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ウルダ(55)

部屋に戻ったジャンはしばらくおとなしくしていた。


というよりか、すぐに眠ってしまうほど、とても疲れている様子だった、とザカリアは様子を見に来たザイドに報告した。ザイドはうなずいて、ぐっすりと眠っているジャンの頭をなでてから、外へ出て行った。


夜中になると、サラムはジャンの部屋に訪問した。彼はジャンの寝台に座りながら、ザカリアの報告を聞いて、うなずいて、ジャンの鼻をつまんだ。


「うーん」


気配を感じたジャンが目を覚ますと、目の前にいるのはサラムだった。ジャンは瞬いて、目を擦った。


「あれ? サラム兄さん?」

「そうだよ」


サラムは優しくジャンを抱きかかえて、自分の膝の上に座らせた。


「サラム兄さん、怪我はありませんか?」

「俺なら大丈夫だよ」


サラムは優しい声で答えた。その様子を見たザカリアは緊張して、息を呑んだ。


サラムは、優しい声をするときに、その人を殺す、という意味だったからだ。


「ジャンは?」

「怪我はありません」


ジャンはまたあくびしながら答えた。


「でもおなかがすいたのです」


ジャンの答えを聞いたサラムは笑って、ザカリアに食事を頼んだ。ザカリアはうなずいて、すぐさま外にいる衛兵に言った。


「ジャン様、お水をどうぞ」


戻って来たザカリアはすぐさま近くにある瓶の中身を注いで、ジャンに差し出した。けれど、サラムは先にそのグラスを受け取って、中身を飲んだ。そしてそのグラスをジャンに渡した。


「ザカリアさんに兄さんのグラスを頼めば良いのに」

「ははは、気にするな」


サラムは笑いながらゴクンゴクンと水を飲んでいるジャンを見ている。


しばらくすると、衛兵と使用人たちが入って、数々のご馳走を持って来た。それらのご馳走が並べられると、サラムはジャンを抱きかかえながら机に向かった。ザカリアが丁寧に毒味役をしてから、二人は座って、食べ始めた。


「サラム兄さんも食べていませんでしたか?」

「まだだよ。俺も帰ってきたばかりなんだから」


サラムが言うと、ジャンは驚いた。


「じゃ、兄さんはとてもおなかが空いたでしょう?この肉も、卵も、全部食べて下さい」

「ははは、そんなにたくさん食べられないよ」


サラムは笑って、ジャンが差し出した肉を断って、再びジャンのお皿に返した。


「じゃ、半分こにしましょう」


ジャンはそう言いながら机にあるナイフとフォークで肉を二つに分けて、その半分をサラムのお皿に載せた。サラムは笑って、うなずいた。


「俺に心配しなくても良いのに」

「それはできません」


ジャンは首を振った。


「どうして?」


サラムは聞いた。


「だって、大事なお兄さんですから」


ジャンが言うと、サラムの手が止まった。そして彼は微笑んで、ジャンのほっぺを触れた。


「きみも俺の大事な弟だから」


サラムはまっすぐに言った。


「きみは俺の弱点かもしれないな」

「ん?」

「気にするな。食え」

「はい!」


ジャンの答えを聞いたサラムはただ笑って、食事を続けた。





あの日から、サラムは頻繁にジャンの部屋に訪問している。仕事に出かけていない日は、ほとんどジャンの部屋にいた。武器の話をしたり、いろいろな話をしたり、そしてただの昼寝をするためだけでもした。時に、サラムはジャンを連れて、市場に行ったり、オアシスに行ったりした。


時に、二人は馬に乗って、矢や鉄砲の練習をした。その様子を見守ったザイドは思った。恐らく自分の子どもたちの中から、サラムは一番ジャンに近いだろう。そして鉄砲技術も、かなり高くなった。何よりも、ジャヒールたちがマグラフ村にいない間、ジャンの寂しさを埋めてくれたのもサラムだった。サラム自身も、ジャンと仲良くしてから、とても穏やかになった。


