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タックス(2)

華やかな宴の後、サラムたちはさっさと荷物をまとめて、その日の夜、アブ・シディクの屋敷から出て行った。侍従が彼らがいないことに気づいたのは翌日のことだった。侍従の報告を受けたアブ・シディクは急いで人を送って、彼らの行方を捜すように、と命じた。






「カリード・ハフィズさん」


市場で音楽を奏でているサラムに声をかけたのはアブ・シディクが送った人だった。彼の隣には剣を腰にぶら下げている傭兵らしき人がいる。サラムは興味ない様子で彼を見て、打楽器のダルブッカから手を引いた。


「なんだ?」

「どうして屋敷を抜けたのですか?」

「気に入らないからだ」


サラムはそう答えながら近くでパンを食べているジャンを見てから、再び視線をその人に戻した。


「気に入らないって・・?」

「我々は自由な旅芸人だ。国籍がないが、それでも俺たちは自分の芸に誇りを持って生きている」


サラムは鋭い目でその人を見ながら言った。


「と言いますと?」

「アブ・シディク様が俺の子どもを売ってくれ、と言った。それが気に入らないのだ」


サラムはそう言いながら立ち上がって、近くにいるジャンに手を伸ばした。ジャンは笑いながらそのままサラムに抱きついて、抱きかかえられたまま、パンを持った手を振った。





その日の夜、市場で音楽を披露した後、サラムたちは寝る準備をしている時に、町の警備隊員が彼らの宿を訪れた。


アブ・シディクの家に盗みが入ったらしい、と。


その話を聞いたサラムたちは当然否定した。けれど、警備隊員らが彼らの部屋に入ると、一人の警備隊員は金色の花瓶を見つけた、と大きな声で言った。


「証拠が出た以上、おまえらを逮捕しなければならない」

「だが、俺たちは・・」

「黙れ、この盗人め!」


警備隊員はサラムの頬を殴った。サラムが床に崩れ落ちると、ジャンは大きな声で泣いた。けれども、警備員らは気にせずに、サラムたちを連行した。泣いているジャンを手荒に引っ張ると、隊長らしき人はその警備隊員に注意した。


大事な「お子」だ、と。


「もう泣くな。もうすぐお父様に会わせてやるから」

「ん?」


ジャンは首を傾げた。


「おまえ、知らないんだろうな。かわいそうに」


その警備隊長は足早く止めた馬の上に向かった。


「おまえさ、小さい時に、市場で行方不明になったんだ。どう言うわけか、あいつらと一緒にいたのだから、迷子になってあいつらに拾われたか、・・または拉致されたか、これから調べれば分かるよ」

「でも、私の父さんはカリード・ハフィズなんだけど」

「あいつはおまえの父ちゃんなんかじゃねぇよ。どうみても、違うだろう」

「ん?そうなの?」


ジャンは首を傾げた。警備隊長はジャンを抱きかかえたまま、馬に乗って、走らせた。


「良いか?おまえの父親はアブ・シディク様だ」

「なんで?」

「それが事実だからだ」


警備隊長はそう言いながら馬を走らせている。ジャンはしばらく指をしゃぶりながら前を見ている。


サラムの言う通り、彼はこれから一人で行動しなければならない。警備隊がサラムたちを捕まえたけれど、殺せるとは思えない。


しかし、ジャンの手元にある武器はサラムがくれた短剣だけだった。アルキアから持って来た短剣はイブラヒムに取り上げられたからだ。イブラヒム自身はそれから別行動して、サラムたちと離れている。


