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ウルダ(52)

今日はウマルの7歳の誕生日だ。タレーク家の伝統により、これからウマルは家庭教師で学ぶことになった。


「アスワジ先生に弟子入りするのは来年です」


ウマルは干し葡萄を食べながら言った。他の子どもたちは彼を見て、干し葡萄をつまんでいる。


「オグラット村でも同じです」


一人の子どもが言うと、ウマルは彼に耳を傾けた。


「僕の先生はアスワン先生というんだ。弟も同じアスワン先生に弟子入りしている」

「僕はガマル先生の弟子で、従兄弟はアシャル先生」


彼らは次々と自分の先生の名前を言うと、ウマルとジャンはうなずいた。


「ジャンさんは?」


一人が聞くと、ジャンは微笑んだ。


「ジャヒール先生です」

「ジャヒール先生は10歳以上の弟子しか取らない人だ」


ジャンが言うと、サルマンは説明を足した。


「ジャンさんはまだ4歳なのに」

「うん」


サルマンはうなずいた。その言葉を言った人はエフラド家から来た子どもたちの中で一番年上の子どもで、今年は10歳になるらしい。


「でも、叔父さんが4歳でも、いろいろなところで戦いに行ったよ」

「へぇ」


サルマンが自慢しげに言うと、子どもたちは驚いた。


「だから毒にかかったの?」

「はい」


一人の子どもが聞くと、ジャンは素直にうなずいた。


「相手は暗殺者だって」

「へぇ」

「でも、ジャン叔父さんはその暗殺者を殺した」

「えっ!」


全員の視線がジャンに向けられると、ジャンは首を傾げた。


「あの人は悪い人だから、仕方なく、殺しました」


ジャンが言うと、彼らは無言で瞬いただけだった。


それは大変なことだ、といくら子どもでもそのことは理解している。殺す人にとっても、殺される人にとっても、譲れない覚悟があったはずだ。壮絶な戦いだろう、と彼らは思った。


自分よりも若いこの子どもは、もうすでに人を殺した。ただ技が素晴らしいだけではなく、本当にその技を生かして、実際に戦っている。子どもたちの視線が変わった。尊敬した目だ、とザカリアは気づいた。


暗殺者として育てられている子どもたちは、その未来の姿が短く感じる瞬間だった。





休憩の後、彼らは一所懸命に料理を習った。今日はパン作りだ。ジャンを含めて、子どもたちが一所懸命にパン生地をこねた。その作業を終えると、生地を寝かしている間に、かまどに火を入れる作業だ。これもまた苦労だ、と先生は思わず苦笑いした。煙で咳き込んだ子どももいて、大騒ぎだ。けれど、なんとかパンが焼けた。少し焦げたけれど、もうすでにおなかが空いた子どもたちは美味しくパンを食べた。


そんな生活はしばらく続いた。ザイドの言葉通り、ジャンは寂しく思う時間がないぐらい、忙しい。


けれど、ジャンの顔がとても清々しい。彼の笑い声が良く聞こえるようになった。女性たちも彼を優しくしている。タレーク家の女性たちだけではなく、外にいる女性たちもジャンをかわいがっている、と報告を聞いたザイドは安堵の笑みで窓の外を見ている。


