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冷凍庫を開けてロックアイスの入っている袋を取り出す。透明な氷をグラスに入れて寝る準備は完了。
残業をしなくても良くなったから、まだ寝るまでに余裕がある。
明日は五時四十分起床だ。七時間は眠りたいので十時四十分までにベッドに入ればいい計算になる。
壁に浮かんでいるデジタル時計を見ると今は八時半を過ぎたところだ。
テレビはリッコが聞いていないバラエティ番組を騒々しく流している。
その前のソファに腰かけている彼女はスマホを片手に外国語の詩集を読んでいる。
魔法の呪文が眠っているとされる詩集だ。
翻訳アプリを最大限に活用して、精霊に命令をする際の呪文の参考にしている。
精霊召喚の試みを行う際の呪文もほとんどこの詩集から持ってきていた。
これは中学校に進学したお祝いにナナカから贈られた本だ。行間が広く、最初の一ページだけそこにナナカが極東語の訳文を添えてくれた。後は自分で書くようにと言われたのだ。
結局、二ページ目以降は真っさらなままなのだが。
リッコがサボったわけではない。単に自分の作った訳文が正解だと思えなかったため、書くのに気が引けたのだ。
水の精についての詩文は本の真ん中よりやや後ろから始まる。スマホには今、『巡れ、流れ』という文字が表示されている。
精霊を呼ぶための呪文は詩集をもらってから毎日練習している。なのでもう覚えてしまった。学校の成績はそんなに良くなかったが、そう言えば西洋語だけは平均点だった。後は古典も。呪文は古びた言い回しが多いのでスマホの表示も古風だったのだ。
スマホの訳文をそのまま覚えて毎日唱えているわけだが、何となく本当にこれで合っているのか疑わしくて、行間を埋められずにいる。
今夜も循環の呪文を唱えるんだ。今、開いているところに銀の透かしが美しいしおりをのせる。このしおりは中学卒業時のオードからのプレゼント。精霊たちは銀を好む。彼が自分の本に挟んでいるのと同じものだ。聞けばナナカも持っているという。
みんなでおそろいなのがうれしかったっけ、とリッコは懐かしく思い出した。