ザイドにとって、そのことは良かった。願い通り、ジャンの安全と落ち着いたサラム、両方うまくいった。サラムは、自分の子どもたちの中から、一番落ち着かない子どもだったからだ。成人になってから、彼の働きによって、「首切りサラム」というあだ名さえ呼ばれるようになったのもそのためだった。


敵にも、味方にも、恐れられる人だ。


けれど、その人は今、小さなジャンを優しく接触している。まるで割れ物のように、とても大事にしている。


「サラム様がお見えになりました」


一人の部下が知らせに来た。ザイドはうなずいて、通すように、と命じた。


「呼びましたか、父さん?」

「ああ」


ザイドは人払いの合図を命じると、彼の部下たちは外へ出て行った。


「タックスの情報は集まった。ジャンを殺せと命じたのはこの人だ」


ザイドは引き出しから一枚の絵を取り出した。


「アルムード・ザーアフ・アミン大佐か」

「そうだ」


サラムが絵に描かれている人の名前を言うと、ザイドはうなずいた。


「だが、恐らく彼の周囲と上もこのことを知っている」

「ふむ」


サラムは考え込んだ。と言うことは、タックス軍は鉄砲の存在を知っている。遅かれ早かれ、彼らもまた鉄砲を身につけて、攻めてくるだろう。


「この村に城壁がないのが欠点ですね」

「私もそう思う」


サラムが言うと、ザイドはうなずいた。


「だが、城壁を作るには莫大な費用が必要だ。それに、城壁はすぐにできる物ではない」

「ふむ」

「そこで、私は考えたが・・」


ザイドはしばらく考えてから、サラムを見ている。


「きみとジャン、二人で彼を殺しに行けばどうかな、と思ったりしてね」

「・・・」


サラムは瞬いた。


「本気ですか、父さん?」

「もちろん、本気だよ」


ザイドは顔色を変えずに言った。


「二人が一つのチームで、力を合わせて、そのアルムード・ザーアフ・アミン大佐という人を殺す。できれば、音を立てずに、殺してもらいたい」

「ジャンはまだ4歳です。彼はこの任務をさせることがまだ早い!」

「きみは忘れたのか?我々は二年後、ジャンを暗殺者として送り出さなければならないんだよ?」


ザイドの言葉を聞いたサラムは瞬いた。


「ジャンは小さくて、かわいい。そのぐらいは、私だって分かっている。正直に言うと、彼をアルキアに帰らしたくない。が、それが無理な話だ」

「はい」


サラムはうなずいた。その通りだ、と彼は思った。ジャンは、何があっても、絶対にアルキアへ帰る。


「それに、暗殺者を暗殺するために暗殺者を送った以上、彼はその代償を払わなければならない」

「はい」


サラムはうなずいた。確かにそうだった。ジャンはタレーク家の一人だ。よって、タレーク家の報復を覚悟しなければならない。


その情報はきっと生き残った敵から得た情報だろう、とサラムは思った。


「ジャンは、この任務を果たせると思いますか?」

「彼に一番近いきみなら、その答えは分かるはずだ」


ザイドの言葉を聞いたサラムはザイドをまっすぐに見つめている。


「期間はどのぐらいですか?」

「できれば小頭たちがここに戻る前に終わらせてくれ」

「分かりました」


サラムはうなずいた。


「武器や必要な道具など、任せる。その他の人材は、サラム班だけでやってくれ。ジャンの毒、瞳の補充はこれだ」


ザイドは引き出しから瓶を取り出して、机に置いた。サラムはうなずいて、その毒瓶を受け取った。


「エフラド家の子どもたちは、今週中に帰る。きみはジャンと一緒に彼らを無事にオグラット村へ送ってから行動してくれ」

「分かりました」


サラムはうなずいた。彼は頭を下げてから、外へ出て行った。





数日後、サラムたちはマグラフ村を発った。ジャンは久しぶりにイブラヒムに会って、とても嬉しそうに笑った。イブラヒムはあの事件以来、ジャンの護衛から外されて、サラム班に移動された。


