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その祈りは獣に捧ぐ  作者: 日諸 畔
第2章『変転』
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第16話《特殊運用室》

 倉庫と言うよりは、格納庫だった。様々な機械設備に囲まれた機人が、装甲を開いたまま腰を下ろしている。全身を汚していたケモノの体液は綺麗に拭き取られ、薄い灰色の表面が照明を反射していた。


「お疲れ様です!」


 機人の周りにいた数人が正人に気付き、直立して挨拶をする。それに触発され、格納庫内にいた人々の視線が集まった。


「おう、ご苦労さん。それを動かせるやつを連れてきたぞ。ただし今日は見学だけだ」


 周りに聞こえるよう、正人が大きめの声を出した。閉鎖された室内では、正人の少し高い声はよく響く。


「ここには俺と古宮を入れて十二人が入っている。さっきも言ったが、この中の連中は信用してくれていい。お前達の事も知っている」


 逆を言うと、ここから出たら油断をするなということなのだろう。


「とりあえず、中心メンバーだけ紹介する。おーい、須山、斎藤」

「はい」

「はーい」


 正人に呼ばれ、機人の近くにいた二人の男が小走りでやってきた。

 一人はすらっと細長く、もう一人は背は低いががっしりとした肩幅をしていた。体型に個性があるのは、人間である証明ともいえる。


須山すやま 義文よしふみだ。主にソフトウェアを担当している。よろしくな」


 ハキハキとした早口と共に、須山は体同様に細長い右手を差し出した。繊細でしなやかな指に見えた。


「で、俺は斎藤さいとう 佳祐けいすけ。機械担当だよ」


 しゃがれた声で名乗る斎藤の掌は肉厚だった。指は多数の細かい傷と染み付いた油汚れで、黒っぽくなっている。それは、常に槍を握り締めていた優助の指と、少しだけ似ていた。


「この二人と、古い機械専門の古宮で、こいつの研究と、できる限りの整備をしていく。互いに協力してくれよ」

「よろしくねー」


 正人に紹介された久美も、にこやかに手を出す。

 三人と握手を交わした後、優助は自分が名乗っていなかったことを思い出した。


「桜井……優助です。形の上では、正人の弟となっています。よろしく、お願いします」


 その瞬間、須山と斎藤の表情が固まる。近くで見ていた久美も同様だ。正人は顔を片手で覆った。

 優助と理保だけが、頭に疑問符を浮かべていた。


「し、室長、弟?」


 肩を震わせながら、久美が呟く。固まっていた顔は、段々と緩んでいるようだった。


「お、お、お、弟って」


 久美が吹き出したのを合図にするように、三人は声を上げて笑いだした。

 正人が慌てて事情を説明するも、場が落ち着くまで十分近くの時間を要した。


「部長も、なかなか、やりますね」


 肩の上下が止まらないままの久美は、息も絶え絶えの様子だ。須山と斎藤も震えが収まっていない。

 何がそんなに面白いのか、優助には理解できなかった。


「今日のところはここまでだ。優助には明日から本格的に参加してもらう。作業に戻ってくれ」


 正人の指示を受けた三人はそれぞれ手を振り、機人の元に戻っていった。具体的な言葉にはならないが、優助はその光景を好ましいと感じた。


「皆さん、仲良しでいい場所ですね」

「まぁ、そうとも言うか」


 弾んだ声を出す理保は、自らの感情を表すのに長けているようだ。

 正人も好意的に受け止めているのが不思議であった。上位から下位への指揮系統は、絶対的なものという知識がある。気軽な会話など、できないはずだ。


「正人は、あれでいいの?」

「うちはこれでいいんだ」

「そっか、これでいいんだね」


 優助は正人の言葉に、胸の内が温かくなるのを感じた。理保への想いが持つ熱とは違う、ほんのりと柔らかい気分だった。


「次は、お前らの寝床に案内する」


 特殊運用室の所有する敷地には、職員が生活する宿舎として使われる建物がある。元々が集合住宅として建造されていたため、苦労なく活用できているそうだ。

 新兵器の操縦士とその所有物という扱いで、優助と理保に一室があてがわれることになっていた。


「数え方が気に入らないだろうが、結果的にはこれが良いと判断した。わかってくれ」


 一室と呼ぶが、その中は複数の部屋に分かれていた。小さい部屋でも、槍持ちが十人は寝泊まりできそうな大きさだった。

 二人で使うにしても、明らかに持て余してしまう空間だ。ただ、人間にとってはこれが普通なのかもしれない。


「家具も、とりあえず暮らせるようになっているはずだ。自由に使っていい。まぁ、しばらく使っていなかったから、まずは掃除でもしててくれ」


 そう言った正人は仕事が残っていると、部屋を出ていった。優助達に断った上で、外から鍵がかけられる。

 正人はバツが悪そうな顔をしていたが、当然の対応だと思う。


「じゃあ、お片付けとお掃除しよっか」


 正面の廊下を見渡した理保が袖を捲る。


「お片付け? お掃除?」


 言葉の意味はわかるが、具体的に何をすればいいかは見当が付かなかった。これまではケモノを指して言っていたが、これが本来の使い方なのだろう。


「そっか、そうだね。教えるから一緒にやろ」


 優助は理保に引っ張られ、玄関に上がった。実は、靴を脱いで室内に上がるのも初めての経験だった。


「私ねー、不良品だったから、こっち方面で売られる予定だったんだよ。だから、家事とかいろいろ自動学習装置で知ってるの。たまたまだけど役に立ったね」


 床に薄く積もった埃を履きながら、理保はにこやかに語る。

 巫女の中には、突然に祈りの力を失う個体がある。理由は知らされていないが、再び力が戻ることはない。

 そうなってしまった巫女には、防人としての価値がなくなってしまう。遺伝子操作で作られた美貌はまだ売り物となるため、愛玩用として人間に売られるそうだ。

 理保は生産時から感情を持ってしまっていたため、巫女として使えず《こっち方面》で売られる予定だった。しかし、祈りを保管する装置への適性が認められたため、都市に売却されることになる。


「運が良かったね。おかげで優助にも会えたし」


 窓ガラスを雑巾で拭きながら、理保は微笑んだ。


「うん、そうだね」


 優助は揺れる三編みを見て、これで良かったと思う。そして、この生活が続いてほしいと願った。

 使い捨ての槍持ちと不良品の巫女は、本当の人間のような感情を持ち始めていた。

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