毒も手元にない。


ジャンは考えながら、アブ・シディクの屋敷を見ている。馬が屋敷に到着すると、数名の男らが見えて、二人を中に案内した。


「お子様を無事に保護致しました」


警備隊長が言うと、アブ・シディクは大きな笑みを見せながら指をしゃぶっているジャンをそのまま警備隊長の手からもらい受ける。


「・・私の愛する息子よ。無事で何より!」


アブ・シディクが大きな声で言うと、ジャンは首を傾げた。


分かりやすい嘘だ。しかし、なぜ誰も気づいていないのか、とジャンは思った。けれど、彼は何も言わなかった。


結局、その夜、ジャンはエリネールの所へ。ジャンが見えると、彼女は嬉しそうにジャンを抱きしめた。アブ・シディクは満足そうな表情で喜んでいるエリネールを見ている。


「ひげのおじさんが言ったけど、私の本当の父親はアブ・シディク様?」


ジャンが聞くと、アブ・シディクはうなずいた。


「そうだ。これからは私のことをお父様と呼んで」

「お父様?」

「はい」


アブ・シディクはそう言いながらジャンを見ている。ジャンがあくびをすると、エリネールは軽やかに笑って、近くにいる侍女にジャンを寝かすように、と命じた。


「もう遅いから、今夜はゆっくりと寝なさい」

「はい、むにゃむにゃ」


ジャンが眠そうに返事すると、二人は笑っただけだった。


侍女が連れて行った部屋はエリネールの部屋からそう遠くなかった。侍女らはジャンをきれいに手と足を湯で拭いてから着替えさせた。そして眠そうなジャンを寝台に寝かした後、侍女らは静かに退室した。


もう誰もいない、と思ったジャンは身を起こして、寝台に座った。彼はしばらく考え込んだけれど、分からないまま時間が過ぎて行く。


「シャム様」


小さな声が聞こえると、ジャンは声がした方向へ向かった。


「イブラヒムさん?」

「はい」


ジャンが小さな声で言うと、窓の向こうから返事が聞こえてきた。


「お怪我は?」

「ありません」


ジャンは素直に答えた。


「父さんは?」

「問題ございません」


その声がまた聞こえた。


「ですが、これからはしばらくお一人で行動してください」

「分かりました」


ジャンはうなずいた。


「私は兎に集中すれば良いですよね?」

「はい、そうなさってください」

「でも、どうやって兎と会えますか?」

「それはシャム様がご自分で見つけ出してください」

「うむ、はい」


ジャンはうなずいた。


「イブラヒムさんはまた会えますよね?」


ジャンが言うと、返事がなかった。もうそこにいない、と状況を察したジャンはため息ついて、寝台に戻った。





あの日から数日間が経った。ジャンは新しい名前に与えられて、ジャウハリとなった。エリネールはジャンをとてもかわいがって、金でできたおもちゃをたくさん与えた。ジャンの乳母はエクティプルス出身の奴隷で、名前はアマニ。彼女はジャンにある程度の作法やマナーを日頃教えている。元々作法に慣れているジャンは異国の作法を慣れるのも簡単なことだ。


