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三蔵の恋

 旅を続ける一行の前に、奇妙な妖怪が現れた。

 三人は、三蔵を守ろうと身構える。


「妖怪が坊主を守っているとは面白い。

 おまえ達にいいものを聞かせてやろう!」


 妖怪は不気味に笑いながら、特殊な妖術を放った。人間の心の声を周囲に漏らしてしまう術である。


「この術で仲間同士を争わせ、最後は美しい高僧の肉を頂くのだ!」


 妖怪の狙いは三蔵の肉だった。美しい高僧の肉は最高のごちそうなのだ。


 敵妖怪は、人間である三蔵が猪八戒、沙悟浄、孫悟空を憎んでいると思い込んでいた。仲間割れを狙っての攻撃だった。

 しかし、術にかかった三蔵の心からは、予想とは全く違う声が漏れ出してきた。


『八戒先生はいつも優しく丁寧に教えてくださって、本当にありがたいです。僕も先生のような、素敵な大人になりたいです』


『悟浄先生の説明はとても分かりやすくて、勉強が楽しいです。早く次のお話を聞きたくて、待ちきれません』


『悟空は僕を本当に大切にしてくれて...本当のお父様のように慕っております。悟空がいなかったら、僕はここまで来られませんでした。いつか恩返しがしたいです』


「え、これ…僕の心の声?!」


三蔵は驚いている。


 三蔵の心は、猪八戒と沙悟浄への尊敬と感謝、孫悟空への愛でいっぱいだった。純真無垢な三蔵には、仲間への悪意などかけらもないのである。


 それを聞いた三人は、思わず顔が緩んでしまう。


「三蔵...」


 孫悟空が嬉しそうにつぶやく。


「私たちのことをそんなふうに...」


 猪八戒も感動していた。


「可愛い奴だな」


 沙悟浄も微笑んでいる。


 三人の三蔵への好意は、ますます深まっていった。


「馬鹿な!なぜ憎しみが聞こえてこない!」


 焦った敵妖怪は、さらに妖術の出力を上げた。すると、三蔵の心の奥深くに隠された本音まで暴かれてしまう。


『悟空が好きです…お父様としてだけじゃなくて』


『悟空のお嫁さんになって、生涯をともに過ごしたいです』


『この旅が終わらなければいいのに。悟空のそばで、ずっと一緒にいたいです』


 なんと、三蔵の隠された恋心が、皆に知られてしまった。あまりに純粋でかわいらしい願望に、猪八戒と沙悟浄は思わず目尻を下げた。


 それを聞いた孫悟空は、胸が締め付けられるような強い喜びを感じた。心が躍るような幸福感に包まれる。


 しかし、喜びと同時に、強い恐怖が心を支配した。


 三蔵はこんなにも純粋に自分を愛してくれている。過去を知らない、今の自分だけを見て愛してくれている。


 もし三蔵が真実を知ったら...


 花果山で繰り広げた血なまぐさい宴。力で屈服させた数多の妖怪たち。美しい女妖怪を侍らせ、飽きれば捨てた過去。天界で暴れ回り、無数の天兵を傷つけた記憶。


 そんな自分の本当の姿を知ったら、三蔵は恐怖で震え上がるだろう。もう二度と、あの純粋な瞳で自分を見てくれなくなるかもしれない。


『お父様のように慕っております』

 三蔵の想いが、今となっては孫悟空を苦しめた。父親などではない。自分は血にまみれた犯罪者だ。


 一方、三蔵は真っ赤になってパニック状態だった。


「ち、違います!僕は...僕は...」


 恥ずかしさのあまり、三蔵は泣きながら逃げ出してしまった。


「三蔵!」


 慌てて孫悟空が追いかける。


 沙悟浄と猪八戒は、ほっこりとした気持ちになりながらも、三蔵を傷つけた敵妖怪に対して怒りの眼差しを向けた。


「三蔵様の恋心を弄ぶとは」


「許せんな」


 二人は敵妖怪を徹底的に打ちのめした。


 その頃、孫悟空は三蔵を追いかけて森の奥で見つけていた。


「悟空...聞きましたね」


 三蔵は木陰に隠れて泣いていた。


「ああ、聞いた」


 孫悟空は正直に答えた。


「でも、俺も同じ気持ちだ」


「え...?」


 三蔵が驚いて顔を上げる。


「俺も、お前ともっと一緒にいたい。お前が俺を想ってくれていることが、こんなに嬉しいなんて思わなかった」


 孫悟空は三蔵を優しく抱きしめた。


 しかし、心の奥底では恐怖が渦巻いていた。この幸せはいつまで続くのだろうか。いつか三蔵が真実を知る日が来るのではないか。


「でも、俺は...」


 孫悟空の声に苦悩が混じった。言いかけて、やめた。今はまだ、真実を告げる時ではない。


「何でもない」


 孫悟空は三蔵をより強く抱きしめた。この温かさを失いたくない。この純粋な愛を手放したくない。


「何も言わなくていい。今はこれだけで十分だ」


 三蔵の頬に涙が流れていたが、それは恥ずかしさからではなく、嬉しさからの涙だった。


 しかし、孫悟空の心には暗い影が残り続けた。いつか来るであろう、その日への恐怖が。


 三蔵の純粋さが愛おしければ愛おしいほど、自分の汚れた過去が重くのしかかってくる。


 この愛は、真実を知られた時に終わってしまうのだろうか。


 孫悟空は三蔵を抱きしめながら、そんな不安に震えていた。


 その夜、猪八戒は一人で月を見上げていた。健康的に育ち、年相応に恋をする三蔵の姿を見て、安仁と重ね合わせてしまう。


 安仁の現状を思うと、心が締めつけられた。同じ年頃の少女が、病と責任に苦しんでいる。それに比べて、三蔵はなんて自由で幸せなのだろう。


「どうした?」


 沙悟浄が隣に座った。猪八戒の複雑な心境に気づいていた。


「安仁様のことを考えていました」


「...そうだな。三蔵を見ていると、あの子を思い出してしまう」


「もし安仁様も、三蔵様のように自由に恋ができたら...」


 猪八戒の声は沈んでいた。


「大丈夫だ。俺たちが必ず里を救う。そして、安仁にも幸せになってもらう」


 沙悟浄の力強い言葉に、猪八戒は少し元気を取り戻した。


 遠い里で、安仁は今頃何を思っているのだろうか。


 月が子ども達を優しく照らしていた。

ご都合妖怪のお陰で、三蔵の恋心が明るみになってしまいました。

そして孫悟空は、いよいよ自分の過去と向き合わねばなりません。愛するもの、守るべきものを手に入れたとき、はじめて深い反省が生まれます。

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