黒鬼と大物喰らい
いつからだろうか。
ーークソッ!防戦一方で埒が明かねえぞ!
ーーバカ野郎!援軍がくるまでは耐えるんだ!
戦場に溢れる血肉、汗、泥の匂いに、
ーー無理だ!ほぼ壊滅状態のここに援軍が来たところでーーー
ーー援軍だぁぁ!”黒鬼”も来た!ヤツも来たぞぉぉ!!
居心地の良さを感じるようになったのは。
ーーまさか”黒鬼”が援軍にくるなんて...!!
ーー勝てる...!勝てるぞこの戦!
此処が俺にとって、
ーーすまねえ、みんな!だいぶ待たせちまった!ここから攻勢に出ようじゃねえかぁ!心の臓止まるまで...刀を振るええッッ!!
ーーうおおおおッッ!!
ーー俺に続けええええッッ!!!
ーーうおおおおおおッッ!!!
生きとし、死ぬ場所なのだろう。
〜5年後〜
「さあさあ今宵のショーもクライマックスゥ!皆様お待ちかね!5年前、遥々極東の地から現れたサムライと呼ばれる戦士...大きな図体と真っ黒に染まった黒槍で何体もの大型モンスターを屠りに屠ったためについた異名は”大物喰らい”...イズミの入場だぁぁ!!」
司会者のマイクさばきにより、闘技場のボルテージは沸騰状態にあり、歓声が会場中に響き渡っている。
そして随分と持ち上げられたイズミというヤツは俺だ。
入場ゲートを越えると、歓声が地響きのように変わり、体にピリピリとしたものが走る。
「そして、本日相対するモンスターはぁ...こいつだっ!!」
司会者の合図とともに反対側にあるゲートが開く。
「ブモォォォォォォォ!!!」
けたたましい鳴き声とともに大きな黒い影が砂煙の中からドシン、ドシン、と姿を現した。
豚のような体躯だが、体毛が濃く、口元から突き上げるように映えた大きな牙。
そしてなにより、
「でっっっけぇなこりゃあ...」
平均的な人間の男性の身長が1.8mなら、肩高だけで2倍以上ある。
「キィィィングボアァァ!その中でも一回り大きい、キング•オブ•キングボアと呼ぶべきか!?こいつの突進をもろに喰らえばミンチになっちまいそうだ!」
その通り、一発でも当たれば一瞬で三途の川を渡ることになるだろう。
そして、こいつは俺を見つけるや否や、その一撃を喰らわそうと既に突進の構えだ。
重心を低くし、一つ、二つと後ろ足で地面を掻き出す。
どうやら、戦いのゴングは鳴らされているらしい。
牙先がこちらに剥いた瞬間、発進した。
距離は50mほど離れている。
キングボア。こいつの対抗策は猪突猛進、字の如く、目標に向かえば急には曲がれないし、止まれない。冷静に躱し、傷を与えていく。
ただし、今回のキングボアはサイズが桁違いだ。
安い攻撃は厚い体毛と皮に阻まれ、こいつの勢いに負けて体を持って行かれるのがオチだ。
「...クソッ!」
横転し、なんとか回避することができた。
一方、キングボアは6、70m先で停止し、再突進の準備をしている。
どうする?
何度も避けて疲れたところをやるか?
いや、避け続けられる確証はねえ。それに、せっかくトリ任されたのにチンケな勝ち方なんてみっともねえ。
ド派手且つ、確実に仕留める方法。
一太刀に集中して、首を一刀両断。
これしかねえ。
「自分の腕っぷしに賭けるしかねえか...!」
体制を整え、身構えている間に、キングボアは再発進し、こっちに目掛けている。
20m、10m、5m。
着実に近づいているが、ギリギリまで引き寄せないと。今動けばあいつは当てようとして首が少しでも動いしちまう。
3m。
まだ遠い。
2m。
まだ。
1m。
今だ。
ギリギリ突進が当たらない距離まで左方向に体を回転させ、槍を下から上に振り上げる。
柔よく剛を制す。
力の限り腕を振るうのではなく、筆先で首元をなぞるように。
シンッと断ち切れる音のすぐ後に、背後からドシンと崩れ去る音がした。
振り向けば、キングボアは首を置いて、数m先で力なく横たわっていた。
静まり返る観客。
そして、
「...うおおおおおおおッッッ!!!」
再び湧き上がる歓声。
「なんという一撃だぁぁ!紫電一閃!!あっという間にキングボアの首が持っていかれたぁぁ!”大物食い”には朝飯前だったようだぁ!」
...んな朝飯前な訳あるかい。
一瞬でもちびって早く動いていたら俺はあいつの飯になってたっつの。
「それでは本日、トリを務めてくれたイズミに大きな拍手喝采を!!」
大盛りあがりの会場の中、そこそこに手を振って歓声に答え、退場用のゲートをくぐった。
くぐり抜けると、若い金髪のスタッフが駆け寄ってきた。
「イズミさぁぁん!お疲れ様です!いやぁそれにしてもすごかったですよ、あの一撃!一連の動きがもう踊り子のようにとてもしなやかで!いやあすごいなぁ...」
「お、おうよ」
本人の前で小っ恥ずかしくなるほど褒め称えてくれている彼はヨハン•フォーレ。17歳で、半年ほど前にここに雇われた。どうやら俺のファンらしく、俺が出場する日には、周りに懇願して担当スタッフにさせてもらっているらしい。全く、変なところで闘技場に迷惑がかかっている感じがして、申し訳ない気持ちになる。
「あ、すいません、ひとりでに...。これ、荷物です!」
本来の仕事を思い出したのか、彼に預けていた荷物入れの麻袋と槍袋を差し出してきた。
「お、おう。いつもありがとよ」
「いえいえ!僕にできるのは全力でイズミさんをサポートすることですから!」
なんか調子狂うなぁ。
「賞金はいつもどおり、後日、銀行の方に振り込まれます!それじゃあ、僕、お客さん達の退場案内しなくちゃなんで...。惜しいところですが、またよろしくお願いします!!」
そう言って頭を下げ、駆けて行った。
またっておい。あいつまた頭を下げる気マンマンじゃねえか...。
...まあいいや。祝勝を兼ねて行きつけの酒場へ行こう。
闘技場の大きな出入口からではなく、関係者用出入口を使い、大通りを通らず、小路地へと向かう。
少し遠回りの道になるが、闘技場の客に声を掛けられ、足を止めたくないためである。
小路地を進むと、背中から春風に運ばれ、何処からかやってきた花びら達が空を駆け巡る。
点々と輝く星星に照らされ、踊るように、優雅に、自由に。
ーーーてめえで勝手に運命付けんじゃねぇ。自由に生きろ、イズミ。世界は広いんだ。
今は遥かに遠い、ある男の言葉。
俺を外の世界へ解き放った男の。
今の俺は、彼が考えていた、自由に生きるというのが出来ているんだろうか。
「...へッッックシンッッ!!!」
...辛気臭いこと考えながらチンタラ歩いてたら風引くな。春の夜は結構寒いからな。
「今日は飲むぞぉ」
誰もいない路地の中、拳を突き上げ、闊歩するのであった...。