2-17
「良かったんですか? 師匠」
「何が言いたいの。オード」
「リッコですよ。アレ、あの子の為でしょう? 完成も間近だったのに」
「それについては今は考えたくないわ……ねえ。お茶にしましょう?」
「……はい」
滴があふれる目元を人差し指の背で拭って淡く微笑むナナカ。
オードはナナカの分の紅茶の甘味を少し強めにして差し出す。
彼は既に三人分の紅茶を準備してしまった後だったので、今は不在の客用カップにも残りを注いだ。それを自分で飲むつもりだったが、ナナカが要求してきたので渡した。彼女は両手でリッコが飲むはずだったカップを受け取ると小声で呪文を呟いた。
「眠れ水面、映せ水鏡よ。彼の者の名はリッコ。我が──我が友なり」
最後に少し躊躇してから、リッコのことをそれでも『友』と形容した。水鏡に映ったリッコはバスの中で山道を下る景色をぼんやりと見ていた。涙はいまだに流れ続けている。それをハンカチで拭っているリッコの様子を長く直視するのには堪えず、ナナカはカップをオードの座っているほうへ押しやった。
「美味しいスコーンですね。ちょっと変則的ですが、ハニーバターはいかがです? 泣いて消費した塩分を補給したほうがいいでしょう」
「あら……そうね、そうしようかしら」
「座っててください。すぐに持ってきます」
「ありがとう……オード」
持ってきてもらったハチミツとバターを温めた後のスコーンに付けて紅茶を口に含む。やっぱりクロテッドクリームのほうが合うかしら? などと泣き笑いして、温かいため息をついた。もう何度目か分からない仕草で涙を拭ってぽそりと言う。
「あの子にも、オードみたいな相手がいると良いのだけど……」
「弟子はいないでしょう」
「そうじゃなくて。慰めてくれる人ってこと」
「はは。分かってますよ。──ええ。そうですね。願わくば」
ナナカが、先ほど自分で押しやったカップに再び両手を伸ばしていく。オードはそれを見ていち早くカップを取り上げ、冷めかけた紅茶を一息に飲み干した。
「あら……オード……」
「つらくなるだけですよ。おやめなさい」
そうね。そうね。
囁くように繰り返してから、ナナカは俯けた顔を両手の平で覆った。
そうね……うん。
「お風呂を沸かしましょう。ゆっくり温まってください」
「ふふっ。今日は随分、甘やかしてくれるのね」
「計算ずくです。これでおれのこと見直したら、言うこと聞いてくれるでしょうから」
「あら。何がお望み?」
「アレを完成させる、なんてどうでしょう。おれの杖は後で構いませんよ」
「アレを? どうして」
「いつかきっと必要になる。そんな予感がするんです」
「あら……そうなの……オードの予感は私より当たるものね。良いわ。最後まで手を抜かずに完成させる」
「ありがとうございます」
したり顔で笑った弟子を見て、ナナカは膨れっ面をしてみせた。




