真面目が治らない。
ご覧いただきありがとうございます。檸檬氷菓です。四作目です。真面目をやめられない、いい子のお話です。
僕は真面目なのかもしれない。だから治そうと思うんだ。治さないといけない。
「谷中くんは真面目すぎるよ。」
もうあんなこと言われたくない。
「おい!姫野、化粧をしているだろう!」
「えーしてないよ。アタシが可愛すぎるだけですー。」
「お前なあ、明らかにしているだろう!それにスカートも折っているな!」
「えー良いじゃん、ちょっとぐらい。こっちの方が可愛くなーい?」
「昼までに直しておかないと生徒指導だからな!反省文だ!」
「はーい直しておきまーす。」
クラスの支配者である姫野さんは席に戻る。世の中不真面目な人が多いように感じるが僕が生真面目なだけなのかもしれない。彼女はきっとクラスでいちばん不真面目だ。だからといって損をしている様子はない。担任の先生も彼女を甘やかすから。
「ねえまた言われたんだけどー!宮男細かすぎじゃない?あんなんだから結婚できないんだよ。」
「おつー、ていうか真由香もいい加減やめたら?」
「えーやだよ。好きピに可愛いって思われたいしー。」
「じゃあ大人しく怒られとけ。」
姫野さんは不満気に口を尖らせる。自業自得なのでどうでもいい。隣の席なのでいつも彼女たちの聞こえてくる。宮山先生は生真面目でつまらない僕なんかより不真面目でも明るくて面白い彼女が好きなのだ。宮山先生だけではない。先生方は大体そうだろう。
「ねえ谷中、宿題写させてくれない?やるの忘れちゃってさー。ほら、数学の。マジお願い!俺ら友達じゃん?」
こんなとき写させてあげられれば、どれほど楽になるだろうか。彼と友達にもなれたのかもしれない。
「ごめん、ちゃんと自分でやって。」
「なんだよ、真面目かよ。」
クラスメイトは舌打ちをして仲間の元へと歩いていった。真面目な僕とは誰も仲良くしたがらない。でも別に誰かと仲良くなりたいだなんて思っていない。
「ねえ谷中!昨日の数学わかんなかったから教えてくんない?家でやってみてもできなくてさー。」
「いいよ。ちゃんと家でもやったんだ、偉いね。」
「だって好きピが頭良すぎるんだもーん。だから私も頑張ろうって!あいつ馬鹿とは付き合ってくれなさそうだし、次テストで良い点とって告るつもり!」
結局は、恋愛か。姫野さんのことだからそんな気もした。でもどんな理由だとしても頑張ろうとしている人を僕は応援したい。
「いいよ、応援してる。頑張ろう。それでどこがわからないの?」
「ここの公式の使い方がよくわかんないんだよねー。証明は一応わかんだけど。」
彼女は不真面目だ。けど頑張ろうとしている。僕ももっと頑張らなければ。真面目でつまらない僕は勉強もできなかったらどうしようもないから。
寝る前に予習をしているといつも泣きそうになる。勉強する意味なんてないと考えてしまう。僕には楽しいことが何もない。勉強ばかりしていて趣味もないし友達もいない。勉強を頑張って良い大学に行く。そうすれば僕は不真面目にならないで済む。でも本当は不真面目な人にずっと憧れていた。クラスのみんなみたいに好きなことがあれば人生は楽しかったのかもしれない。楽しいという感覚すらも僕には上手く想像できない。前は楽しいこともあったと思うけど。僕は真面目だから完璧に予習していって、みんなにも教えるんだ。つまらない僕だけど役に立てるように。
「姫野ー!またスカート折っているな!昨日直させただろう!なぜまた折る!」
「こっちのが可愛いじゃーん。次のテスト良い点とるから許してー。」
「関係ない!まあテストは頑張れよ。」
「はーい、ばいばーい。」
「おい、待て!」
姫野さんは女子トイレへと駆け込んでいく。これでは先生も追いかけるられない。
「あいつ…!」
宮山先生は悔しそうにしているが楽しそうに見えて腹が立った。ですぐに反省した。僕は真面目だから先生に反抗なんてしない。
「あ、おはようございます。」
「谷中おはよう。なあ姫野のこと、どうすればいいと思う?」
「どうも何も、彼女は何を言われてもやめない気がします。」
「だよなー。たく、もう。」
先生は彼女のことを気に入っている。本当は真面目でいることより自分はやりたいこと、楽しいと思えることをするのが正しいのかもしれない。だとしたら僕は正しくなれない。
「谷中!マジありがとう!今回のテストめっちゃ良かった!てことで好きピに告白しまーす!」
「良かったね、告白も上手くいくといいね。」
「もちろん、絶対成功されてくるから!今日なんか私ビジュ良いし!」
確かに今日の姫野さんはいつも以上に輝いて見える。きっと努力を実らせたからだ。
「喜んでいる姿は確かに素敵だと思うよ。」
姫野さんは珍しく黙り込む。この褒め方は気持ち悪かっただろうか。
「谷中ってさ、いつも何考えてんの?」
「何って?」
「なんかさ、いや何て言うんだろ。あんた、いつも我慢してるように見えるから。」
