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双子の再会

 安仁アンジンからの手紙を受け取った猪八戒と沙悟浄は、即座に確信した。


 年齢、容姿、性別を隠している状況、全てが一致していた。


「間違いありません」


 猪八戒が興奮気味に言った。


「三蔵様が安仁様のお姉様です」


 沙悟浄も頷く。


 しかし、二人は事情を伏せたまま、三蔵に鬼の里へ来てもらうことにした。安仁の病状や里の事情を急に話すことは、三蔵にとって大きな衝撃となるだろう。段階的に明かすべきだと判断したのだ。


「我々の故郷の隠れ里に立ち寄る必要があるのです」


 猪八戒が丁寧に説明した。


「重要な用事がありまして...」


「分かりました。お二人にはお世話になっていますから」


 三蔵は快く承諾した。

 孫悟空も同意し、一行は鬼の里へと向かった。


 里に到着した三蔵と孫悟空は、「隠れ里」のイメージとのギャップに驚いた。


 外界と隔離されているにも関わらず、里は大変な活気にあふれていた。


 多様な妖怪の移民が暮らし、品揃えのよい店が立ち並ぶ。


 学校、病院などの立派な公共施設が整備されている。


 貿易ルートも確立されており、一つの自治都市のような発展ぶりだった。


 さらに目を引くのは、見たこともない数々の「からくり」である。様々な仕事や生活が自動化しており、老人や体の悪い者も不自由なく生活しているようだ。


「里…というより、未来の大都ですね」


 三蔵が感心して言った。


「ああ、こりゃあすごい」


 孫悟空も感嘆していた。


「俺も驚いた。ここまで改革が進んでいるとは」


「すばらしい‥これが安仁様の治世ですか…」


 沙悟浄と猪八戒も目を見張った。

 四年前に二人が出発した時から、里は大きな変貌を遂げていた。


 猪八戒と沙悟浄の案内で、一行は里の中央にある立派な屋敷へと向かった。


 執務室の扉が開くと、そこに座っていたのは…三蔵に瓜二つの顔をした、鬼の少女だった。


「こ、これは…」


 三蔵と孫悟空は愕然した。


 容貌はもちろんだが、安仁の極端な衰弱ぶりにも驚いた。


 透き通るような白い肌、枯れ木のように痩せ細った体、額に生えた一本の角。

 安仁は、まるで亡霊のように不吉な美しさをたたえていた。健康的に日焼けした三蔵とは対照的である。


 安仁は頻繁に激しく咳き込み、白いハンカチに血が滲む。

 座っているのも辛そうな反面、眼光は一層鋭く、追い詰められた獣を連想させる。


 猪八戒と沙悟浄も、安仁の予想以上の様態の悪化に衝撃を受けた。


 明らかに死相が出ている。


 昔のいたずら好きな安仁の面影は、もうどこにも残っていなかった。


「安仁...」


 沙悟浄の声が震えていた。


「安仁様、なんということに...」


 猪八戒の目に涙が浮かんでいた。

 二人の心は、大切に育ててきた少女の変わり果てた姿に深く痛んだ。


 安仁はゆっくりと三蔵を見上げて、今にも消え入りそうな、か細い声で話し始めた。


「なるほど…まるで…鏡を見ているようじゃ…」

 

 安仁は三蔵を感慨深そうに見つめた。


「お初にお目にかかります。儂が…この里の長…安仁と申します」


 話すことすら体力を大きく消耗させるようだ。弱々しく、時々咳で途切れる口調は老人のようであったが、その声質は三蔵とそっくりであった。


「そして...姉上で…いらっしゃいますね」


「姉上?」


 安仁は、三蔵が自分の双子の姉であり、角がなかったために忌み子として捨てられ、人間社会に委ねられていたことを告げた。


「あなたが妹で、僕も、鬼…」


 三蔵は息を飲んだ。にわかには信じがたい事実であったが、確かに寺に拾われた時期を考えると辻褄が合う。


 何より、三蔵の生き写しのような安仁の姿には、納得せざるを得ない。


 孫悟空は激しく動揺する三蔵を心配そうに見守る。


「儂ら…純血の鬼族は皆…病に冒されておってのう…その解決には…ある祠の宝石が必要…祠に入るには…姉上の協力がなければ…」


 安仁は浅い呼吸で、休み休み続けた。


 三蔵には、捨てられた恨みがないわけではなかった。

 しかし、目の前の少女のあまりに悲壮な姿に、すぐさま協力を申し出ようとした。


 その瞬間、


「勝手なことを言うな!三蔵を捨てておいて、今さら都合よく頼むだって?」


 孫悟空が激怒した。


「悟空…」


 三蔵ははっとした。そうか、僕は怒っているんだ。悟空は僕の代わりに怒ってくれているんだ。


 安仁は孫悟空の怒りを静かに受け止めた。


「悟空殿のお怒りは…ごもっともじゃ。それでは…ご協力の対価として…儂の命を差し上げてもよい。」


「安仁様!」


 猪八戒が真っ青になる。


「宝石がなければ…儂らはどのみち死にゆく身。里のためなら…何でもいたしましょう。純血の…鬼の遺体は高値で売れますぞ…その金子で…」


 一同は愕然とした。この少女は、自らの命を商品のように扱っている。

 安仁の切実さと覚悟に、皆言葉を失った。 


 しかし、猪八戒はたまりかねて口を開いた


「何という事をおっしゃるのです!

