絶望へのパスワード
今年もそろそろ終わるというのに、俺の仕事はまだ終わらない。たいていこの時期になると、むしろ仕事が増えていく。昨日もなかなか帰れなかった。急に解剖依頼が入ったのだ。
まぁ、急な仕事が入ったところで、特別会う人もいなければ家族もいない俺にとっては、何一つダメージもない。
この地域では、解剖できる医師は俺一人なので、俺がやるしかないのだ。文句ばかり言ってはいられないが、正直なところ、解剖医がもっといればいいのにとは思う。
今年、法医学教室に見学に来た学生は3名。将来ある学生に夢を抱かせようと、親切丁寧に教えたのだが、「儲かるんすか?」と聞かれ、気持ちが萎えた。
できれば定年でパッと辞めたかったのだが、どうやら俺にはまだ役割があるらしい。とは言え、優秀な後輩達の育成も、大切なことであるのは重々承知である。
「これで5体目か…」
「山田先生、これってやっぱり…」
「あぁ、例の4体と繋がっているハズだ」
例の4体、とは、ある連続殺人事件の遺体のことだ。4体とも胃からカプセルが検出され、その中には5ミリ角の小さな紙が入っている、というのがお決まりなのだ。
これまでに見つかった4枚の紙には、それぞれアルファベットが印字されている。これらの文字を並べ替えれば、きっと何か分かるに違いない。
というか、もう俺は薄々勘づいていた。このアルファベットが何を意味しているのかを。そして、あと2人誰かが殺されることを…。
全ての文字を並べ替えると、俺だけが知る「ある人の名前」となる。それは、絶望へのパスワードだった。
「先生は、どうお考えですか?」
俺に解剖を依頼してきた刑事が、じっと俺の目を見た。
「そうですね…」
俺は、次の言葉を出すまでに、わざと時間を取った。この刑事はベテランで、嘘を見抜く力がものすごい。まるで、この刑事に解剖されているような気分になるのだ。
「俺は…誰かの名前だと思います」
「名前…誰かの名前をアルファベットにして、わざわざカプセルに入れて飲ませ、殺した」
「…はい」
「誰に、何を、伝えたいのでしょうね…犯人は」
「…さぁ…なんとも…」
きっと、刑事は気づいている。このアルファベットを並び替えると人の名前になる。そしてあと2人殺され、そのアルファベットも含めて並び替えれば「SHIZUKA」となることを。
そしてその「SHIZUKA」とは、10年前の俺だということも。