安仁 16歳
十六歳となった安仁は、執務室で古い記録を読み返していた。沙悟浄と猪八戒からの定期連絡は続いており、その情報を里の政治に生かしていた。
安仁の体調は悪化の一途をたどっていた。かつての活発さは影を潜め、肌は幽霊のように青白くなっていた。
「長、お体の具合はいかがですか?」
召使いが心配そうに尋ねる。
安仁は杖をつきながら立ち上がった。
「問題ない。それより、母上の記録の整理が終わったのじゃ」
安仁は震える手で巻物を広げた。母が残した詳細な記録。そこには、安仁がこれまで知らなかった真実が記されていた。
「双子...」
記録には確かに書かれていた。安仁には双子の姉がいたのだ。忌み子として人間の世界に送られた、月人という名の姉が。
「姉上...」
安仁の瞳に、初めて見る希望の光が宿った。一人だと思っていた自分に、血を分けた姉がいる。それだけで、心が軽やかになった。
また、多くの古文書を読み進めるうちに、もう一つの重要な発見があった。
「祠...太古の自然エネルギーを濃縮した宝石...」
古文書によると、鬼族のエネルギー源となる特別な宝石が、遠い山の祠に眠っているという。これがあれば、病の改善に繋がる可能性があった。
しかし、問題があった。
「鬼の長の力で祠が開く...」
古文書にはそう記されていたが、安仁一人では力が足りないようだった。双子である自分は、姉と力を二分している状態。祠の封印を解くには不十分だった。
「姉上の協力が必要...ということか」
安仁は頻繁に咳き込みながらも、興味深そうに記録を眺めた。自分一人では成し遂げられないことも、姉と力を合わせれば可能になるかもしれない。
それ以上に、安仁は姉という存在に励まされていた。
「儂には...姉上がいるのじゃな」
一人で里の重責を背負い続けてきた安仁にとって、血の繋がった家族の存在は何物にも代え難い希望だった。
翌日、安仁は沙悟浄と猪八戒に手紙を送った。
『二人とも、息災にしておるか。
重要な発見があった。生き別れになった儂の姉の存在について、そして里を救う可能性のある宝石について。
詳しくは帰還時に話すが、もし旅の途中で儂と似た容姿の女性に出会ったら、必ず知らせてほしい。
姉上の名は月人。忌み子として寺に捨てられたため、男として育てられている可能性もある。』
手紙を書き終えると、安仁は窓辺に立った。遠い空の向こうで、姉はどのような人生を歩んでいるのだろうか。
「姉上...儂はずっと一人だと思っておりました。しかし、二人で生まれてきたということは、きっと意味があるのでしょうな」
安仁の声は弱々しかったが、その瞳には確かな希望が宿っていた。
古文書をもう一度確認する。
「双子の鬼の長が力を合わせることで、封印された祠が開かれる...」
宝石があれば、残された純血の鬼たちの命を延ばすことができる。完全に病を治すことはできなくても、穏やかな最期を迎えさせてやることはできるだろう。
そして何より、安仁は姉に会いたかった。一人で背負い続けてきた責任を、少しでも分かち合える人がいるということの意味は大きかった。
「姉上...どうか、お元気で...」
夜風が安仁の黒い長髪を揺らした。まるで遠く離れた姉からの便りのように。
安仁は知らなかった。その頃、姉である三蔵が猪八戒と沙悟浄と共に旅をしていることを。そして、運命の再会が近づいていることを。
月明かりの下で、安仁は静かに祈り続けた。姉との再会と、里の安泰を願いながら。
安仁は誰が見ても疲れきっていて、今にも倒れてしまいそうです。それでも純血の鬼(家族)のために、命を削るように働き続けます。