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双子のデート

 宝石を里に持ち帰った途端、安仁は強烈な眠気に襲われた。


「姉上...少し休ませて...いただきます...」


 安仁はそのまま深い眠りに陥ってしまった。


「安仁様!」


 倒れ込む安仁を、猪八戒が慌てて駆け寄って支えた。すぐに里の医師を呼び、診察結果の説明を受けた。 

 移民の医師は言った。


「ご心配なく。急激に回復している状態です。今の長は、絶食の後に満漢全席を食べたようなもの。宝石のエネルギーを消化することに全機能を集中しているのです」


 その後、安仁だけでなく、里の他の純血の鬼たちも次々と深い眠りに陥った。皆、同じように宝石のエネルギーを受けて回復の過程に入ったのだ。


 鬼たちは十日間眠り続けた。


 十日目の朝、安仁が身仕度を整える音に気づいた召使いが、慌てて猪八戒を呼びに行った。


「猪八戒様、安仁様がお目覚めになって...」


 猪八戒は安仁の部屋へ駆けつけた。

 しかし、部屋はもぬけの殻。


「安仁様!どこへ行かれました!」


 その少し前、安仁は三蔵の部屋に直行していた。扉を勢いよく開けると、まだ寝ぼけ眼の三蔵ににやりと笑いかける。


「姉上、遊ぶぞ!」


 なかば強引に三蔵を部屋から連れ出した。廊下で、孫悟空とすれ違う。


「おい、二人でどこへ行くんだ?」


「おお、悟空殿。里を見物しに行くのじゃ。しばし姉上をお借りする」


 孫悟空が止める間もなく、安仁は、三蔵とともに屋敷を抜け出した。

 今度は、息を切らした猪八戒が駆け寄ってきた。


「ご、悟空殿、安仁様を見ませんでしたか?」


「三蔵と二人で里の見物に行ったぞ」


「あの方は…また!」 


 「また?」


 かつての活発な安仁が戻ってきていた。三蔵の手を引いて、安仁は里を駆け巡った。


「ちょっと、安仁...」


 戸惑う三蔵を連れて、安仁は里中を案内して回る。まるで幼少期の空白を埋めるかのように、楽しそうに笑いながら。


「ここは儂が作った市場じゃ。どうじゃ、活気があるじゃろう?」


「ここの学校は移民の子供たちのために建てたのじゃ!」


「この橋は沙悟浄の提案で作ったのじゃ」


「どうじゃ、このからくり!儂の考案じゃ!」


 安仁は自分が作り上げた里を、誇らしげに紹介していく。10日前、威厳に満ちた老人のようだった彼女とは別人だ。三蔵は安仁の変化に驚きながらも、その無邪気な笑顔に心を温められた。


「僕、安仁はもっと怖い人かと思っていました」


 三蔵の正直な感想に、安仁は声を立てて笑った。


「あれは病で疲れておっただけじゃ。儂は元々このような性格なのじゃ」


 里では皆が安仁の回復を喜んでいた。子供たちや年寄りたちが安仁を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「安仁様、お元気になられて良かった!」


「長、この度は誠におめでとうございます!」


 ――ん?おめでとう?宝石のことかのう?


「皆、心配をかけたのう。ほれこの通り、儂は元気いっぱいじゃ!」


 安仁は天候を操る力の応用で、空に美しい虹を出現させた。沙悟浄との遊びの中で身につけた技である。里の人々は歓声を上げる。


「すごいですね」


三蔵が感嘆する。


「どうじゃ、儂の力は!」


 安仁が得意そうに言う。


「ここは、本当に素晴らしい里です。安仁の愛情がいたるところに感じられます」


「姉上に褒めてもらえて嬉しいのう」


 三蔵の言葉に、安仁は満足そうに微笑んだ。


「儂が命をかけて守りたかったものを、姉上は褒めてくれたのじゃ」


「安仁…」


「のう、姉上。儂は不幸に見えるかの?」


 安仁は三蔵の目をじっと見据えた。


 三蔵ははっとした。

 

 ――僕は、安仁が不幸だと決めつけている。

 それはとても失礼な行為だ。

 そして、この子は僕を罪悪感から救おうとしてくれている。なんて優しい妹だろう。助けることができて、本当に良かった。三蔵の目頭が熱くなった。


 ふと、昔の孫悟空の言葉を思い出した


《お前が悲しいと、俺が悲しいんだ》


 僕は本当に馬鹿だ。僕はこの子を悲しませていたんだ。


「いいえ、僕が間違っていました。安仁は里の皆さんに愛されて幸せ者ですね」


「えへへ…まあ、そうじゃの」


 安仁は少女らしく笑った。 


「僕も、こんなに元気でかわいい妹がいて幸せです。安仁…大好きです」


 三蔵は安仁の手を取り、その目を真っ直ぐに見つめた。


「あ、姉上…」


 三蔵の直球ストレートな好意に、安仁はたじろぎ、思わず赤面した。


 ――他者に愛される力か…


 そういえば、孫悟空は三蔵に夢中のようだし、猪八戒、沙悟浄も三蔵を大切にしている様子。

 

 安仁は三蔵の素養について、改めて腑に落ちた気がした。


「ううむ、姉上は生粋の人たらしなのかもしれんのう。」


「ええ!?」


 夕方、二人が屋敷に帰ると、心配した猪八戒が安仁を待ち構えていた。


「安仁様!一体どちらに行かれていたのですか!」


 激怒の説教が始まった。


「突然姿を消されて、どれほど心配したか!長としての自覚をお持ちください!」


「す、すまぬ八戒…」


 安仁は小さくなって謝った。

 三蔵は、いつもの優しい八戒先生との違いに驚いた。安仁への愛情が深いからこその叱責なのだろう。


 孫悟空も安仁の変わりように驚いていたが、幼なじみの沙悟浄はこの光景の既視感に微笑みを浮かべていた。


「まあ、久しぶりに昔の安仁に戻ったってことだな」


「安仁は昔からやんちゃだったのですか?」


「それはもう。八戒の勉強をサボって、俺と一緒にいたずらばかりしていた」


 沙悟浄は懐かしそうに語る。


「八戒先生にはお気の毒でしたが、とても楽しそうですね」


 三蔵は微笑みながら、安仁の多面性を知ることができて嬉しかった。


 その夜、安仁は久しぶりに心から笑っていた。病気と責任の重圧から解放されて、本来の自分を取り戻していた。


「姉上と過ごせて、本当に楽しかったのじゃ」


「僕もです。安仁の本当の姿を見ることができて」


 窓の外では、安仁が作った虹の名残が夜空に薄っすらと残っていた。


 双子の姉妹が、ようやく普通の姉妹として過ごすことができた、貴重な一日だった。

ヤングケアラーは、大好きな家族のために、一生懸命頑張っています。一方的に「かわいそう」な存在としてとらえるのは、かえって傷つけてしまうこともあります。

家庭の事情は簡単には変わりませんが、安仁は久しぶりに「子供の時間」を過ごすことができました。

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