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納得したジェスタはその後、いそいそと乗り気なリッコに様々なことを説明してくれた。
九月最後の金曜日。十一時からケイオンプロジェクトの初会合があること。
その会合が終わり次第、ケイオンプロジェクトの関係者が集められる新規開発棟に異動するとのこと。
まだ杖の試作品が出来上がっていないためテストはすぐには取りかかれないこと。
杖に関する資料は外国語ではあるが納品されているため、まずは翻訳アプリを頼りに資料の閲覧から入ってイメージをつかむように言われた。
「イメージならいくらでもつかんでいるけど、そうね。理解を深められるのはうれしいわ」
「リッコは西洋語は読めるか? まあ資料には古語が混ざっているらしいから、現代の西洋語だけ読めても意味ないかもしれないが」
「現代の簡単なのしか分かんないわ。アプリ任せと──後はその場のノリよね」
「……まあ、よしなにやってくれ。年末までには極東語版も届くそうだ」
「了解。それじゃまた明日ね」
ジェスタと別れるとリッコはひとりで通路を歩く道すがら、ぐっ。と拳を握ってそれを高々と突き上げ、そのポーズのままでくるくると回転を始めた。
浮かれている。
目に見えて浮かれている。
それは自分でも分かっていた。だから行き交う人から注がれる好奇の眼差しにも動じない。いや、それではダメなのだが。
やっと動きを止めて、ひたりと前を見つめる。ああ、冷静でいたいのに、どうしても頬が緩んで仕方ない。
両手で頬を押さえて困っていると、前方の曲がり角から見覚えのある赤銅色の髪の青年がやってきた。
「──ようリッコ。どうした? 歯でも痛いのか? その割に嬉しそうだが」
「な、何でもないのよ……えっと、確かハヤタ? だったわよね。ちょっとね、うれしいことがあっただけ」
「我慢しないで笑えば良いのに。まあ嫌なことがあった奴の目の前でにこにこするのは無作法だと思うが、今は大丈夫だぞ俺しかいないから」
辺りを見回して二人だけなのを確認すると、ハヤタは手招きして言った。
「そら、笑え笑え。そんで何があったんだ? 共有しろ」
「ありがとう。でもそれは言えないの! なぜなら今年度一番の最重要機密だから」
ふふふ。と腰に手をやり自慢げに胸を張ってそう返す。と、ハヤタが訳知り顔でうなずいてきた。
「ははあ、お前も明日の会合、呼ばれた口か」
「えー? なんだ、ハヤタも?」
「ああ。近来まれに見る面白そうな案件だな。まあ詳しい話は明日以降か。また存分に語り合おうぜ?」
「そうよね〜。あたしたちにしてみれば、『まるで映画を観てるみたい』よね? ふふ。うん。またねハヤタ。楽しみにしてるわ」
リッコはひらひらと手を振って本日の作業場へと進み始めた。
明日になれば色々変わる。だから今日は通常運転の最後の日だ。今日までの分の仕事をきっちり終わらせて、万全の態勢で臨みたい。
そのためにちょっとだけ残業してしまったが、リッコの帰宅時の顔は晴れやかだった。
* * *
杖が手に入るなら。と、今日もリッコは早起きして精霊召喚を試している。
相変わらず泣かず飛ばずだが、本物の杖が手元にくれば何かしら変わるだろうと楽天的な考えである。
食事の間、昨日と同じ番組を観ていたら星占いのコーナーになった。
そういえば昨日の占い当たったなぁと考えて少し集中して自分の占いを聞いた。すると本日はあまり良くないらしい。そこまで聞けば充分で、彼女は最後まで悪い占いに付き合うのは時間のムダだと判断し、席を立った。歯を磨きに洗面台に向かったリッコの背を追いかけるように、スマホが語りかけていた。
「──ラッキーパーソンは『先生』。あなたの知らないことを教えてくれる人を大事にすると良いでしょう」




