三蔵の出立
翌朝、三蔵一行が里を出発する時がやってきた。
朝早くから、里の人々が見送りに集まっていた。
「三蔵様と孫悟空様のおかげで、安仁様がお元気になられました」
「八戒兄ちゃん、悟浄兄ちゃん、頑張ってきてね」
里の人々が口々に感謝と分かれの言葉を述べる中、安仁は大切な人達との別れの風景を見つめていた。
長として生涯を里に捧げる運命。それは安仁の誇りそのもの。それでも、一人残る我が身がもどかしかった。
「八戒、悟浄」
安仁が二人を呼び寄せる。
「姉上をよろしく頼む」
安仁は、精一杯の笑顔で別れを告げる。
「承知いたしました」
猪八戒は深々と頭を下げた。
「任せとけ」
沙悟浄も力強く答えた。
「…安仁、八戒先生、出発までお二人でお話しください」
三蔵が気を利かせて、安仁と猪八戒を二人きりにしてくれた。
安仁は三蔵に頭を下げるやいなや、猪八戒の腕を取り、ずんずんと人気のない場所へと向かった。猪八戒も素直に従った。最後にもう少しだけ、二人の時間を過ごしたかった。
「八戒...」
「安仁」
二人は見つめ合った。四年も離れ離れで、やっと再会できた。そして再びの別れである。自らの決断とはいえ、切なさが胸を締め付ける。
「昨日の花嫁姿の安仁は...いつにも増して美しかった」
猪八戒がそっと呟く。
「そして夜は僕の腕の中で…」
うっとりとした面もちで思いを馳せる猪八戒に、安仁の頬が真っ赤になった。
「も、もう...そのようなことを」
「夢のように幸せでした」
猪八戒の目が輝いている。
「...儂もじゃ」
安仁はますます恥ずかしそうに俯く。
猪八戒が安仁の手を優しく握る。
「本当は離れたくありません。でも...」
「分かっておる」
安仁が小さく頷く。
「儂の代わりに、姉上のお役に立つのじゃ」
「はい。必ず三蔵様を天竺にお送りします」
猪八戒は安仁の瞳を見つめた。
「手紙を書きます。安仁のこと、里のこと、何でも教えてください」
「うむ。待っておる」
安仁は猪八戒を見上げた。
「必ず戻ってくるのじゃぞ」
「ええ、必ず」
猪八戒が安仁の頬に手を触れる。その優しい手つきに、安仁の頬が温かくなった。
言葉よりも気持ちを伝えたくて、安仁は背伸びして猪八戒にそっと口づけた。
「…待っておるぞ」
安仁の言葉に、猪八戒は力強く頷いた。
「はい。愛しています、安仁」
ついに別れの時間がやってきた。一行は馬に荷物を積み、出発の準備を整えている。
「安仁、元気でな」
沙悟浄が安仁の頭を軽く撫でた。幼い頃からの習慣だった。
「悟浄も気をつけるのじゃよ」
「悟空殿、姉上をお願いいたします」
安仁は深々と頭を下げた。
「ああ、任せろ」
孫悟空が頼もしく答える。
最後に、安仁は三蔵と向き合った。
「姉上、また必ずお会いしましょうぞ」
「はい。今度は、もっと長く一緒にいられますように」
三蔵の言葉に、安仁は微笑んだ。
「それまで、お互い頑張るのじゃ」
「行ってまいります」
三蔵たちは里の門をくぐり、天竺への旅路に向かった。安仁は最後まで手を振り続けていた。
安仁の瞳には涙が光っていた。ようやく出会えた姉たちとの別れは、想像以上に辛いものだった。
しかし、安仁の心には希望があった。姉が無事に使命を果たし、皆が元気に戻ってきてくれることを信じて。
里の人々が安仁を囲むように集まってきた。
「長、お寂しゅうございましょうが、皆がついております」
「安仁様、私たちがお支えします」
里の人々の温かい言葉に、安仁は涙を拭いて振り返った。
「ありがとう、皆の者。儂には、お前たちがいるのじゃな」
朝日が安仁の後ろ姿を照らしていた。愛する人たちを送り出し、長として、里を守り続ける決意を胸に。
三蔵と猪八戒、沙悟浄、孫悟空は、新たな旅路を歩んでいた。それぞれの心に、安仁への想いを抱きながら。
たった数日間でしたが、安仁は16歳の自分に戻りました。そして、再び長としての日々が始まります。里(家族)の問題が根本的に解決した訳ではありません。しかし、三蔵という他者とのつながりにより、安仁は見違えるように元気になりました。ヤングケアラーの問題もまた、つながりによって孤独感を和らげることが大切です