子どもたちは多く喋らなかった。けれど、彼らのしっかりとジャンの行動を観察していた。祖父の言う通り、この4歳の「従兄弟」はただ者ではない、と彼らは思った。年齢は彼らよりも下なのに、剣の腕も、鉄砲の腕も、そして語学、カードゲーム、絵など、ずっと上だ。実に言うと、もっと彼と一緒に過ごしたい、と彼らは思った。けれど、マグラフ村は今が大変だ。先月の奇襲によって、数々の建物が壊されてしまった。なので、彼らを受け入れるには難しい、ということで、タレーク家からお詫びの手紙を添えて、彼らを帰した。状況が改善したらまた来てください、と別れる前にタレーク家の当主であるザイドは言った。


四日間の旅を終えると、彼らはオグラット村に到着した。一行がエフラド家の当主のサビル・エフラドに迎えられて、屋敷に招かれた。


以前泊まった場所とは別の建物だった、とジャンは思った。サビルは愛しそうにジャンを抱きかかえて、ジャンのほっぺを口づけした。ジャンは笑って、挨拶した。


サビルはサラムからタレーク家からの手紙を受け取って、うなずきながら事情を理解した。お詫びの品として、子どもたちが使った鉄砲5丁と弾50個が送られることになった。


「確かに受け取った」


サビルは手紙を読んで、うなずいた。


「タックス軍は本気でウルダを攻めているようだね」

「そのようです」


サビルが言うと、サラムはうなずいた。


「西では、干ばつが広がっているらしい」

「どのぐらいひどいか、分かりますか?」

「ナガレフ村のオアシスが枯れている、という話は聞いている」


サビルは深刻な顔で答えた。


「ナガレフ村はどうなりましたか?」

「さぁ・・」


サラムが聞くと、サビルは首を振った。


「一応、王に連絡が入ったらしいが、どうなったか、分からない」

「ふむ」

「が、念のため、オグラット村は戦力を維持して、ここから離れないようにしている。マグラフ村の後は、恐らくこちらが狙われるだろう」


サビルが言うと、サラムはうなずいた。


「マグラフ村が攻撃された時期は、ちょうど村が二手に分かれた時だった。鉄砲隊と女性らの抵抗がなければ、多分そこまで持たなかったかもしれません」

「敵はそれほど多かったか?」

「はい、全部四千人の騎馬隊でした」


サラムはうなずいた。


「で、女性らの抵抗とは?」

「言葉通り、村に残った女性らが弓矢で敵を攻撃しました」

「ほう?」

「ジャンのおかげで、マグラフ村の女性らは最近弓矢を練習し始めたんです。それで、襲って来たタックス軍に向かって、矢を射ることで、敵がかなり混乱しました」

「なるほど・・。女性か・・」

「ジャンのお母さんのようにね」


サラムが言うと、サビルは向こうでエフラド家の子どもたちと甘い物をつまんでいるジャンを見ている。


「彼の母親は、武器を持って、敵と戦っているのか?」

「戦っているかどうか分からないが、彼女は凄腕の鉄砲の使い手だ、とジャンから聞きました」


サラムが言うと、サビルは考え込んだ。これからの時代は、男性だけに戦わせたら、負けてしまう可能性がある、ということだ。


「鉄砲か・・」


やはり必要だ、とサビルは思った。


「後ほど、夕飯に詳しい話を聞かせてください。今は少し休んで下さい。ジャンは疲れているだろう」

「ははは、そうですかね?」


サラムは笑って、うなずいた。疲れていると言われても、ジャンは子どもたちと一緒に笑って踊っている様子だったからだ。そう気づいたサビルも笑った。


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