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とは言え、彼女から使えない奴認定されて手の甲で『しっしっ』とまでされたハヤタにしてみれば、リッコの中身の印象はなかなかに最悪だった。それなのになぜ熱が冷めずにもっと燃え上がりそうな気配なのか。ハヤタにしてみれば不本意だ。
マヨネーズしょうゆと共にスルメを噛みしめてビールを持つ手を傾ける。
ハヤタは悪あがきだとは思いつつもぼそりと言った。
「いったん距離取ってみるか……」
一目惚れなど当てにするものではない。少しずつ互いの内面を深く知り合った結果として芽生える愛情こそが本物だ。
などとハヤタは考えるが、その考えのせいで奥手すぎた一青年はこれまで付き合ってきた女性とはすべて長続きせずに別れてきている。
リッコが似た感覚の持ち主でなければまた同じことの繰り返しだ。それを避けたいので慎重にもなる。
ビールが空になったところで片付けを開始する。また明日も業務がある日は深酒はしないと決めている。
「お前はどっちかなー、リッコ」
恋情になるか、友情になるか。もしも恋に化けたら、実るか潰えるか?
まだまだ先は見えない。
ビールの缶をゆすいで缶専用のダストシュートに放り込む。寝室へ向かうその足取りを追いかけて照明が前方で点いて後方で消えていく。連動照明は買った物をそのまま使うと反応が鈍いため、ちょうどのタイミングで働くように設定をいじってある。これも職場で身につけたスキルだ。
キーワード「おやすみ」を告げれば、すべての照明が消えてベッドのマットレスが微妙に暖かくなる。
正直な話。魔法の代わりに科学を活用できる時代だ。面白そうだから受けた仕事ではあるが、魔法の杖など日常生活に必要だとは思わない。買ってどうするんだ。リッコは買うつもりらしいが。
「科学でいいだろ、科学で……」
心情を吐露してぼそぼそと呟いたハヤタは、そっと両目を閉じた。
今日、魔法を使った時のことが思い出される。
杖を持ってオードの歌に包まれたら、まるで熱でも出ているのかと思うほど顔が火照り出して、その熱が握った手の平から杖に移っていくのが分かった。杖を巡る火属性の魔力。スマホのバイブレーションが外向きにではなく内向きに起こっているような、明言しがたい手応え。それを鉄板の上に開放した時の、えも言われぬ心地よさ。
「魔法か……はまったらやばそうだな」
けど、仕事だ。
最後に自分にも聞こえないくらい小さい声で言い聞かせるように囁くと、その後のすべての声は寝息になった。




