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三蔵の主権者教育

 鬼の里を出て数日後、三蔵一行はある村に立ち寄った。


 その村は、ひどく荒れていた。


「役人が税を搾り取るんです」


 村人が、諦めたような顔で言った。


「収穫の半分以上を持っていく。子供たちは飢えています」


「それは酷い……」


 三蔵は、心を痛めた。


「でも、僕にできることは……」


 三蔵は、村人に食べ物を分け、子供たちに優しい言葉をかけた。


 しかし、できることはそれだけだった。


 村を出た後、三蔵は沈んだ表情をしていた。


「三蔵様、どうされましたか」


 猪八戒が心配そうに尋ねた。


「僕は……何もできなかった」


 三蔵は、うつむいた。


「あの村の問題は、僕一人では解決できない。腐敗した役人、不公平な税制、貧困――大きすぎる問題です。僕にできるのは、目の前の人に少し優しくすることだけ……」


 それから数日後、三蔵たちは大きな町に着いた。


 町の中心部では、裕福な商人たちが贅沢な暮らしをしている。


 一方、町外れでは、貧しい人々が物乞いをしていた。


「この格差は……」


 三蔵は、胸が痛んだ。


 ある日、広場で公開処刑が行われようとしていた。


「あの人は、何をしたのですか」


 三蔵が尋ねると、町人が答えた。


「盗みです。空腹のあまり、パンを一つ盗んだとか」


 三蔵は、愕然とした。幼少時の経験から、空腹の辛さは身にしみて理解できた。


「これが法です」


 町人は、淡々と言った。


「私たちには、どうすることもできません」


 三蔵は、処刑人に駆け寄った。


「待ってください!この人の罪は、死に値するものですか?」


「法で決まっています」


 処刑人は、冷たく答えた。


「法師といえど、口出しはできません」


 三蔵は、その場に立ち尽くすしかなかった。


 その夜、宿で三蔵は一人思い悩んでいた。

 安仁の、長としての堂々たる姿に対して、自分のいかにちっぽけなことか。

 ーー僕は民に何もしてあげられない。

 三蔵は、強烈な無力感にうちひしがれていた。


 その時、孫悟空たち三人が、三蔵の部屋を訪れた。


「三蔵、話がある」


 孫悟空が言った。


「お前は、自分に力がないと思っているな」


「……はい」


 三蔵は、正直に答えた。


「僕はただの僧侶です。社会の問題を変える力なんて、ありません」


「それは違う」


 沙悟浄が、きっぱりと言った。


「お前には、力がある」


「三蔵様」


 猪八戒が、丁寧に説明し始めた。


「あなたは、ただの『民』ではありません。社会を構成する『主権者』なのです」


「主権者……?」


「そうです。社会のあり方を決める権利を持つ者、という意味です」


 猪八戒は続けた。


「確かに、一人の力は小さいかもしれません。でも、多くの主権者が声を上げれば、社会は変わります」


「まず、声を上げることだ」


 沙悟浄が言う。


「今日の処刑――お前は反対したな。それが第一歩だ」


「でも、何も変わりませんでした……」


「一度では変わらない。諦めずに声を上げ続ければ、いつか届く。それに、お前一人じゃない」


 孫悟空が付け加えた。


「今日、広場にいた町人の中にも、お前と同じように思った者がいるはずだ。その者たちと力を合わせれば、もっと大きな声になる」


「それから、知ることも大切です」


 猪八戒が続けた。


「社会の問題について、正しい情報を知る。なぜ格差が生まれるのか、なぜ法が不公平なのか――その仕組みを理解する。理解すれば、何を変えるべきか分かります」


 三蔵は、真剣に聞いている。


「そして、その情報を広めることです」


 猪八戒は力強く言った。


「あなたは僧侶として、多くの人に話を聞いてもらえる立場です。その影響力を、社会を良くするために使うべきなのです」


「でも、声を上げるだけで、制度は変わるのですか」


 三蔵が疑問を口にした。


「変わる」


 沙悟浄が断言した。


「歴史を見ろ。多くの改革は、民の声から始まった。為政者も、民の声を無視し続けることはできない。特に、多くの民が同じことを求めれば、変えざるを得なくなる」


 孫悟空が付け加えた。


「それに、お前は僧侶だ。為政者と話せる立場にいる。直接、不公平な法を変えるよう提言することもできる」


「でも……」


 三蔵は、まだ不安そうだった。


 ーー僕一人の行動で、本当に変わるのでしょうか


 数日後、三蔵は町で弥龍ミリュウと再会した。


「玄奘!」


 弥龍は、嬉しそうに微笑んだ。鬼の保護について、三蔵と手紙でやり取りを続けていたのだった。


「お兄様……」


 三蔵は、弥龍に今までの出来事を話した。


「そうか……君は、社会の不条理に気づいたんだな」


 弥龍は、優しく微笑んだ。


「僕は国師として、為政者に助言する立場にいる。君の見てきたこと、感じたこと――それを教えてくれ」


「民の声を、僕が朝廷に届ける」


 三蔵の目が、輝いた。


「本当ですか、お兄様!」


「ああ。君は、社会を変える力を持っている。僧侶として、民の苦しみを見て、その声を届ける――それが、君にできることだ」


 三蔵は、その日から変わった。


 旅先で見た問題を、丁寧に記録するようになった。


 村人や町人と話し、彼らの声を聞いた。


 そして、為政者に会う機会があれば、それを伝えた。


「この村では、税が重すぎます」


「この町では、法が不公平です」


「貧しい人々が、苦しんでいます」


 最初は、聞き流す為政者もいた。


 でも、三蔵は諦めなかった。


 何度も、何度も、訴え続けた。


 ある時、三蔵が以前訪れた村の出身の民と再会した。


「法師様!」


 村人が、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「税が軽減されました!」


「本当ですか!」


 三蔵は、驚いた。


「はい。あなたが朝廷に訴えてくださったと聞きました。弥龍様が、私たちの声を届けてくださったのです」


 村人の目には、涙が浮かんでいた。


「ありがとうございます、法師様」


 三蔵は、胸が熱くなった。


 変えられた。


 小さなことかもしれないが、確かに変えられた。


「三蔵様、良かったですね」


 猪八戒が、微笑んだ。


「これが、主権者としての力です」


「僕一人では、何もできなかった……」


 三蔵は、感慨深げに言った。


「でも、皆の力を借りて、少しだけ社会を変えることができた」


「その通りだ」


 沙悟浄が頷いた。


「一人では小さな力でも、多くの人が協力すれば大きな力になる」


 孫悟空が、三蔵の頭を撫でた。


「お前は、もう『何もできない』なんて言わないだろう」


「はい」


 三蔵は、力強く頷いた。


「しかし、終わりではないぞ」


 沙悟浄が、釘を刺した。


「一つの問題が解決しても、また新しい問題が出てくる。主権者であることは、一生続く責任だ」


「分かっています」


 三蔵は、真剣な表情で答えた。


「これからも、見続けます。聞き続けます。そして、声を上げ続けます」


「それに、いつか――」


 三蔵は、遠くを見つめた。


「僕が天竺から持ち帰る教えは、人々を救うものになるはずです。それも、社会を良くする一つの方法だと思います」


 月が昇り始めていた。


 新しい世代が、新しい社会を作り始める――。


 そんな希望に満ちた夜だった。

学校の主権者教育として、市や県の選挙委員会による出前授業で模擬選挙を実施することが多いです。物語では三蔵が弥龍を支援することで、政治に民意を反映させようとしています。三蔵は教育によって自己効力感を高めていき、社会の構成員として成長します。

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