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魔導書用紙に走らせていたガラスペンを横に置いて、ん〜。と両腕を上にあげて伸びをしたのは、一人で翻訳作業に励んでいたナナカだ。
おろした手で文字を書き込み終えた用紙の束を持ち、うん。とうなずく。
彼女は長いまつ毛に縁取られたまぶたを閉じると、そっと呪文を唱え始めた。
「──墨よ留めよ我が祈り。紙よ含めよ彼の願い。一文字ごとに命をかけて、ひと息ごとに想いを馳せよ。今この手の中に。封状!」
光の精を余分に重ねていたロウソクの灯りは、それだけでも十二分に室内を照らし出していたが、魔法を発動させた副反応でナナカを取り巻いた光は、家具の足元に残っていた影たちを跡形もなく散らしていくほどの力を持っていた。
室内を余すところなく包んでいた光が少しずつ引けて、ナナカの手の中へ集まっていく。
ナナカは目を開けて魔法の完成を見届けると、ぐったりと脱力して文机の上に突っ伏した。
しかし、すぐに気を取り直して身を起こす。
キッチンから持ってきた柑橘系のジュースを飲んでひと息つくと、窓辺へ歩み寄った。
「──風の便り。届けてピジョン。協会へ。『明日原本を納品に行きます』と」
しばらく窓を開けたまま待っていると、ナナカの耳元に直接届く声があった。『承知』とだけ。それだけで充分だった。
彼女は窓を閉めると今度はカレンダーのほうへ向かい、次の土日に印を付けた。
そうしてにこりと深く笑んだ後、着替えを持って風呂場へと向かうのだった。




