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城郭都市リベルテと冒険者ギルド

「全くだだっ広いなここはぁ!」


 世界の中心に位置するベル・フルラージュ王国領、巨大城郭都市リベルテ。ヒューマンのみならず、リザードマン、エルフ、ドワーフなどなど。多くの亜人が移り住み、多種族社会の多様性を尊重した、自由の都市と称されている。

 古い石畳の路地。カラフルに彩られた煉瓦造りの家々。遠くからは朝の9時を告げる教会の鐘の音が聞こえる。そんな情緒ある街を、俺は全力疾走している。

理由は単純。とあるエルフ族の女性との待ち合わせに遅刻しているからである。


「この角を曲がればギルドだ!急げ!」

 

 猫探しからモンスター討伐と、幅広く集まる人々からの依頼を管轄する冒険者ギルドの入り口の扉を開けると、中は依頼板の前で依頼書を眺めている者、持ち物の確認をしている者、仕事を終えたのかギルド内の大衆食堂で酒盛りをしている者達などであふれていた。


「あ、バカ侍!」

 

 声のする方向に顔を向けると、こちらに向かって歩いて来る銀白色のボブヘアー、尖った耳の女性。

 彼女こそが、その待ち合わせ相手のエルフ族、ジナ・イーヴァ。

4年ほど前に出会い、よく一緒に依頼をこなしている。

 戦闘スタイルは弓と護身用の短剣術を心得ている。狙った獲物はどんなに早く、小さくても射止めることが出来る彼女の正確な弓技術にいつも助けられている。


「いやあすまんすまん。その、通りすがりのおばあちゃんが荷物を重そうに持っててなあ。放って置けなかったんだ」


「へえなるほどぉ。通りすがりのおばあちゃんの手助けに1時間もかかるのねぇ」


 ごもっともである。


「ぐっ...。それは...。まあ…。...すいませんでした…。昨日、闘技場で戦ってたの知ってるだろ?んでちょっとだけ酒を引っかけて帰るつもりだったんだが…。たまたま観客にいた何人かが居たもんで、俺に祝い酒だ!って奢ってくれたワケよ。そんなこんなでついつい飲み過ぎた…」


「…今回の依頼の報酬は7対3ね。文句ないわよね?」

 

 腕を組み、眉間にシワを寄せ、軽蔑の目で彼女はこっちを見ている。

 首を横に振ることが困難なほどの覇気を纏いながら。


「ううっ。ほんとすいませんでした…」

 

 体を縮まこめて、自分よりもはるかに華奢で、小さな女性に頭を下げている様は我ながら滑稽で、屈辱である。


「全く…。コーヒー一杯でいいわよ。次は許さないからね?」

 

 ため息まじりにやれやれと首を振り、そう言った。最初に言い訳をしてしまったが、早めに白状したおかげかも知れない。一杯100オルのコーヒーでなんとか許された。


「それで、今回の依頼はどんな内容でございやしょう?」

 

 これ以上このお方の癇癪に触れないように、より一層申し訳なさそうに、丁寧に訊いた。


「今回の依頼は都市から南西に9、10里ほど離れた小さな村からの依頼だわ」


 依頼書をぺちぺちと叩きながら付け加えて、


「どうやら最近、この小さな村にある近くの湖にコカトリスが出没するようなの。報酬金は5000オルよ」


「5000オル?コカトリス討伐でそんな報酬金が出るのか?変異種か何かか?」

 

普通、コカトリス討伐の報酬金の相場は1000から1200オルである。


「そう。今回のコカトリスは4m超え。通常の倍の大きさよ」


「なるほどね」


 コカトリスとは、大きさは平均的に2m弱で、頭、下肢は雄鶏。胴体、羽はドラゴン。尻尾はヘビと異様な姿をしている。かなり獰猛で、頭から毒を吐き、後ろを取って攻撃をしようとしても、尻尾の部分であるヘビが噛み付いてくる。遠近、攻守に優れた、戦い辛いモンスターが倍の大きさを持っているというのだ。通常よりも異常に跳ね上がった報酬金に納得である。めんどくさい依頼を選んだなあ。


「コラ、めんどくさそうな顔をしない」

 

 どうやら顔に出ていたようだ。ガキの頃からすぐに顔に出ると言われていた。ただ、気質というものはなかなか変えることができないもので、こうして今も顔から思考が流出しているのだ。不便である。


「そんなあなたのやる気が起こることを教えてあげる」

 

 と、彼女は怪しく口角を吊り上げてそう答えた。


「ここの備考欄ってとこ、見て」

 

 と、依頼書の下部を指差す。


「なになに…。滞在期間の宿代、食事代は村が全て負担します。また、お食事の際に、当村自慢のぶどうで作ったワインをご提供致します。お土産として持ち帰ることも可能です。…素晴らしいな」