「失礼致します」


マアズが部屋の中に入ると、ザイドはうなずいて、再び椅子に座った。


「緊急のお知らせでございます」


マアズが言うと、ザイドはうなずいた。


「ナガレフ村が再びタックスに落ちました」

「やはりか」


ザイドはため息ついた。


「それで、敵は今何処に?」

「こちらへ向かっております」

「お頭は?」

「ただいまサフィード様と会談をなさっております」


ザイドは立ち上がった。


「敵の数は?」

「かなり多いという報告でございます。恐らくお昼前に到着する、と予測されます」

「それはまずい。早すぎる」


ザイドは考え込んだ。


「ここにいる戦力、第一部隊と第二部隊は村の周辺に置く。第四部隊は屋敷周辺に置く。小頭は分家の村で守りを固めよう、と連絡してくれ」

「かしこまりました」

「ザアード班に西の分家に行くようにと緊急連絡を送りなさい。彼は西にいるはずだから。サラム班は可能なら村へ戻るように、不可能ならそのままで良い、と」

「かしこまりました」

「緊急連絡の鳥の使用は許可する」


ザイドはそう指示しながら、急いで外へ出て、足早くジェナルの所へ向かった。


「なんか騒がしいですね」


ジャンが部隊の移動に気づいて、近くにいるサルマンに聞いた。女性たちは練習をやめて、周囲を見ている。状況を確認したザイナブの侍女が走って、すぐさま主人に報告した。


「この村が攻撃されているようです」


ザイナブが言うと、女性らが不安な顔で彼女を見ている。


「全員本家に行きましょう。その方が護衛する人が楽になるでしょう」


サイナが言うと、タレーク家にいる女性たちはうなずいた。彼女たちは武器を片付けて、急いでサイナと一緒に本家へ向かった。ジャンは子どもたちと一緒に自分の部屋につれて行った。


「しばらくここにいて」


ジャンは部屋の中に置いた投げナイフと毒瓶をポーチ入れて、ベルトに付けた。


「ザカリアさんは武器を身につけてください」

「当主様のご命令がなければ、できません」

「私が許可します。今すぐ武器を取りに行ってください」


ジャンは外を見てから、ザカリアに言った。


「敵があと数時間もかからず、まっすぐにこちらへ来ると思います」

「どうしてそうだと分かりますか?」

「ん・・、風?」


ジャンが何もない砂漠を見つめながら言うと、ザカリアは息を呑んだ。


「風、でございますか?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「向こうから、とても熱い風が吹いている。ここからでも分かるほど、とても熱いです」

「南の方向から?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「多分敵が南から来ると思います」


ジャンは再び部屋の中にあるシャムシールを抜いて、確認した。


「だから早く武器を取りに行ってください。私の許可だ、と護衛の方に言ってください。衛兵にも、敵がもうすぐ来ることを伝えてください」

「かしこまりました」


ザカリアが頭を下げてから、急いで外へ出て行った。ジャンはシャムシールを背中に付けてから短剣を腰に付け直して、鉄砲を点検して、持っている弾を確認した。


「あの・・」


一人のエフラド家から来た子どもがジャンに声をかけた。


「はい」

「そんなに装備をして、これから、その、戦うの?」

「必要なら、そうします」


ジャンはうなずいた。


「怖くないの?」


彼が聞くと、ジャンは首を傾げた。


「どうして?」

「だって、戦うんでしょう?」

「はい」


ジャンはうなずいた。自分よりも大きな子どもを見上げて、また首を傾げた。


「昔、私はお祖父様から聞かされました。自分自身と自分の家族、そして愛する人々のために、敵に襲われた時に、戦わないとダメです、って」

「でも、死ぬかもしれませんよ?」

「死んだら、それで終わります。でも、怖くて隠れて死ぬよりも、敵を一人も多く連れて死んだ方が良い、とお祖父様は仰いました」

「えっ?」

「だって、その方が寂しくないから」

「・・・」

「あ、でも無理はしないでください。あなたが怖いなら、隠れてください」


ジャンは微笑んだ。そして扉から入って来たザカリアを見て、うなずいた。ザカリアの腰に剣がぶら下がっている。


「でも・・」

「私は守りますから、大丈夫です。命に代えても、あなたを死なせません」


ジャンの言葉を聞いた彼は瞬いた。自分よりも小さい子どもにそこまで言われたら、彼のプライドはどこかで許さなかった。先ほどまで泣いている子どもたちも立ち上がって、ジャンに近づいた。


