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過去との邂逅

 天竺への旅路を進む一行の前に、懐かしい顔が現れた。


「まあ、これは斉天大聖様ではありませんか」


 妖艶な声で話しかけてきたのは、美しい女妖怪だった。五百年前に孫悟空が侍らせていた女妖怪の一人である。


「お前は...」


 孫悟空は血の気が引いた。


 ついに恐れていた瞬間が来てしまった。

 自分の過去を知る者との出会い。

 三蔵に真実を知られてしまう。


「随分と変わられましたのね。昔の大王様はもっと...」


 女妖怪は孫悟空を見回しながら、感慨深そうに語り始めた。


 孫悟空は必死に女妖怪に目配せをしたが、女妖怪は気にもとめない。


「あの頃の大王様は本当に魅力的でいらしたのに。毎夜の宴会では美酒に酔い、我々女妖怪を侍らせて、豪快に笑っていらした」


 三蔵の顔から血の気が引いていく。孫悟空の心臓は激しく鼓動していた。


「強大な力で妖怪たちを従え、気に入らない者は容赦なく打ち据える。まさに絶対的な王でいらした」


「悟空が...そんな方だったなんて」


 三蔵の戸惑いの声に、孫悟空は動揺を隠せなかった。


「それにしても、今の大王様は...」


 女妖怪は口惜しそうに首を振った。


「なんだか小さくまとまってしまわれて。昔の荒々しさも、傲慢さも、あの圧倒的な存在感も失われて」


 女妖怪の言葉は容赦なく続いた。


「まるで家畜のようです。昔を知る者としては、とても残念ですわ」


 その時、女妖怪は三蔵に気づいた。


「ところで、そちらの美しい方は?」


 女妖怪は三蔵に興味深そうな視線を向けた。


「まさか、大王様の新しいお相手でしょうか?」


「違う!こいつはそんなんじゃねえ!」


 孫悟空は慌てて否定した。三蔵は慰みの道具ではない。

 しかし、三蔵の顔はますます暗くなる。女妖怪は続けた。


「昔の大王様がお気に入りだった女妖怪たちは、皆もっと豊満で妖艶でしたのに。こんなに華奢で...まるで子供のような」


 女妖怪は三蔵を値踏みするように見回した。


「この方からは女の匂いがしませんわね。ひょっとして男娼かしら?昔の大王様の趣味とは随分違いますこと」


 三蔵の顔がこわばった。

 女妖怪は容赦なく続けた。


「昔の大王様は本当におもしろい方でしたのに。今ではこんな地味な坊主に縛られて...」


「もういい!去れ!」


 孫悟空が声を荒げると、女妖怪はくすくすと笑いながら去っていった。


「あら、怖い。昔の大王様の面影が少し戻りましたわね」


 その夜、一行は街道沿いの宿で休んでいた。しかし、三蔵の様子がどうにもおかしい。


「三蔵、大丈夫か?」


 沙悟浄が心配そうに尋ねる。


「何がですか?僕は大丈夫です」


 三蔵は、張り付けたような笑顔で答えた。


 一方、孫悟空は一人で考え込んでいた。


 三蔵が自分の過去を知って、明らかに態度が変わってしまった。あの暗黒の過去が三蔵に知られてしまった。


 暴力で支配し、快楽に溺れ、傲慢に振る舞う。そんな自分の本当の姿を知って、三蔵は失望したのだろう。


「俺の過去を知って...嫌になったんだな」


 孫悟空は拳を強く握りしめた。三蔵が自分の過去の悪行を知って傷ついている。それが何より辛かった。


 翌朝も、二人の間にはぎこちない空気が流れていた。


「三蔵、昨日のことだが...」


 孫悟空が話しかけようとするが、三蔵は曖昧に微笑むだけだった。


「僕は大丈夫です、悟空」


 孫悟空は三蔵の淡白な態度に、ますます確信を深めた。やはり三蔵は自分の過去の悪事に失望し、愛想を尽かしたのだ。


「俺は...変わったつもりだったが...」


 孫悟空は自分の過去を呪った。なぜあのような愚かな生き方をしてしまったのか。


 三蔵の純粋さに比べて、自分はなんて汚れた存在なのだろう。


「三蔵には、俺などではなく、もっと相応しい相手が...」


 月はただ、穏やかな光をたたえていた。

ついに孫悟空は、三蔵との関係において、過去の自分と向き合う時がやってきました。

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