ぶどう酒と宴
無事、超大型コカトリスを討伐した祝いとして、昼間から、村全体で宴会を開くことになった。
ぶどう酒と相性の良いローストチキンや、ぶどうのソースをかけたポークロースト、また、村で採れた野菜を使った炒め物やサラダも添えられており、食卓にはカラフルに彩られていた。
『カンパーイ!!』
それぞれがぶどう酒の入った木のグラスをぶつけ合う。芳醇な香りが鼻の中に立ちこめる。待望の一口目。
「うめぇなこりゃあ!」
ぶどうの甘さと酸味が絶妙に調和し、口全体に心地よい余韻を残す。舌の上で軽やかに踊るかの様な感覚。
「これは確かに名産品ね…。おいしい…」
「ええ!村の誇りですから、うちのぶどう酒は!ええ!」
村長は愉快そうにそう答えた。肩の荷が下りたのか、ガブガブとぶどう酒を飲んでいる。
「ささ!料理の方もうちの農家達が丹精込めて育てた食材ですから!食べてくださいな!」
「おう。もう腹が減ってしょうがねぇや」
「ねぇねぇイズミ!このポークローストほっぺた落ちるぐらい美味しいわよ!」
「おう、俺にもよこせ!」
「ははは!いくらでも用意出来ますからゆっくり食べてください」
村中には時折乾杯の音や笑い声が聞こえ、料理やぶどう酒の味わいに舌鼓を打ちながら、楽しい時間を過ごしている。宴会は、ぶどう畑の豊かな恵みを感じさせる特別な雰囲気で包まれていた。
時刻はすでに頂点を過ぎているが、酔っ払いどもが飲み比べ勝負をしたり、ダンスを踊ったり、歌ったり、宴会の雰囲気は未だに冷める様子はない。
「ほんと、こういう時間が大好きだから、冒険者は辞められないわよねぇ…」
ジナは村を見渡し、黄昏ている面持ちでそう言った。
「そうだな…。人を救って、喜んで、ギャーギャー騒ぎながら酒をかっ喰らって…。んで、ああ、また明日も頑張ろうってなるよな」
5年前には無かったこの感覚。終わらぬ戦争、いつ死ぬのかを恐れ、気を紛らわすために飲んでいた酒。己らを奮い立たせるための宴会。
「大丈夫、イズミ?」
ジナが不安そうな顔を覗かせる。また、顔に出ていたらしい。
「ああ、大丈夫だ。ちと考え事考え事!ほら、お前ももっとグビグビ飲めよ!全然飲んでねぇだろ」
「もう十分飲んでるわよ」
「んだぁ?もう限界だから要らないですって聞こえるなぁ?弱っちいなエルフはぁ」
「…何よそれ?それだったらどっちが先にぶっ倒れるか飲み比べしようじゃない?」
「おういいじゃねぇか!かかってこいよ!」
お互いのグラスにぶどう酒を注ぎ、睨み合う。
「おい!こっちででかいにぃちゃんとエルフが飲み比べするっぽいぞ!」
「おうおうやれやれ!」
いつしか村中の人々が俺とエルフを取り囲む様に集まっている。
「俺はいつでもいいぜ…」
「私もよ…」
「ひっく…。それでは私が取り仕切ろう。お前たちぃ、盛り上がってるかぁぁぁ!!」
「うおおおおお!!」
酔っ払いの村長が場を盛り上げる。
「それではまずは一杯目ぇ…。レディィィ…」
『ファァイッッ!!』
勢いよく減る両者の酒。横で踊る村長。湧き上がる村人の歓声。今宵はどうも、簡単には鎮まりそうもない。
〜翌昼〜
「うぇぇ…。あったまいてぇ…」
「ほんと最悪…」
二日酔いが容赦無く襲って来る。
「ははは。昨晩はよく楽しまれていましたな」
あんなに一緒に酔っ払っていた村長はピンピンしている。
「ぶどう酒も荷台に沢山積んでおきましたので、戻られましたら飲んでください」
『ははは…』
俺とジナは引き攣った顔で笑った。こいつも同じ事を考えているだろう。当分はぶどう酒は見たくない、と。
「それじゃあ、そろそろ行くぜ、村長さん」
俺は馬車の操縦席に乗り、ジナは荷台に乗った。
「今回の件は、本当にありがとうございました。またいつでもいらして下さい。歓迎しましょう」
「おう!元気でな、村長さん!」
「またね!村長さん!」
別れの挨拶を済ませ、俺は鞭を打ち、発車した。
ガタン、ガタン…。ガタン、ガタン…。
小さなぶどうの村を背に走らせる馬車。空は、今日も満開な青い空が広がっている。
「ねぇちょっと…。少しゆっくり運転できるかしら?結構揺れて気持ち悪いのよ…」
荷台からひ弱な声が聞こえる。
「んだぁ?じゃあお前が運転しろっての」
「…あんた一昨日のこともう忘れてるのね。あっそ。それなら…」
「いやいやいやいや冗談だって分かったからーー
「報酬はやっぱり7対3ね」
「すまねぇって!!分かったゆっくり走らすから!!すまんすまん!!」
ガタン…ガタン…。ガタン…ガタン…。
俺は、これ以上彼女の機嫌を損ねない様に丁寧に操縦している。
昨日の飲み比べ勝負の結果だが、両者共倒れの引き分けに終わった。俺の方が若干減ってたと思う。相当曖昧な記憶だが。何杯ぐらい飲んだのか?そんなの、覚えてる訳がない。