2-21
「──え?」
目を丸くしたリッコである。
差し出されたA4サイズの紙は確かに右下に署名欄がある。それを両手で受け取ってよくよく文面を確認した。一枚目の紙は機密保持の宣誓書だ。これはこれまでにも新製品を手がける際にサインしたことがあるから良いとして、二枚目がリッコにはよく分からない。
「これって、何?」
「平たく言うと、怪我とかしたら労災はおろすから、裁判を起こしたりはしないでほしいということだ」
「ケガ? 裁判!? 何か、そんな物騒な仕事なの?」
「使い方を間違えればだ。定められた作法の通りに行なえば心配は要らん」
「ふぅん……何だか気が抜けない感じ。でも、そうね。そのくらいが今のあたしにはちょうど良いかもしれないわ。分かった。サインする」
文字があまり上手じゃないことは自覚しているので、署名の際には人一倍ゆっくりと時間をかけて記入する。せめて自分の名前くらいはキレイに、というこだわりだ。
その間、手が空いているジェスタにリッコが問いかける。
「それで? テスト対象は何なの?」
「一枚目に書いてあった名称は読んだか? 開発のコードネームだが」
「ええ、『ケイオン』ってあったわね」
「……それは略称でな。元の名前は確か……『ケーリュケイオン』だったか」
「ケーリュケイオン!?」
手を止めて顔を上げた。聞き返すリッコの目が大きく見開かれる。その瞳に映し出されたジェスタは目を丸くして動きを止めていた。感心したような声音が返ってくる。
「それを聞けば、分かる者には分かると言われてたんだが。リッコは分かる派だったようだな」
「ねえちょっと待ってジェスタ! 本当に本当なの!? だってそれって──それって、ま」
「大きな声で言うな……! 今年度一番の最重要機密だぞ」
ジェスタに口をふさがれたリッコは、いつの間にか詰め寄っていた距離を元に戻して口を自由にすると、ひそめた声で改めて聞き直した。
「……ケーリュケイオンって言ったら、魔法の杖のことじゃない。それをこんな誓約書書かせるんなら、もちろん子どものおもちゃじゃないってことよね?」
「ああ。本物だ」
リッコはずっと見開いていた目からころころと涙を転がしてジェスタを驚かせる。
──つながった……
目を閉じると頬に感じる涙の量が一層多くなる。どうしたのかと問うてくるジェスタに対して首を振り、雫をたたえたまつ毛を上下させた。涙が徐々に引くのと入れ違いに、浮かべた笑みが深くなっていく。
「ごめんなさい。何でもないの……ただ、うれしかっただけ」
「危険物の取り扱いに涙まで流して嬉しがる人間もなかなかだと思うが。浮かれずに平常心で頼むぞ、業務中はな」
「はぁい。……ふふ、大丈夫よ。細心の注意を払うから」
──だってあれの危なさは、一番よく知っているもの。この国では他の誰よりも。
「それなら良い」