我慢。真面目でいるために必要なことだ。
「ほら谷中って真面目だし友達いないじゃん?まあ勉強頑張ってるのは偉いなって思うけど勉強好きそうには見えないし。」
好きではない。でもやるべきことだからやっている。
「私も好きな人に告白してくるから、谷中も誰かに本音話してみたら?大丈夫!嫌なこと言われたら慰めてやるし。その代わり私が振られたら慰めてよね?」
姫野さんの笑顔がずっとずっと眩しくて、好きなことにまっすぐな彼女が羨ましかった。そんなことを考えていたら夢が終わった。
二つ目の夢が始まる。
「ねえ谷中くん、疲れていない?」
「え、どうしてですか?そんなことないと思いますけど。」
「先生、谷中くんのこと結構好きなんだ。真面目だしいつも一生懸命だよね、たまに授業中寝ているけれど。だけど本当は勉強がやりたいわけじゃないでしょう?そんなふうに見えるの。」
「え、いやでも勉強は頑張らないと、」
「谷中くんは真面目すぎるよ。」
今でも時々夢に見る、中学生のときのこと。あのとき真面目を治そうと思った。治さないといけないと思った。でもわからなかった。真面目を治すにしろ勉強はしないといけないし、校則違反は駄目だから。
「谷中?どしたのぼーっとして。」
どうやら、どちらも夢ではなかったようだ。現実でどうにかしないと。どうにか真面目を治そう。
「いや、何でもない。告白頑張って。」
「何その言い方。もしかして私のこと好きだったとか?」
「違うよ。」
「なーんだ、まあ良かった。私、谷中のこと好きじゃないし。」
姫野さんはいつも正直だ。素直に思ったことを言えて、そのせいで衝突が多いけれど全然気にしていない様子で楽しそうで。
「谷中って胡散臭いじゃん。たまには本音で話してみたら?頭良いし勉強できるのは凄いと思うけど。」
「本音も何もないけど。」
「良い子ぶってるあんたの本性を見たいの!あんたも私のこと嫌いなんじゃないの?」
もし気を遣わず本音で話せたらそれは真面目ではないように思える。元々好かれていないのだから嫌われるなんて気にしないで良い。
「嫌いではない、けど苦手。」
「へえー、私は谷中のこと大っ嫌いだけどね!」
「そうなんだ。」
「もっと私に思ってること言いなよ。せっかくこっちが嫌いだって告白してんだから。」
「告白ってそういう?」
「好きピには後でするから!谷中が何も言わないなら私があんたの嫌いなとこ言ってくよ!」
明らかに理不尽だ。でもなぜだか少しドキドキしている。
「いつも校則違反しているところと先生にタメ口で話かけているところ、不真面目だなって思う。」
「だって可愛くいたいんだもん。それに宮男がうるさいからだしー。谷中は先生信者だもんねー。」
「馬鹿にすんじゃねえ。先生なんて大嫌いだ。この世の全ての先生がな。」
本当はずっと腹立たしかった。勉強しろだの校則守れだの言うくせに言うことを聞く良い子より不真面目でも明るくて面白い子が好きだなんておかしいに決まっている。良い子でいろと言うくせに良い子を褒めないなんてふざけるな。不真面目なやつがちょっと良いことしたら馬鹿みたいに褒めるくせに。まあ褒められるために良い子でいるわけじゃないけど。
「こんなに真面目で良い子なんだからもっと褒めろよ、こんな不真面目なやつのこと気に入ってんじゃなねえ。不真面目なやつがちょっと言うこと聞いたからって褒めまくるな、こっちはいつもやってんだよ。」
「口悪!ウケるんだけど!」
「うるせえ。お前も大して良い点じゃないのに調子乗るな。良い点とっても喜べない俺が惨めじゃねーか。」
「谷中、あんた意外と面白いじゃん。これからは仲良くしよーよ。」
「誰がするか!こっちは勉強で必死なんだよ。というかお前のその断られない自信ある感じの上から目線な頼み方がムカつく。」
「あんた友達いないから仲良くしてやろうと思ったの!もっと人と関われ勉強馬鹿。」
「お前よりは馬鹿じゃねー。それに友達多いやつが偉いとでも思ってんのか?真面目に勉強してるやつのが偉いに決まってんだろ。」
「なんだそれ自惚れんな!勉強中毒!」
姫野真由香とかいう馬鹿とクラスメイトがほとんどいる教室で悪口を言い合う。周りのやつらは変な目で見ているが、俺たちは構わずに笑う。悪口を言い合う。そんな想像をしながら勉強をする。
不真面目な本音はずっと誰にも言えないのかもしれない。それでも不真面目なことを考えながら真面目なフリをするのがなんだか不思議な感じなのだ。よくわからない、まだ知らない感情だ。周りのやつらを心の中で馬鹿にしたり教師に心の中で反抗したり。心の中で悪いことをする。不真面目な悪い子になる。ただの妄想で現実は何も変わってはいない。でも別に変わらなくて良いと今は思っている。現実では明日テストが返ってくる。
真面目でいることが苦しくて、でもやめられない。ならせめて心の中では不真面目になってみよう。そんな話でした。どうか真面目ないい子が心の中まで矯正されませんように。