2-16
「あら。珍しいこと言って。……何かしら」
リッコにならって表情を引き締めるナナカ。
リッコはウエストポーチから薄茶色の紙に包まれた直方体を取り出し、テーブルの上でそっとナナカへ向けて押しやった。
「これは?」
「三百万あるわ」
「……」
「お願い。これであたしに杖を売ってちょうだい」
うつむいてしまったナナカの表情をうかがい知ることはできなかった。リッコは頭を下げてもう一度言う。
「お願いよナナカ! あたし、どうしても杖が欲しいの!」
「……いって」
「──え?」
蚊の鳴くような小さい声でナナカが何か呟いた。よく聞こえなかったそれをリッコが聞き返すと、吊り上げた目元を赤くした魔法使いが厳しい口調で言い募ってきた。
「出て行って! 久しぶりに会えたのに、そんなもの持ってきて、よりによって言うことがそれ!?」
「ナナカ聞いて! あたし、ナナカみたいになりたくて……」
「私みたいですって? 大事なこと全然分かってないじゃない! そんな用事聞きたくなかった……。もう帰って! そして、もう二度と──二度と来ないで!」
「ナナカ!」
「帰って!!」
元住んでた家の玄関前に飛ばされたリッコである。一拍遅れて彼女の頭上に転送された三百万が頭頂部を叩いて転がった。ウエストポーチにその金を仕舞うとリッコは立ち上がりもう一度ナナカのところへ行くためトンネルのありかへ向かった。しかし、確かにトンネルがあったはずの場所には、今はもう長い下草が生えた雑木林があるばかりで、ナナカの家への入口はどこを探しても見つからなかった。リッコは呆然と立ち尽くして、しばらくの間、そこから動けずにいた。
「ナナカ……」
──もう会えないの? 二度と?
リッコは頬にかゆみを覚えた。触れてみると濡れていた。声もなく、ただこぼれていく涙。あごを伝って胸元へ落ちていく。
「いやよナナカ! ナナカ──!!」
声がかすれて何も言えなくなるまで魔法使いを呼んだ後、リッコはスマホのアラームで場を辞した。もう行かなければ、最終のバスに乗り遅れる。
数歩行ってからリッコは肩越しに振り向いた。先ほどのナナカと同じ、赤い目元のリッコが見つめる先に、求めるものは何ひとつなかった。




