興味深そうに近寄ってくる。


「安仁の様子はいかがですか?」


 猪八戒は急いで封を開いた。読み進むうちにみるみる顔色が変わっていく。


「先生、どうしたんですか?」


 三蔵が心配そうに尋ねる。


「え...えっと...ま、待ってください。いや、え、本当に?」


 猪八戒の手が震えている。手紙を落としそうになりながら、もう一度読み直した。


「八戒、どうした?何か問題でも起きたのか?」


 沙悟浄も心配になって近づく。


「安仁が...安仁が...」


「まさか、安仁に何かあったんですか?」


「妊娠したそうです!」


 猪八戒の大声に、一同は驚いた。


「本当ですか?!」


 三蔵が飛び上がって喜ぶ。


「おめでとうございます、八戒先生!」


 しかし、沙悟浄と孫悟空は別のことに驚いていた。


「一晩で?!」


 二人が同時に声を上げる。


「え?」


 三蔵が首をかしげた。


「一晩で、というのは?もう結婚から半年は経っているでしょう?」


 三人は顔を見合わせた。三蔵の純粋な疑問に、どう答えたらいいのかわからない。


「あの...三蔵様」


 猪八戒が気まずそうに答える。


「一晩というのは...その、婚儀の日の晩です」


「婚儀の日の晩と妊娠には、何か関係があるのですか?」


 三蔵の直球の質問に、三人は困った顔をした。


「え、えーっと...」


「それは...」


「どうして皆さん答えてくださらないのですか?」


 三蔵の無邪気さに、三人は冷や汗をかいていた。


「三蔵、お前...まさか知らないのか?」


 孫悟空が恐る恐る尋ねる。


「知らない、とは?…もしかして、安仁や赤ちゃんにとって、よくないことなのですか?」


 三蔵は不安そうにしている。

 完全に知らない。三人は顔を見合わせた。


「おい、誰が説明する?流石にこの年で最低限の知識もないというのは…三蔵自身の安全にもかかわるぞ」


 沙悟浄が小声で尋ねる。


「ぼ、僕は無理です!」


 猪八戒が慌てて首を振る。


「安仁に申し訳ないですよ!そんな生々しい...」


「俺も無理だ!」


 孫悟空も真っ赤になる。


「三蔵に説明するなんて...」


「やれやれ、俺が教えるしかないか...」


 沙悟浄がため息をつく。


「三蔵、こちらへ」


 沙悟浄は、真剣な表情で言った。


「お前は、妊娠や出産について、どの程度知っている?」


「あまり……詳しくは」


「それでは、危険だ」


 沙悟浄は、率直に言った。


「お前は女性だ。いずれ子を産む可能性がある。正しい知識がなければ、悲劇に見舞われるかもしれない」


「悲劇?」


「時には、望まない妊娠が起こることもある。心身の準備ができていない時や…お前の意志に反して、無理やり関係を持たれた時」


 三蔵は、息を呑んだ。


「そんなこと……」


 沙悟浄は、厳しい表情で言った。


「まず、基本的なことから話そう。女性の体は、月に一度、子を授かる準備をする。それが月経だ。お前も経験しているだろう?」


「はい……」


 三蔵は、小さく頷いた。


「では、妊娠はどうやって起こるか知っているか?」


「その……男女が夫婦となって……」


「具体的にはどういうことか、分かるか?」


「……よく分からないです」


 沙悟浄は、図を描きながら説明し始めた。


「男性の体には精子、女性の体には卵子がある。男女が性的な結合をすることで、精子と卵子が出会う。それが受精し、女性の子宮に着床すると、妊娠が成立し、約十か月で出産となる」


ーーでは、あの晩、安仁と八戒先生が結ばれて...


 三蔵はようやく納得がいった。


 沙悟浄は続けた。


「その間、女性の体は大きく変化する。だからこそ、十分な準備が必要だ」


「準備……ですか?」


「そうだ。体の準備、心の準備、そして環境の準備」


 沙悟浄は、具体的に説明した。


「栄養のある食事、適度な運動、ストレスの少ない環境。そして、信頼できる産婆や医師のサポート」


「出産には危険も伴う」


 沙悟浄の声が、厳しくなった。


「特に、若すぎる妊娠、栄養不足、適切な医療を受けられない場合、母子ともに命の危険がある」


 三蔵は、真剣に聞いている。


「それをふまえて、自分の身を守る知恵を身につけろ。まず、信頼できない相手とは、二人きりになるな。特に、酒が入った場での誘いには、絶対に応じるな」


 三蔵は、自分に声をかけてくる男を悟空が牽制していた姿を思い出していた。

(悟空が守ってくれていたんだ)


「それから、自分の意志をはっきり伝えること。『嫌だ』と言う権利は、お前にある」


 沙悟浄は、真剣に続けた。


「そして、もし危険な目に遭ったら、すぐに信頼できる相手に相談しろ。一人で抱え込んではいけない。…それから、これも大切なことだ」


 沙悟浄は、付け加えた。


「もしお前が、誰かと親密な関係を持ちたいと思った時、それが本当に愛に基づくものか、よく考えること。

 相手は、お前を本当に大切に思っているか。お前も、相手を心から愛しているか。…そして、もし妊娠した場合の責任を、二人で負えるか」


 三蔵は、悟空を思い浮かべながら、深く頷いた。


「最後に、これだけは忘れるな」


 沙悟浄は、力強く言った。


「お前の体は、お前のものだ。

 妊娠や出産も、お前が決めることだ。他人に強制されることではない」


 三蔵は、その言葉の重みを感じた。


「自分で決める権利がある……」


「そうだ。そして、その決断には責任も伴う。だからこそ、正しい知識を持ち、慎重に行動することが大切だ。性と妊娠、出産――これらはすべて、命に関わることだ」


 三蔵は恥ずかしそうに俯いた。


「僕、何も知らなくて...」


「仕方ないさ。お前は寺で育ったんだから」


「貴重なお話をありがとうございます。大変勉強になりました。」


 三蔵は深々と頭を下げた。


「これで一安心だな」


 沙悟浄は微笑んだ。


 一方、猪八戒は手紙を何度も読み返していた。


「父親になるのか...」


「八戒、大丈夫か?」


 孫悟空が心配そうに尋ねる。


「はい...ただ、実感が湧かなくて」


「安仁も不安でしょうね」


 三蔵が心配そうに言う。


「早く帰りたいです」


 猪八戒の声に焦りが混じっていた。


「天竺への旅を急ぎましょう」


 三蔵が提案した。


「皆で安仁のもとに、一日でも早く帰れるように」


「三蔵様...」


 猪八戒の目に涙が浮かんだ。


「みんなで力を合わせて、頑張りましょう」


 一行は新たな目標を胸に、天竺への道のりを急ぐことになった。安仁の妊娠という嬉しい知らせと共に。


 夜、焚き火を囲みながら、孫悟空は三蔵に尋ねた。


「三蔵、今日の話...分かったか?」


「はい…悟空と夫婦になるという意味も」


 三蔵の頬が赤くなる。


「俺たちも、いつか...」


「悟空…」


 三蔵は恥ずかしそうに孫悟空の手を握った。二人の未来への想いが深まった夜だった。

思いがけない、望まない妊娠に苦しむ子供も少なくありません。恥ずかしがらず、正しい性知識を身につけさせることが、子供たちを守ることに繋がります。

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