 聞いてください、三蔵様!これはそもそも人間が...」


「黙れ八戒…!」


 安仁は目を怒らせ、威厳を持って厳しく制した。


「…姉上達には関係のないこと。儂は…取り引きができれば、それでよい」


 三蔵は安仁の言葉の響きに違和感を抱いた。彼女が何か重要な事実を故意に隠しているのではないかと察した。


「分かりました。協力しましょう。」


「三蔵、いいのか?」


 孫悟空が三蔵の様子をうかがう。三蔵は孫悟空に力強く頷いた。


「ただし、交換条件です。僕が望むのはあなたの命ではなく、八戒先生の説明を包み隠さず聞かせていただくことです」


『複数の情報源を確認する』

 昔、孫悟空が教えてくれたことだ。


 安仁は三蔵の鋭さに目を見張った。

 しばらく無言で考え込んだが、ごまかしはきかないと観念して小さく息を吐いた。


「...八戒、説明してさしあげるのじゃ」


 猪八戒は深く頷いた。


「三蔵様、悟空殿、事情をご説明いたします」


 猪八戒は重々しく口を開いた。


「まず…ここは鬼の里でございます」


 三蔵は首をかしげた。


「でも、外は鬼以外の妖怪ばかりでしたが...」


 猪八戒の話により、三蔵は人間による鬼族への迫害の歴史を知ることになった。

 鬼の角は妙薬として重宝され、そのため乱獲が行われてきた。

 忌み子を捨てる習慣も、人間が鬼の暮らしを脅かし始めた頃から始まったのだ。


 さらに、近年の人間による自然破壊で純血の鬼が滅亡を迎えていること、安仁が幼い頃から里を守るために長として命を削りながら、たった一人で行政と奮闘してきたこと…。


 三蔵は微動だにせず、じっと話に聞き入り、自分と安仁の人生を重ねていた。


 孫悟空と出会って以来、自分が人間社会の中でいかに自由で幸福な人生を歩んでいたか、同じ頃、里から一歩も出ることが許されなかった安仁が、どれほど苦しい境遇にあったか。


 ーー自分の幸せが、この子…妹の犠牲の上に成り立っていたなんて。


 何も知らずに捨てられたことを恨むなど、なんと身勝手だったのだろう。


 三蔵は深い罪悪感に苛まれた。


 以前町で見た鬼のミイラと鬼の子の見せ物が脳裏によぎる。


 何も知らず人間として生きてきたことが恥ずかしく、申し訳なかった。


 謝って許されることではない。


 しかし、震える肩とあふれる涙を止められなかった。


「ご、ごめんなさい…僕は…」


「三蔵、お前が謝ることはない」


 孫悟空が慰める。


 安仁は傷つく三蔵を見て心を痛めた。


「姉上に…人間との関係をお話しするのは…気が引けてのう」


 安仁の素直な思いだった。


「鬼は強い力をもつ…人間には恐ろしい存在であろう…しかし、強さとは様々…人間の持つ文明の力には、虎とて敵わぬ…鬼が淘汰されるのは自然の摂理…人間を恨みなどせぬ…ただ、残った純血の鬼の最期を穏やかなものにしたい…それが儂の願いなのじゃ。」


「悪いのは時勢…儂は…自分を不幸だとは思っておりませぬ…それどころか…姉上が純血の鬼の体質を引き継いでいないことは誠に幸運じゃった…」


 安仁は死が目前に迫っているのにもかかわらず、三蔵を癒やそうとしているのだった。


 孫悟空は、安仁に三蔵と同種の優しさを感じ、複雑な顔をした。


 三蔵は誰も自分を責めないことに、かえって心を痛めた。


 三蔵は自分はやはり人間側の立場だと意識している。

 皮肉なことに、人間が鬼の世界から距離を取っていれば、三蔵が捨てられることもなかったのだ。


 月明かりが執務室を照らしていた。運命に翻弄された双子の姉妹が、ついに再会を果たした夜だった。

安仁は、こんな状態になっても里の内情を話そうとしません。こうしたことはヤングケアラーの早期発見を遅らせます。しかし、三蔵は教育で培った洞察力で真実を知るところとなりました。

ちなみに、鬼の里のモデルはトヨタのウーブンシティという実証実験都市です。

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