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心を開いて

 夜、三蔵は深刻な面持ちで猪八戒の部屋を訪ねた。


「八戒先生...相談に乗って頂きたいことがあります」


「何でしょうか?」


 猪八戒は、三蔵のただならぬ様子に居住まいを正した。


「実は...女性らしい容姿になりたいのです」


 三蔵の思いがけぬ言葉に、猪八戒は呆気にとられた。


「女性らしい容姿、ですか?」


「はい。悟空の好みの女性になりたいのです。あの女妖怪の方に言われて...僕は女らしくないのだと実感しました。まさか、男娼と間違えられるとは…」


 三蔵は今にも泣き出しそうな顔をしている。


 三蔵の悩みを聞いて、猪八戒は思わず吹き出してしまった。


「す、すみません、笑うつもりはなかったのですが...いや、悟空殿のことで何やら思い詰めているなとは。しかし、そこなんですね…」


「やはり、僕は悟空にふさわしい相手にはなれないのでしょうか」


 猪八戒の態度を誤解した三蔵は、ますます落ち込んだ。

 猪八戒は慌てて頭を振った。


「いえ、可愛らしい悩みだと思いまして。三蔵様の、悟空殿への純粋な思いが伝わりました」


 猪八戒は困ったような顔で続けた。


「…しかし三蔵様、それは的外れなお考えです」


「的外れ?」


「三蔵様の美しさは保証しますが、悟空殿の三蔵様への愛情は、外見とは関係ありません。悟空殿は三蔵様のすべてを愛していらっしゃるのですから」


 猪八戒の言葉に、三蔵は戸惑った。


「でも、あの女妖怪の方は...」


「あの者は過去の悟空殿しか知りません。今の悟空殿がどれほど三蔵様を大切に思っていることか。そのお気持ちを三蔵様が否定しては、悟空殿がお気の毒です」


「三蔵様に必要なのは、悟空殿の過去ごと全て愛して、ありのままの自分で、ただ好意を伝えることです」 


「でも、僕なんかが…」


「普段の三蔵様は大変聡明で論理的ですが、悟空殿のことになると理屈では通らないのですね。」


 猪八戒は微笑みつつも、孫悟空の苦労を思いやった。


 一方、孫悟空は沙悟浄の部屋を訪ねていた。


「悟浄、俺は...」


「どうしました?珍しく悩んでいるじゃないですか」


 沙悟浄は、ひどく暗い顔の孫悟空に驚いた。


「三蔵に失望されたのではないかと思って...。昔の俺のことを知って...三蔵が傷ついているようなんだ」


 沙悟浄は孫悟空の話を聞いて、目を丸くしてから声を立てて笑った。


「何がおかしい」


「いえ、天下の斉天大聖をここまで苦しめるとは、やはり三蔵は偉大だな」


 沙悟浄は孫悟空の肩を叩いた。


「悟空殿の答えは簡単です。ありのままの自分で、ただ好意を伝えればいい」


「しかし、俺の過去は...」


 孫悟空の声に深い後悔が込められていた。


「昔の俺は最低だった。暴力で支配し、快楽に溺れ、多くの者を傷つけた。女妖怪たちを物のように扱い、飽きれば捨てた」


 孫悟空は拳を握りしめた。


「でも今は違うでしょう?」


「ああ...三蔵と出会って、初めて自分の愚かさに気づいた。昔の俺がいかにひどい存在だったか、毎日のように考えてしまう」


 孫悟空の瞳に涙が浮かんだ。


「三蔵の純粋さを見ていると、自分が情けなくて...どうして昔、あんなことができたんだろう」


 沙悟浄は孫悟空の思いを聞きながら、三蔵によって精神的に成長していく孫悟空を微笑ましく思った。


「あなたの過去をどう捉えるかは、三蔵が決めることです。あなた達はお互い素直に話し合った方がいい」


 その後、孫悟空は意を決して三蔵の部屋を訪れた。


「三蔵、少し話をしよう」


「悟空...」


 三蔵は部屋に孫悟空を招き入れた。二人は向かい合って座る。


「昨日のことで、気分を害したか?」


 孫悟空の直球な質問に、三蔵は困ったような表情を見せた。


「いえ...ただ、悟空がそのような過去をお持ちだったとは知らなくて」


「俺の過去を知って、嫌になったか?」


「そんなことは...」


 三蔵は首を振ったが、孫悟空には確信が持てない。


「三蔵、俺は確かに昔は欲望のままに弱いものを踏みにじっていた」


 孫悟空は正直に話し始めた。その声には、深い反省が込められていた。


「悟空...」


「でも、お前と出会って変わった。お前を守りたい、お前と一緒にいたいと思って、俺は変わったんだ」


 孫悟空の真剣な表情に、三蔵の心は動いた。


「お前は俺の過去に傷ついたのか?俺はお前がなぜ落ち込んでいるのか、本当の理由を知りたい」


 孫悟空は三蔵の瞳を見つめた。


「三蔵、正直に教えてくれ。何が一番辛いんだ?」


 三蔵は迷った後、ようやく口を開いた。


「悟空は立派な方です。でも僕は...僕は悟空の好みではないということが辛いんです」


「…好み?」


 孫悟空は拍子抜けした。


「あの女妖怪の方がおっしゃった通り、悟空が好みだったのは豊満で妖艶な女性たち。それに比べて僕は華奢で、子供のような容姿で...」


 三蔵の声が震えた。


「僕では悟空を満足させることができないんです」


 孫悟空は唖然とした。自分は三蔵が自分の過去の悪行に失望したのだと思っていたが、三蔵が悩んでいたのは全く違うことだった。


 ふと、目の前の三蔵が、よい子でいようと無理をしていた幼い三蔵の姿と重なった。

 ーー役に立ちますから、どうか…


「三蔵...まだ俺がお前を捨てると思っているのか?」


 孫悟空が悲しそうな目をしている。


 三蔵は指摘されてはっとした。


 その通りだった。女らしくならないと…役に立たなくては愛されないと、自分勝手に思いこみ、恐怖している。


「あ…いえ、悟空がまさかそんなこと、でも僕は…」


 またやってしまった。

 愛する人を悲しませてしまった。

 八戒先生の言われたとおりだ。悟空は僕を愛してくれている。それを否定しているのは僕自身だ。


「ごめんなさい…僕は自分のことばかり考えて、悟空の気持ちを分かっていませんでした」


 三蔵も自分と同様、傷つきを抱えている。そう思うと、いっそう愛しさが深まった。


「俺にはお前だけだ」


 孫悟空は三蔵の手を取った。


「俺は、自分を否定してしまうお前も含めて全部愛している。お前は俺の過去も含めて、全てを受け入れてくれるか?」


「はい...僕も、悟空の全てが好きです」


 三蔵の言葉に、孫悟空の心は深く震えた。


「旅が終わったら、夫婦めおとになってほしい」


 孫悟空の突然の告白に、三蔵は驚いて顔を上げた。


「俺と夫婦になってくれるか?」


 三蔵は頷いた。


「はい...僕も、悟空を愛しています」


 二人は静かに抱き合った。お互いの想いを確かめ合いながら。


 夜空に月が瞬いていた。

 過去を反省し、真の愛に目覚めた男と、純粋な心で愛を受け入れた少女を、優しく見守っていた。

不完全な二人が、ありのままを受け止めて、支え合います。過去はなかったことにはならないし、性質は簡単には変わりません。それでも二人は前を向いて生きようとします。

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