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その祈りは獣に捧ぐ  作者: 日諸 畔
第2章『変転』
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第21話《晩餐会》

 祝賀会と銘打たれた晩餐会は、市役所の近くにある建物のホールで開催されていた。優助は正人と久美に連れられ、開始から少し遅れて会場へ到着した。

 三人とも、防衛部の正装を身に付けている。堅苦しいネクタイや、妙な飾りの着いた上着が非常に鬱陶しい。これを正しい服として考えた人間の感覚は、槍持ち出身の優助には理解できないものだった。


 今回の出席者は、正人から聞かされている。

 主催している直接対応室から数人と、それに連なる人々だそうだ。防人の関係者が中心だが、市議会議員や各地域自治会の代表も招待されているらしい。

 そこから透けて見えるのは、ササジマ市民に対し、広く機人と優助の存在を知らしめるという目的だ。世論を操作して、間接的にでも機人を思うままに活用することを狙っているのだろう。

 それに対し、特殊運用室は発掘兵器である機人を研究して、ケモノへの対抗策を探し出そうとしている。今を重視するか未来を見据えるのかという考え方の違いが、二つの部署が大きく対立している要因だと優助は認識していた。


 市役所以上に飾り立てられた廊下を、正人に続いて進む。隣を歩く久美が、勇気付けるように優助へ微笑みかけた。


「練習どおりにやろうね、よしっ」

「努力します」


 ずれた眼鏡を直しつつ小さくガッツポーズをする久美に、何とか言葉を返す。ケモノに対峙した時とは別の緊張が、優助を襲った。

 ここで失敗しても、死にはしない。ただし、自分に関わる人間へ迷惑をかける。

 この迷惑というものが厄介だ。自分の言動ひとつで、周囲に悪い影響が起こる。それは、単に死ぬということよりも恐ろしく感じる要素があった。人間の世界は、生きる死ぬ以外にも複雑に絡み合った何かがあるのだ。


 優助達にとって幸運だったのは、晩餐会といっても簡易的な立食式のものであったことだ。そうでなければ、数時間で取り繕うのは不可能に近かった。

 それでも、マナーなどとは縁のない生活をしていた優助にとっては、正人や久美からの指導は非常に精神をすり減らすものだった。箸と呼ばれる二本の棒を操るのは難しすぎて、早々に諦めた。


 当初は参加を拒否するという案もあった。酷く疲れているとか、負傷したとか理由はいくらでもでっち上げられた。しかし、敢えて参加するのには、正人としての思惑があった。

 優助もそれに同意したから、意味不明なマナーや言葉遣いの指導にも耐えてみせた。正直なところ、まるで自信はないのだが。


「入るぞ」


 複雑な模様で飾られた赤い扉を前に、正人が優助に振り返った。扉の奥からは、がやがやと人の声が聞こえる。優助は息を吐き、ゆっくりと頷いた。


 その中はまさに異空間だった。複数の男女が、優助には理解できない服装で談笑している。男はタキシード、女はドレスと教えられている。個人によって細かな違いがあるように見えるが、詳細な名称までは覚えきれていなかった。

 複数設置してあるテーブルには、恐らく食べ物であろう色とりどりの物が並んでいる。皆、思い思いに皿へ乗せて食べているようだ。

 これについても、知識として詰め込まれはしたが、理解は追いついていない。


 優助達が入室したことに気付いた数人が、歓声をあげる。それに釣られるように、ほぼ全員の視線が集まった。


「ようやく主役の登場ですな!」


 出席者をかき分けるように、ひょろりと背の高い痩せぎすの男が前に出てきた。甲高い声と共に、正人から教えられた特徴と一致する。


「初めまして、桜井 優助君。防衛部 直接対応室の責任者を務めさせて頂いている、坂下さかした 康志やすしだ。どうぞ、見知りおきを」

「桜井 優助です」


 優助は、坂下の差し出す筋張った右手を握った。厚みも力もなく、ただカサカサとした感触が印象的だった。


「皆さん、英雄の登場です。ササジマ市の守護神となる桜井 優助君と、その兄である特殊運用室長の桜井 正人君です」


 坂下が優助の手を握ったまま、大きく声を張り上げた。彼の声は心地よくはないがよく通った。

 次の瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれる。思わず耳を塞ぎそうになるものの、何とか耐えることができた。見上げた坂下の顔には、満足気な笑みが浮かんでいた。


「さぁ、順に挨拶を」


 坂下に促され、優助は人の中に入っていった。後ろから二人の気配が続いているのが心強く感じられた。


「ササジマ市を頼んだよ」

「会えて光栄だわ」

「私の儲けも減ってしまうね」

「こんな少年だったとは思わなかったな」


 会場を一回りして、様々な人間から言葉をかけられた。大抵の場合は優助の返事を待たず、続けざま坂下と言葉を交わしていた。

 いくら英雄といっても、利益を産まなければ優先順位は高くないということだ。挨拶以上に話しかけられても、何も答えられない優助には丁度良かったとも言える。

 来賓の中には、数日前まで優助の持ち主だった男もいた。目が合った際、一瞬体が硬直した。しかし、脂肪で分厚くなった瞼の奥にある瞳では、優助を判別できなかったようだ。当初から消耗品の個体には興味がなかったのかもしれない。


 ようやく挨拶回りが終わり、場が落ち着いた。再び食事と談笑に興じ始めたところが、正人の狙い目であった。

 この場で優助の口から、ケモノの行動変容を告げる。元々が槍持ちであったことを知らない人々は、英雄の言葉を信じるだろう。

 認識が広がってしまえされすれば、防衛部としても対策を検討せざるを得ない。その中核は機人となる。

 直接対応室の手足となって局所的な防衛を繰り返し、機人を使い潰すのは避けたいと言う正人の意思だ。優助もそれに賛同し、この場に立っている。


「ご歓談中失礼します。この場をお借りして、ご出席の皆様にお伝えしたいことがあります」


 正人が声を大きくする。会場中が正人と優助に注目した。

 練習した言葉を頭の中で反芻する。たぶん大丈夫だ。優助は大きく息を吸い込んだ。

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