地平線に陽は落ちて
馬車が来るまでの間、それぞれ暇をつぶした。
ジナは腰がけの鞄の中の確認、道具等の補充をしている。鞄の中には解毒剤や火おこし用のマッチ、弓の研磨具など、冒険の必需品が入っているらしい。
俺は黒槍と何も入っていない麻袋、懐に入れた小銭袋しかいつも持ち歩かない。特にやることもないので、近くの売店で移動中に小腹が空いた時用の150オルの塩パン2つと、大衆食堂で100ギルのコーヒーを飲んで、のんびりしていた。
冒険前のこの時間の行動は性格が現れるもんだなぁと思った。
時間になり、俺とジナは外に出ると、ギルド前の大きな広場に馬車がすでに用意されていた。ギルドの馬車代は依頼者が払うことになっている。その代わりに馬車を操縦する御者は付いておらず、自分達で操縦するか、雇うのどちらかである。
2人で行く時はいつも疲れたら交代で操縦することにしている。ただ、今回は寝坊をして遅刻したので、交代せずに、さらに帰りも操縦することになった。
ガタン、ガタン…。ガタン、ガタン…。
馬車を走らせる音とともに、見えている景色もコロコロと変わっていく。草原、大きな川、その上を超える橋、林道、桟橋、抜けては花畑。それらを見ながら売店で買った塩パンをかじり、馬車を操縦する。これがあるから、馬車を操縦するのはそれほど嫌いじゃない。しかも今日は雲ひとつもない、晴天である。気持ちがいい。鼻歌が自然と出てくる。
からからからと 空蝉と
ゆらゆらゆらと 舞う落ち葉
お前は強く 逞しく
成りたきゃ今は よく眠れ
「よっと。ねえイズミ。よくその歌を歌ってるけど、故郷の曲かなにか?」
ジナは荷台から俺の真横に移り、訊いた。
「ああ…。故郷じゃ有名な子守歌だな。ガキの頃、よくおっかさんの膝の上で聴きながら昼寝してたよ」
「ふうん。少し哀愁漂う曲だけど、綺麗で心地いいわよね」
「ああ。俺も気に入ってる。ほら、お前も塩パン、食うか?」
「あら、いいの?それじゃあ、ありがたく頂こうかしら」
ジナは笑顔で塩パンを受け取った。
太陽に反射して、銀白色の髪がキラキラと光っている。透明感のある肌質、長いまつ毛、透き通った灰色の瞳。黙っていれば、絵になる別嬪だ。
「あ、パンくれてもコーヒーは別だからね。帰ったらちゃんと奢りなさいよ?」
…まあこういった感じでどこかもったいない女である。
ガタン、ガタン…。ガタン、ガタン…。
リベルテを離れてから、7〜8時間ぐらいだろうか。
地平線に陽は落ちて、夕焼けが空をオレンジ色に染め上げる。
ようやく、目的地の村が見えてきた。
隣にいたジナは、人に寄りかかりながらすやすやと寝ている。
「おい。着いたぞ」
「ん…。分かった…」
眠気まなこを擦り、背中をぐっと伸ばす。
「お酒が待ってるわよぉ」
全くもって、本当に残念なエルフである。
村の前まで近づいてくると、一人の老人男性が遠くから近づいて来るのが見えてきた。
「ようこそお越しくださいました。そろそろお着きになる頃だと思っておりました。冒険者ギルドから伝書鳩で手紙が届き、色々と伺っております。イズミさん、イーヴァさん。私、村長のライアン・ロリスと申します」
村長が直々にお出迎えに来てくれたらしい。手短に挨拶を済まし、村長宅で色々とお茶を頂きながら、説明を受けることになった。
「このたびは依頼を受けてくださり、ありがとうございます。例のコカトリスですが、村の北口から出て林を抜けると、大きな湖がでてくる。小屋建てて縄を張って村の漁師どもが仕事をしているのですが、その周りにコカトリスがエサ場、水飲み場として気に入ったようで…。最近では、毎日現れるので危ないから仕事が出来ない。さらには噂で聞いたのですが、コカトリスが居ついた水場は荒れに荒れて生物がいなくなっちゃうだとか…。そうなると水産物取れなくなるだけでなく、そこから流れて来る、川の水を使って自慢のぶどうも育てるため、この村の名産品のぶどう酒さえ作れなくなる!もちろん、生活に必要な水も川からです!このままでは村が、崩壊してしまう…。村のもんで退治しようにもあんな見たこともない大きさのコカトリスなんて、手も足も出やしない!冒険者のお二人方、どうか、どうかお助け下さい!」
村長は机に頭を付け、懇願した。
「ロリスさん、大丈夫さ。あんた、伝書鳩で俺のこと知ってんだろ?俺は"大物喰らい"さ。もう幾度とでっけえモンスターと戦って来てるんだ。俺らがバチッとやっつけてやるからよ、安心してくれよ。だから、倒してからでいいからよ、自慢のぶどう酒、浴びるように飲ましてくれや」
「ふふっ。そうね。本当は今日から飲みたかったけど、ちゃーんとやること片してから頂きましょうか。ね、ほら村長さん。顔を上げて?」
ジナも優しい口調で村長に語りかけた。
「すまない…。ありがとう…。何か村のもんが手伝えることがあればなんでも言って下され。村人総出でサポートしましょう」
村長は涙ぐみながらそう答えた。
すでに夕食時だからと、村長宅で食事を頂き、泊まり先の宿に案内された。
「ここが宿になります。2階の1号室、2号室がお休みになられるお部屋になります。明日のご予定はどのようで?」
「うーん。そうね。コカトリスが一番よく出没するのはどのくらいの時間かしら?」
「早朝です。空が明るくなる、日の入りの時間にやってきて、魚を取っているようです。」
「わかったわ。日の入り前には湖に着くようにしないと。いいね?イズミ」
早起きか…。5本指に入るほど嫌いだ。
「…ったく。嫌でも起きてよね」
ジナが膝で俺を小突く。
「ははは。仲良しのようで」
村長さん。それを聞くのは今日で2回目だよ。
「それでは、明日の朝食はしっかりと準備させていただきますので、後はごゆっくりお休みください」
村長は一礼し、自宅へ戻って行った。
宿に入り、自室の前に着く。
「明日は早いし私はもう寝るわ。おやすみ」
「俺も操縦しぱなしで疲れたし寝るかぁ。おやすみ」
ジナと別れ、部屋に入ると、ベットに飛びつく。疲れている時ほどベッドの心地よさは格別である。そして急速に襲われる眠気に身を任せ、俺は深い眠りについた。