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「そうね、私のこと──魔法を使えることを秘密にしてくれるなら、きっとまた会えるわ」
「内緒なの?」
「ええ。リッコの国では魔法が信じられていないから」
「……あたしも最初は信じてなかったわ。でもナナカが証明すればみんなも信じてくれると思う」
「あら、私、信じてほしいわけじゃないのよ。だからね、秘密にしていてちょうだい」
「うん……分かった」
「ありがとう」
もしも真剣な顔で秘密にしてとお願いされていたら、リッコは悩んだことだろう。しかしナナカはその時、笑っていたのだ。それはリッコの目には有無を言わさぬ迫力を感じさせた。もううなずくしか道は残っていなかった。
* * *
名残惜しそうにナナカの家の玄関のドアをくぐると、そこは自分の家の目の前だった。何も考えず門を開けてから、目を真ん丸くして後ろを振り向いた。目に映るはずだったナナカの──魔法使いの家のドアはそこにはなくて。いつも通りの並木道があるばかりだった。
「ああ! 良かったリッコ、帰ってきたなら早く入りな!」
すぐ側にあるリッコの家の玄関ドアが開いて、中から全体的にふくよかな中年女性が出てきて言った。
「今日はちょっと遅かったじゃない? 母ちゃん心配しちゃったよ」
「う、うん……ごめんね。なんか寝ちゃってて。遅くなった」
あまり気に病まないタイプの母親は、春は仕方ないね、などと言って手に持っていたお玉を振った。台所に向かうどっしりした背中を見送って、自分の家のドアをくぐる。もう玄関には父親の靴も並んでいて、最後になったリッコは鍵を閉めた。それが何となくひどく現実的な行為に思えて、さっきまでの非現実との対比が半端じゃない。その現実は更に度合いを増して、彼女の鼻を刺激した。ああ、今夜のおかずはクリームシチューか。好物の匂いを嗅いで、母を追いかける形で台所へ移動したリッコは厚みのある肩に手を置いて言った。
「いいにおい……」
「そうだろう? ほらほら、お皿テーブルに運んどくれ」
「はぁい」
魔法使いの家を出た時、リッコにもハーブの移り香が残っていたのだが、シチューの香りが勝って両親には気付かれずに済んでいた。
この出会い以降、リッコは頻繁に魔法使いの家を訪れるようになっていった。誰にも秘密の、魔法使いの友だちは、近所に民家がないリッコにとってとても大切な存在になったのだった。