正攻法
俺は今、全力疾走している。二日連続で、だ。今回は寝坊したからではない。コカトリスに追い回されているからだ。
「コケェェェェェ!!!」
「ジィィィナァァァァ!!もう無理だ!早くしてくれぇぇ!!」
「うっさいわね!集中できないでしょ!」
弓を引き、狙いを定めているジナ。
なぜ俺はこいつに追い回されているハメになったのか。それは…
〜2時間前〜
「ふわぁぁぁ…」
「ったく。だらしない…」
まだ陽も上がらぬ早朝。なんとか俺は起きることが出来た。が、やはり苦手な早起きのため、どうも欠伸が止まらない。
「いや、わかってるけどよぉ。…ふわぁぁ…」
「ちょっとあんたねぇ…」
「お二人方。村の北口に出ましたぞ。ここから真っ直ぐ道沿いに、20分ほど行けば着きます」
村長はわざわざ早起きして、村の北口まで見送りをしに来てくれた。
「ありがとう。村長さん。あとは任せてね」
ジナはにこっと笑顔を村長に向ける。
「いえ、私にはこれくらいしか…。どうか、お気をつけて…」
心配そうに見つめる村長を背中に、夜の林道を歩き始めた。
ジャリジャリと踏み鳴らす足音、夜風に吹かれ、揺れる葉の音。ホゥ、ホゥとなくフクロウ。視界は松明の数m照らされた先しか見えないため、聴覚のみを頼りに歩く。こう考えると、夜に出発したのは愚策かと思われるが、エルフは長くから森に住まう種族のため、聴覚、視覚能力がかなり優れている。夜目がきき、少しの物音でも敏感に聞き取れるため、問題ないのだ。
特に何事もなく20分ほど歩くと、
「あ、ねえ。湖見えてきたわよ」
どうやらもうすぐで目的の湖に着くらしい。俺からは何も見えないが。
数十m歩くと、林が開けていき、大きな湖を視認できた。
「お、小屋があるな。ちょっと借りて作戦でも立てるか」
漁師が普段使っているのであろう小屋の中に入り、一息つく。
「さて。超大型のコカトリスが相手な訳だけど、なんかいい策あるか?」
コカトリスは、近距離で戦うと、頭部の鶏部分だけでなく、尻尾の様に付いている蛇の方にも対応しなければいけない為、分が悪い。そのため、基本的には近距離班はターゲットをもらい、遠距離班に仕留めてもらうというのが主流だ。
ただ、今回のコカトリスは倍の大きさがある。どこまで耐えられるか分からない。何か機転を利かした他の策が必要だ。
「いや?特にないわ。一般的な正攻法でやりましょう」
「…は?」
「だから、正攻法で行くわよ。あんたがターゲットをもらっている間に私が蛇の頭を射抜く。そしたら鶏の方はあなた一人でも何とかなるでしょ?」
「いやいやいやいや。耐えられねえって。倍もあるんだぞ?ば!い!攻撃防ぎ切れる訳ねぇだろ」
「別に攻撃を防ぐ必要ないわよ」
「はあ?じゃあどうやれってんだよ」
「走り回ればいいじゃない。全力で逃げ回ればいいのよ」
「…へ?」
「んじゃ!そういうことで!私は外で夜明けを待ってるわね」
そう言葉を捨て、彼女は小屋を出て行った。
ーーそして、現在に至る。
「へぇ!へぇ!へぇ!」
息はすでに切れ切れとしている。限界が近い。
「…まずい!」
「コケェェェェェ!!」
クチバシによる攻撃を横転でなんとか避ける。
「シャアァァ!」
「…ッ!」
蛇の頭の噛みつきをすかさず槍で弾く。常に1対2の状態だ。
ジナは、あいつは何をやってるんだ?
横目で彼女の方を見る。
弓を引き、獲物を見据えてじっと待ち続けている。
「あぁぁぁぁクソ!マジで頼んだぞ!」
今はあいつを信じて走るしかねぇ。彼女が待つ、その一瞬を生み出すために。
走る。走る。走る。避ける。走る。走る。走る。走る。走る。避ける。
ふとコカトリスの足が止まる。鶏の頭が上を向いた。これは、毒を吐く時の仕草だ。
横転で避け続ける必要がある。そんな力まだあるのか?
「だいぶまずいな…」
ボソッと弱音を吐いたそのすぐ後。
「クルァァァァ!!」
コカトリスの悲痛の叫びが湖中に響き渡った。ジナが遂に蛇の頭を撃ち抜いたのだ。
「やっとかよこのボケナスゥ!どんだけ時間かかってんだ!」
「だぁれがボケナスよノッポサムライ!怯んでる間に早くやりなさいよ!」
「分かってるっつの!」
ヨロヨロの足に力を入れ、怯んだコカトリスの懐に近付く。
「よくもまあ散々と追い回してくれたなぁ!うぉぉおらぁぁぁああ!!」
鶏の首元に向かって槍を振り上げる。確かな手応え。コカトリスは、首が落ちると同時に、ドサっと崩れ落ちた。
「はぁぁぁ…。やっっっと終わったぁ…」
大の字に地面に転がり、空を見上げる。雲一つない青空だ。朝日が少し眩しい。
少しすると、ひょこっとジナが顔を出してきた。
「お疲れ様。大丈夫?」
「なぁにが大丈夫だ?大丈夫に見えるかぁ?満身創痍だバカ!」
「…そんだけ口が回るんだったらまだ動けるわね。とっとと首持って帰るわよ」
そう彼女は冷たく遇らい、踵を返して林道の方へ向かった。こんなにどろんこになってまで走り回った功労者に対してそれは、ないだろう…。
「ジナァ、すまねぇよぉ。ちょっと待ってくれよぉ」
槍を杖代わりに使って、なんとか立ち上がる。コカトリスの頭を拾い、まるでゾンビの様にふらふらと彼女を追いかけた。
こうして、超大型コカトリスの討伐はなんとか成功したのであった…。