 気付いたら彼女と同じように怪しく口角が吊り上がっていた。


「…でしょう?決まりね。頑張るわよ」


 『酒のために!』

 

 と二人は声を揃え、拳を合わせた。そう、俺とこのエルフは大の酒好きである。彼女がわざわざこんなめんどくさい依頼を受けようとしているのも、俺のやる気が一変したのも、酒のためである。


「さ、受付に行ってサッサと出発の準備するわよ」

 

 彼女はそう言うと、つかつかと受付の方に歩いて行った。

 

 依頼を受けるには、受付を済まさなければいけない。

 どの依頼を受けるかを受付嬢に申告し、依頼受諾書にサインと拇印を押す。これは冒険者が依頼を受諾してから長い間帰ってこない場合、行方不明者リストに追加するためである。行方不明者リストは依頼書、地図と一緒に冒険者に渡される。


「こんにちは!イズミさん。ジナさん」


 受付嬢の名前はアンナ・ブロンドー。

 金色の長髪に大きくぱっちりと開いた茶色の目、いつも笑顔で溌剌としている彼女は、例えるならひまわりの花である。

 …そして何よりお胸が豊かである。


「バカ。変態」


「痛え!」


 どうやら鼻の下が伸びていたらしい。

 横に居るジナに太腿を蹴られた。その蹴りには嫉妬も含まれているだろう。何せ、彼女はまな板にまんじゅうが申し訳ない程度に二つ乗っかったぐらいのサイズなのである。ただ、絶対に彼女の胸に関して触れてはいけない。

 

 彼女と出会って3ヶ月ぐらいだろうか。酔っ払いが、


「おい、そこのエルフ!一緒に酒飲もうぜぇ!酒飲んで太ればそのむなしいお胸にも少しは肉付くだろうよぉ!はははは!」


 と、茶化したことがあった。10秒も経たなかったか。その酔っ払いはボッコボコにされ、お尻には2輪の花が生けられていた。早技芸術の作品が生まれた瞬間だった。


「ふふ。今日も仲良しですね」


 アンナの目にはこのやり取りが夫婦の痴話喧嘩のようなものに見えたらしい。いやいや、違うだろって思ったが、彼女の笑顔を見てるとそんな気がしてくる。

 しかし横のジナを見ると、視殺するかの如く、鋭い目つきで俺を睨んでいた。うん。やっぱり、それは違うよな。


「アンナさん。今日はこの依頼を受けにきたの」


「こちらの依頼ですね。少々お待ちください」

 

 そういうとアンナは席を立ち、後ろの方で書類をまとめ始めた。

 

 ちらりと横を見た。

 ジナは少し不機嫌そうにしている。

 古今東西、亜人はどうなのか知らんが、大きい胸を見てしまうのは少なくとも男のヒューマンの性なのだ。どうしようもないことなんだ。すまんな。ジナ。と、俺は心の中で謝罪し、同情した。


「ねえ。何その顔。何考えてるの?教えて?」


どうやらまた顔に出ていたらしい。いや待て、どんな顔してたんだ、俺…?


「お待たせしました!」

 

 なんとも間のいいタイミングに、アンナは書類の準備を済まして戻ってきた。


「全く…。小さいからなんなのよ…」


 そうジナは小声で言うと、受付カウンターの方に体を向けた。命拾いである。


「こちらに拇印を押すのと、サインをお願いします」


 クエスト受諾書だ。注意事項などがつらつらと書いてあり、最後の方にサインと拇印を押すスペースがある。二人はそれぞれ渡された受諾書にするべきことを済ました。


「それとこちらが地図と依頼書、行方不明者リストです。近場で行方不明者リストに載っている方はいないようですね」


 今回はメインの依頼だけに集中できそうだ。

 正直な話、行方不明者リストに載っている者の8割ぐらいは、息を引き取っている事が多い。中には所持品でしか判断するしかない者も少なくない。冒険者は自分の力量に合わせた依頼を選ぶし、ギルドも力量にあった依頼ではないと判断すれば許可を出さない。そのため、行方不明者が出た場合は、その近辺で予想外な事が起きている可能性がある。より一層、道中も緊張感を持もって行かなければならないのだ。


「馬車の手配ですが、早くて10分ぐらいです。どうなさいますか?」


「それじゃあ、15分後でお願いするわ」

 

 ジナが答えると、


「かしこまりました。こちらも馬車の手配を行いますね。それでは、よろしくお願いいたします。どうかご無事で。」


 と、アンナ頭を下げた。その後、頭を上げた時の笑顔が神々しかった。このギルドの女神だ。俺はそう思った。


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