「ジャウハリ様はとても賢いお子でございますね。他のお子と違って・・」


ある日の夕方に、乳母のアマニがジャンを着替えさせている時に言った。ジャンは首を傾げて、分からないふりをした。


「他の子どもはいるのですか?」

「あっ、失言致しました!大変申し訳ありませんでした」


アマニが突然自分の言葉に気づいて、慌てて平伏した。ジャンはしゃがんで、アマニを見ている。


「誰にも言わないから、頭を上げて」


ジャンが優しく言うと、アマニは恐る恐ると頭を上げた。


「でも、さっきは話の途中でしょう?他の子どもがいるのですか?」


ジャンが聞くとアマニは周囲を見てから、うなずいた。


「前にもいらっしゃいましたが・・」


アマニが小さな声で言った。


「どこにいるのですか?」

「ここにはもういらっしゃいません」


アマニが息を呑んだ。


「みんなはもう大きいですか?」


ジャンが無邪気に聞くと、アマニは微笑んだ。


「エリネール様のご息子はもう大人でございます。今は宮殿で勤めております」

「じゃ、私のお兄様ですね」


ジャンが言うと、アマニは複雑にうなずいた。


「ジャウハリ様の他には、他の小さな子どもたちはいらっしゃいました」

「ふむふむ」

「が、彼らはほとんど神殿に・・」

「神殿?」


ジャンは首を傾げた。


「神殿で、何をするのですか?」

「存じません」


ジャンの質問にアマニは首を振った。


「ですが、お子様たちは神殿に行ったきり、誰も戻ってきませんでした」

「ふむ」


ジャンは考え込んだ。と言うことは、自分が次の「いけにえ」かもしれない、とジャンは思った。


「でも、この前、お父様は女の子を探しに港へお出かけになったけど・・」

「はい。ほとんどのお子は女の子でございます。男の子はジャウハリ様が初めてでございます」

「ふむ。それで良いのですか?」

「私どもは・・」


アマニは首を振って、正直に答えた。


「でも、そうなると、私のお父様はやはりアブ・シディク様ではありませんよね」

「・・・」


アマニは自分の失態に気づいた。これはシディク家の秘密だ。ただの奴隷である彼女はこのような秘密を言ったら、大変だ。誰かに知られたら、間違いなく、首が飛ぶだろう。彼女はすぐさままた平伏した。


「心配しないでください」


ジャンはまたアマニを起こした。


「いろいろ教えてくださって、ありがとうございました」

「ジャウハリ様・・」

「じゃ、もう遅いから、私が寝ないと、怪しまれます」

「・・はい」


アマニはうなずいた。そして彼女はジャンが使った服を片付いて、そのまま外へ出て行った。


「ふむ」


ジャンはため息ついた。これからどうするか、と彼は考え込んだ。まともな武器がなく、毒もない。素手で戦ったら、勝ち目はないだろう、とジャンは思った。まだ小さい彼はまともに大人と戦ったら、無理がある。かと言って、サラムがくれた短剣は小さくて、明らかに子供用だ。


タックスでは、男の子は必ず短剣を身につけている。なので、ジャンが小さな短剣を持っても、誰も怪しいと思う人がいない。


「シャム様」


聞き慣れた声が聞こえると、ジャンは嬉しそうに寝台から降りた。


「イブラヒムさん?」

「はい」


ジャンが小さな声で尋ねると、壁の向こうから小さな声が聞こえた。


「この前、申し訳ありませんでした」

「ううん、問題ありません」


ジャンはうなずいた。


「・・ただ、寂しかっただけです」

「そうでございますか」


優しそうな声が聞こえてきた。


「シャム様」


しばらくすると、また声が聞こえてきた。


「はい」


ジャンは思わずうなずいた。


「もっと慎重に行動してください」

「ん?」

「乳母でも、信じてはなりません。ここは敵陣でございます。もしかすると、彼女はわざと何も知らない奴隷として演じて、シャム様のことを調べているかもしれません」

「うむ、どうしよう・・、気づきませんでした。ごめんなさい」


ジャンは素直に謝った。


「あの者は私にお任せください」

「はい、お願いします」


ジャンはうなずいた。


「シャム様」

「はい」

「明日、アブ・シディクはシャム様を神殿に連れて行きます」

「うむ、もう?」

「はい。状況は良くありませんから、神殿の方から本日知らせがございました」

「ふむふむ」


ジャンはうなずいた。


「でも、武器はないけど」

「カリード様から短剣を頂いた、と伺っておりますが?」

「あの小さな短剣で良いの?」

「それで十分でございます」

「えっ?でも・・」

「シー」


ジャンが反論すると、突然イブラヒムからの合図が聞こえた。その後、しばらく静かになった。恐らくそこにイブラヒムはもういないだろう、とジャンは思った。


イブラヒムがサラムからもらった短剣で良いと言ったので、ジャンは机に置いてあった短剣を手にして、抜いた。


その短剣をアブ・シディクも抜いた、とジャンは思った。見た目は普通の安っぽい武器だ。造りが良いとは言えないレベルで、明らかに子ども向けの市販の物だ、とジャンは思った。


カッチャ


ジャンは短剣の刃を触れると、おかしな音がした。よく見えないために、その短剣を近くに持っていくと、ジャンは瞬いた。


この短剣はただの短剣ではなかった。


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