安仁の婚儀
翌日、鬼の里は祝祭ムードに包まれていた。安仁と猪八戒の婚儀は、里にとって久しぶりの慶事だった。
朝早くから、安仁は支度に追われていた。里の女性たちが総出で花嫁の身支度を手伝っている。
「安仁様、お美しゅうございます」
「本当にお幸せそうで」
安仁は伝統的な鬼族の婚礼衣装に身を包んでいた。深紅と金で彩られた美しい着物に、頭には鬼族伝統の飾りを着けている。額の角も、特別な装飾で美しく飾られていた。
「ううむ、恥ずかしいのう...」
安仁は鏡を見ながらつぶやいた。年頃の花嫁らしい美しさがそこにあった。
一方、猪八戒も婚礼の衣装に身を包んでいた。その美貌はさらに際立つ。
「婿殿、緊張されているのですか?」
沙悟浄が茶化すように尋ねる。
「当然です。人生で一番大切な日ですから」
猪八戒の表情は真剣だった。安仁の夫となることの責任と喜びが入り混じっている。
婚儀は里の神殿で行われた。先祖と神に誓う厳格な式である。
神殿には里の人々が集まり、見守っている。三蔵も女性の礼装で参列していた。すらりとした体に凛々しい顔立ち。その美しさに、孫悟空は目を奪われた。
「悟空?」
「い、いや...何でもない」
孫悟空は慌てて目をそらした。
式が始まると、安仁と猪八戒は神殿の前に並んで立った。
「我ら、先祖の霊と神々の前にて誓う」
神官の厳かな声が響く。
「安仁よ、汝は猪八戒を夫として、生涯を共にすることを誓うか」
「はい...誓うのじゃ」
安仁の声は小さかったが、はっきりとしていた。
「猪八戒よ、汝は安仁を妻として、生涯を守り抜くことを誓うか」
「はい、誓います」
猪八戒の声には確固たる決意が込められていた。
「では、指輪の交換を」
鬼族の伝統に従い、二人は特別な指輪を交換した。鬼族の長に代々受け継がれてきた、神聖な指輪である。
「これをもって、二人は正式に夫婦となった」
神官の宣言と共に、里の人々から祝福の声が上がった。
「おめでとうございます!」
「安仁様、お幸せに!」
安仁は頬を染めながら、猪八戒の隣に立っていた。猪八戒は安仁を見つめ、優しく微笑んだ。
式の後、祝宴が開かれた。里中が二人の幸せを祝っている。
宴もたけなわになった頃、安仁は三蔵のもとへやってきた。
「姉上、今日は来てくださってありがとう」
「おめでとう、安仁。本当に美しい花嫁です」
「照れるのう...でも、とても幸せなのじゃ」
安仁の笑顔は、心からの幸福に満ちていた。
「のう、姉上…このまま…この里で共に暮らさぬか?」
安仁の甘えるような申し出に、三蔵は微笑んだあと、申し訳なさそうに首を振った。
「ありがとう、安仁。でも、僕には果たすべき使命があります」
三蔵は決意を込めて説明した。
「天竺でお経を取得して、弥龍お兄様にお渡ししたいのです。そうすれば、弥龍お兄様の地位が高まり、鬼の保護の法案化の実現に役立つでしょう」
大切な妹の役に立ちたい。弥龍へ恩返しをしたい気持ちもあった。
「姉上…」
安仁もまた、決意した。
「ならば、八戒と悟浄をお供につけるのじゃ。姉上をお守りするために」
「えっ...でも、新婚なのに」
三蔵が困惑する中、猪八戒が前に出た。
「承知いたしました。三蔵様をお守りするのは、僕たちの使命です」
沙悟浄も頷く。
「任せとけ」
安仁は決意したように三蔵の手を取った。
「儂は妹として、姉上に大切なことをお教えせねばならぬ」
「大切なこと?」
「姉上の本当のお名前は『月人』というのじゃ。母上がつけてくださった、美しい名前じゃ」
三蔵は驚いた。
「月人...それが僕の本当の名前」
「うむ。それでは、二人で両親の墓参りをするのじゃ」
安仁は三蔵の手を取り、里の奥にある墓地へ向かった。そこには、双子の両親が眠っている。
安仁は、姉に一目会うことが叶えば、それ以上を求めるつもりはなかった。しかし、この数日、三蔵とともに過ごした時間が、姉妹の絆を強く実感させた。
別れの前に、家族のひとときを味わいたかった。
月明かりが静かに墓地を照らしていた。二基の墓石が並んで立っている。
「父上、母上」
安仁が深々と頭を下げた。
「姉上と会うことができました」
三蔵も隣で頭を下げる。
「はじめまして...お父さん、お母さん。僕は月人です」
墓前で、姉妹は静かに祈りを捧げた。
「父上、母上、儂は今日、八戒と夫婦の契りを結びました。そして姉上との絆を深めることができました」
「どうか安仁を...そして里の皆をお守りください」
二人の祈りが、静かな墓地に響いた。風が優しく吹き抜け、まるで両親が二人を見守っているかのようだった。
「姉上、本当は儂もついて行きたい。しかし里を離れることはできぬ。必ずまた、戻ってきてほしい」
宝石がなければ、たちまち栄養不足に陥ってしまう。安仁たち純血の鬼には、里が命をつなぎ止める唯一の居場所であった。
三蔵は、安仁の思いとともに旅立つ覚悟を決めた。
「はい。きっと」
安仁が温かな余韻にひたりつつ夫婦の部屋に入ると、猪八戒はすでに床入りの準備を終えていた。
「八戒、折角夫婦になったが、明日からまたしばらくお別れじゃのう。」
安仁は寝台に腰掛けて寂しそうにつぶやいた。
「ええ、僕も別れがたいのですが…ともかく、明日は早いのですから、早速始めましょう。」
八戒は照れ隠しに咳払いをしてから、安仁の隣に腰を下ろした。
「何を始めるのじゃ?寝るのではないのか?」
安仁は首を傾げた。
「まあ、寝るとも言いますが」
猪八戒は安仁を優しく押し倒した。
「八戒、ま、まさか…」
安仁は顔を真っ赤にして驚く。
「世継ぎを生み育てることも、長の重要なつとめですから」
二人の夜は更けていった
長が他種族の夫を娶るのは前代未聞のことですが、里の民たちは純血へのこだわりを捨て、多様性の道を選びます。安仁の母のバトンが次世代に受け継がれました。




