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その祈りは獣に捧ぐ  作者: 日諸 畔
第1章『発端』
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第8話《優助》

 ユウスケを体内に抱いた機人は、格納庫となっていた車両に戻り、腰を下ろした。前面の装甲が開き、冷えた空気が中に入り込む。

 ベルトから開放されたユウスケは、身じろぎするのが精一杯だった。


「ユウスケ!」


 自分の名を呼ぶ声も、まるで夢の中のように感じられた。

 疲労感に包まれ全身汗だくの体は、まともに動かない。必死に気を張っていなければ、意識すら保てないような有様だった。

 情報照射装置のおかげで、機人の操作や戦法に戸惑うことは一切なかった。ただし、肉体はそうもいかないようだ。 戦闘行動に伴う衝撃や振動に耐えるため、ユウスケの肉体は酷使し尽くされていた。


「大丈夫? 怪我はない? 辛くない?」

「なんとか」


 理保に応えるために、機内から体を起こすだけでも一苦労だ。

 感情と機人の性能に任せた戦い方は、一言で言えば雑なものであった。自覚はしていたのだが、自身の暴走を止めることができなかった。

 言ってしまえば自業自得である。もっと負担を抑えた戦い方をしなければ、体が保たない。ただし、次があればの話だが。


「よかった」

「ああ、よかった。君を守れて」

「ありがとう。でもね、私はね、ユウスケが無事でよかったんだよ」


 理保が今にも涙を流しそうな笑みを見せる。ユウスケはそれを不思議に感じてしまっていた。

 自分は死ぬのが当然な槍持ちだ。無事を喜ばれたのは、生産されてから初めてのことだった。


「俺が、無事でよかったのか?」

「当然だよ。本当によかった」

「そうか」


 心の暖かくなる、感じたことのない心地よさだった。


「動ける? とりあえずどこかで休んで」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 理保のおかげで、多少は意識が鮮明になってきた。今のうちにやっておかなければならないことを、いくつか思いついた。

 機人に念じて、周囲に人の反応がないか調べる。生存者がいたら救助に向かいたい。

 結果は、この場の二人のみ。探知できた人の名残は、肉や骨の欠片くらいだった。

 ユウスケはため息を押し殺した。槍持ちの仕事は、完全に失敗だ。防人と言う名が聞いて呆れる。


 たぶん、自分は回収後に処分されるだろう。

 それでも、理保の護衛だけは全うしたい。貴重な巫女としてではなく、理保という少女としてだ。

 ユウスケは機人をアイドリング状態で待機させ、周囲の警戒を指示した。人やケモノを含む脅威となり得る存在が接近した際は、警告音を鳴らすようにと設定しておく。

 これで一旦は安心だ。機人から離れ、休むことができる。


「お待たせ、行こうか」

「うん」


 装甲の縁に手をかけ、なんとか立ち上がる。機外に足を踏み出したのはいいが、足の震えが治まらない。思うように歩けず、ふらついてしまう。


「ユウスケ、肩」

「あ、いや」


 ユウスケは、差し伸べたられた理保の手を取るのを躊躇った。ボロボロのTシャツ、血と汗とケモノの体液でべとつく体。

 こんな汚いものは、理保に触れてはいけない。自分のような存在で汚していけないような、どこか神聖な存在だと感じていた。


「何してるの、ほら」

「あ……」


 そんな葛藤に構うことなく、理保はユウスケの腕を自身の肩に回した。淡い色をした巫女の衣装が、部分的に茶黒色へ染まる。

 異性にこれ程近付くのは初めてのことだ。頬をくすぐる髪と甘い体臭に、あらゆる思考が中断された。


 金属で作られた格納庫の床でも、寝転がってしまえば体を休めることができた。理保がどこからか持ってきてくれた、人間用の毛布のおかげでもある。

 槍持ちの宿舎では、コンクリートの床へ直に寝ていた。それが普通だったから、柔らかい毛布は素晴らしかった。

 ユウスケは自分でも気付かない内に、微睡みに飲み込まれていった。


 目が覚めた時には、周りはすっかり暗くなっていた。

 頭の下に柔らかく温かいものがある。心地よさと違和感を覚え、未だもやのかかった思考と視線を巡らせた。


「あ、起きた?」

「ああ……」


 ちょうど真上に、目を細めた理保の顔が見える。体勢から判断すると、おそらくユウスケの頭の下にある柔らかいものは、彼女の太ももだ。

 慌てて身を起こそうとするが、頬に両手を当てられ、動けなくなってしまう。


「待って、もう少しこのままで。私の話を聞いてもらえないかな?」

「ああ」


 全身が熱くなり、まともな返事ができずもどかしい。


「さっきも言ったけど私ね、巫女なのにこんなんだから不良品だったんだ。処分の直前で、あの子に祈りを保存する力があるらしくって、都市の研究施設に売られたの」

「ああ」


 細く滑らかな指が、頬から頭に動く。汗と皮脂で固まった髪を解すように、ゆっくりと撫でられた。


「人間は私に優しかったよ。巫女の見た目だったり、特殊な存在だからだったり、色々な理由があるからなんだけどね。でも、みんないなくなった。たぶんね、あのケモノは私が呼んだんだと思う」


 ユウスケの顔に水滴が落ちた。

 涙で濡れた頬に、傷まみれの手を伸ばす。


「君は悪くない」


 言えたのは、ただの一言。気の利いた言葉など思い付かなかった。


「ありがとう。優しいね」


 それでも、理保は笑顔を作ってくれた。無理をしてでもそれができるなら、まだ良いのだろう。


「ユウスケの名前の意味を決めるって言ったでしょ? 最初は、勇気があって誰かを助ける人って意味で勇助って思ってた。でもね、あなたの寝顔とさっきの言葉で印象が変わっちゃった」


 指が再び頬に移った。理保の瞳は真っ直ぐにユウスケを見つめていた。涙は止まらず流れ続けている。


「優しくって私を助けてくれるから、あなたは優助」

「そうか、優助か」


 自分の名に意味ができたのは、悪い気分ではなかった。その意味も、好ましいものだ。

 このあと処分されるにしても、死んでいった仲間達への自慢話になる。


 その後、理保が探してきた人間用の保存食を食べた。チョコレート味のビスケットと記載があった。

 槍持ち用の食事は、必要最低限の栄養と腹を満たすことだけを考えたものだ。味などという概念はない。

 甘く歯ごたえのあるビスケットをかじる。最後の晩餐には、上出来が過ぎると思えた。

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