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斉天大聖 孫悟空

世界が始まって以来、東勝神洲の傲来国に、一つの石があった。


天地の精気を吸い、日月の光を浴び、何万年もの時を経て――ある日、その石は割れた。


中から現れたのは、一匹の猿。


石猿は、目を開けた。


周りには、誰もいない。


石猿は、一人で山を駆け回った。


誰の世話にもならず、誰にも頼らず、ただ自分の力だけを頼りに生きた。


石猿は、山で暮らす猿たちの群れに加わった。


別に仲間が欲しかったわけではない。ただ、面白そうだったから。


猿たちは歓喜し、石猿を王として崇めた。


「美猴王万歳!」


孫悟空と名乗るようになった猿は、傲慢に笑った。


王として君臨し、誰からも敬われた。


孫悟空は、力を求めた。

もっと強くなりたかった。誰にも負けたくなかった。


菩提祖師のもとで、孫悟空は様々な妖術を学んだ。


七十二変化。筋斗雲。不老不死の術。


力を得るたび、孫悟空は高笑いした。


師匠が諌めても、聞く耳を持たなかったため、破門された。


孫悟空は、花果山に戻った。


竜宮から如意棒を奪い、閻魔大王の生死簿から自分の名を消し、天界の蟠桃を盗み食いした。


「俺は斉天大聖だ!天と等しき大聖だ!誰も俺を縛れねえ!」


規則?知るか。


権威?笑わせるな。


俺は俺のやりたいようにやる。


それだけだ。


だが――胸の奥に、何か引っかかるものがあった。


何をしても、満たされない。


「酒だ!もっと持って来い!」


部下の妖怪たちが、次々と酒を運んでくる。孫悟空は飲み続けた。


様々な妖怪の女たちが集められた。孫悟空は彼女たちと夜を過ごした。


だが、翌朝目覚めれば――また、あの妙な虚しさが這い上がってくる。


孫悟空は、近隣の妖怪たちと戦った。

勝利しても、勝利しても――何も変わらない。


孫悟空は、苛立った。


俺は強い。何も欠けていない。


そう自分に言い聞かせた。


孫悟空の周りには、常に誰かがいた。


「大王様、素晴らしいお力で!」


「さすがは斉天大聖様!」


恐れられ、崇められ、支配する――それが王だ。


失敗した部下の妖怪は、容赦なく殴りつけた。


妖怪は震えながら許しを乞う。


「申し訳ございません、大王様!」


広い宮殿。豪華な調度品。山のような宝物。


孫悟空は盛大な宴を開いた。


酒が流れ、音楽が鳴り響き、女妖怪たちが踊る。


誰もが笑顔を向ける。


だが――その笑顔の裏に、恐怖が見える。


女妖怪が近づいてくる。


「大王様、お傍に……」


「あっちへ行け」


孫悟空は、乱暴に追い払った。


何もかもが、つまらない。


酒も、女も、音楽も――すべてが空虚だ。


孫悟空は、立ち上がった。


宴を放り出し、外へ出た。


「天界にでも行くか」


孫悟空は、不敵に笑った。


もっと強い奴と戦いたい。


もっと刺激が欲しい。


「俺を仲間に入れろ!」


最初は、そう要求した。


だが、与えられたのは馬の世話係の地位だった。


孫悟空は激怒した。


侮辱以外の何物でもない。


「ふざけるな!」


孫悟空は、天界を破壊し始めた。


天兵天将が立ちはだかる。

次々と打ち倒し、宮殿を破壊し、宝物を奪った。


「俺は斉天大聖だ!誰も俺を見下すな!」


孫悟空は、叫んだ。


怒りが、全身を支配していた。


孫悟空は、ひたすら暴れ続けた。


蟠桃園を荒らし、仙桃を食い尽くした。


太上老君の煉丹炉を壊し、不死の丸薬を奪った。


玉皇大帝の宮殿に押し入り、王座に座った。


「ここが、俺の場所だ!文句あるか!」


孫悟空は、如意棒を振るった。


無差別に、周囲を破壊する。


壊して、壊して、壊し尽くせば――この感覚も消えるはずだ。


そんな時、穏やかな声が響いた。


「孫悟空」


振り向くと、そこに釈迦如来がいた。


「何の用だ」


孫悟空は、敵意むき出しで睨んだ。


釈迦如来は、穏やかに微笑んでいる。


「お前は、何を求めているのだ」


「はっ!強さだ!自由だ!誰にも縛られねえ生き方だ!」


孫悟空は、即座に答えた。


「それが、本当にお前の求めているものか?」


「当たり前だろうが!」


孫悟空は、苛立った。


なぜ、俺を哀れむような目で見る。


「お前は、孤独なのだな」


「は?何言ってやがる」


孫悟空は、嘲笑った。


「俺が孤独?笑わせるな!俺には部下が山ほどいる!女も金も力もある!何も欠けちゃいねえ!」


「そうか」


釈迦如来は、ただ微笑んだ。


その微笑みが――なぜか、孫悟空を苛立たせた。


孫悟空は、如意棒を振るった。


違う。そんなんじゃない。


認めたくない。


認めてしまえば――自分が何もかも間違っていたことになる。


「うるせえ!俺は満足してる!何も欠けてねえ!」


孫悟空は、叫んだ。


だが、その声は――どこか、空虚だった。


「孫悟空、お前を五行山に封じよう」


「ふざけるな!誰が封じられてやるか!」


孫悟空は、釈迦如来に飛びかかった。


だが――体が、動かなかった。


「くそっ!」


「お前は、500年後に解放される」


孫悟空は、抵抗し続けた。


「そして、お前は最も弱き者に支配されることになる」


「はっ!俺が弱い奴に支配される?笑わせるな!」


釈迦如来は、孫悟空の頭上に手を翳した。


巨大な岩山が、孫悟空の上に降りてくる。


岩が、孫悟空を押し潰す。


全身を締め付ける重圧。身動きが取れない。


「ふざけんな!出せ!今すぐ出せ!」


孫悟空は、叫び続けた。


怒りが、全身を駆け巡る。


認めない。


絶対に認めない。


俺は孤独じゃない。


俺は何も欠けていない。


500年後――必ず、見返してやる。


そして証明してやる。


俺は、誰にも支配されない。


俺は、何も必要としていない。


俺は――。


釈迦如来への怒り?


天界への怒り?


自分自身への、言葉にできない苛立ち。


「俺は間違っちゃいない」


何度も、自分に言い聞かせた。


力を求めて何が悪い。


欲望のままに生きて何が悪い。


誰にも縛られず、自由に生きて何が悪い。


だが――胸の奥で、あの感覚が消えない。


ずっと、ずっと、疼いている。


それが何なのか。


なぜ、何をしても満たされなかった。


「500年か……」


長い時間だ。


この暗闇の中で、一人きりで。


だが、心の奥底では――。


何かを、待っていた。


何かを、求めていた。


それが何なのか、本人も気づかないまま。


斉天大聖孫悟空の、長い長い孤独の時間が始まった。

最初の登場人物は、お馴染み「孫悟空」です。彼は、少年院あがりの非行少年のイメージです。彼の更正プログラムが、このお話の本筋の一つです。

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