「敵を弓で撃つぐらいなら、できます」


彼が言うと、他の子どももうなずいた。


「なら一緒に行きましょう!んー、そうだね、これから女性たちの所へ行きましょう。護衛はその方が楽ですし・・」


ジャンが窓を閉めて、外へ出て行くと、彼らも急いでジャンに付いて行った。ザカリアの案内で彼らは女性たちがいるサイナの所まで辿り着いた。ジャンたちが見えて来ると、サルマンたちが嬉しそうにジャンを迎えに来た。サイナの許可を得たザカリアは、ジャンと一緒にベランダへ向かった。ウマルの兄、エマル・ザニフがもうすでにベランダにいる。ベランダからだと、外の様子がよく見えた。


「本当に敵が来るの?」


エマルが聞くと、ジャンはうなずいた。


「南から大部隊が来ると思います」

「どうして分かる?」

「ん・・、先ほどよりも、熱くなりましたから」

「何が?」

「空気が」


ジャンは素直に言った。


「空の様子を見れば、少し分かると思います」


ジャンが示した方向へ見ると、確かに砂煙が上がっている。


「最近雨が降らないから、とても乾いています。だから大部隊が来るとなると、砂煙が上がったんです」

「そう?」


エマルとザカリアが空を見つめている。良く分からないけど、そうかもしれない、とエマルは思った。


「父さんは今お頭のところに行ったの?」


サイナが突然現れると、ジャンはうなずいた。ザカリアは頭を下げてから、視線を逸らして外へ見ている。


「父さんは、敵が南から来るということは知っているの?」

「多分」


ジャンが言うと、ザカリアはうなずいた。すでに情報が衛兵らに伝えている、とザカリアは言った。


「なら、しばらくここにいれば良いわ。何か食べたい物がある?」


サイナが聞くと、エマルとウマルは首を振った。けれど、ジャンは笑いながら、甘い物が欲しい、と答えた。そんな答えを聞いたサイナは微笑んで、ウマルを連れて再び部屋の中に入った。


「叔父さんは平気なのか?」

「ん?」

「戦う前に甘い物を食べるなんて・・」

「ん・・」


エマルの言葉を聞いたジャンは少し考え込んだ。


「昼ご飯もまだですから、食べないとおなかが空いたでしょう?」

「へ?」

「ご飯を食べないと、(いくさ)ができない、ということは聞いたことがありませんか?」


ジャンが言うと、エマルは首を傾げた。その会話を聞いたザカリアも思わず微笑んだ。


「あの、叔父さん」


サルマンは一皿の甘いお菓子を持って、ベランダに来た。


「お菓子だけで良いですか?」

「とりあえず、これで良いと思います。皆の分はありますか?」

「はい」


サルマンはうなずいた。


「じゃ、少し頂きます。エマルさんとザカリアさんも食べてください」


ジャンが言うと、エマルはうなずいて、甘いお菓子を取った。ザカリアは丁寧に断って、ずっと外を見つめている。


「サルマンさんも食べて」

「良いですか?」

「もちろんです」


ジャンはそう言いながら砂漠の方へ見ている。


「エフラド家の家臣はどうなっていますか?」

「外で待機している、って」

「分かった」


ジャンはうなずいた。


「サルマンさん」

「はい」

「このお菓子は美味しい」

「あ、それはお母さんの手作りです」

「そうなんだ」


ジャンはにっこりと微笑んで、もうお菓子をもう一つ取った。


「ありがとう、と伝えてください」

「はい」


サルマンはうなずいた。ジャンはお菓子を食べてまた砂漠を見ている。


「ここにいるのか?」


ザイドの声が聞こえると、ジャンは振り向いて、うなずいた。


「はい、護衛の数もあまり多くないので、その方が良い、と思います。敵が南から来ると思いますから、この辺りなら状況が分かりやすいと思います。他の方向からくる敵はタレーク軍とサフィード兄さんに任せても良いかな、と思っています」


ジャンが言うと、ザイドは微笑んだ。なるほど、とザイドは思った。


「ジャン・タレーク」

「はい」


ザイドが言うと、ジャンはビシッと立っている。手にはまだ食べかけのお菓子をにぎっている。


「ここの防衛を任せる。ザカリアと外にいる護衛らにもちゃんと話し合って、守りを固めなさい」

「はい」

「鉄砲の弾はここに置いた。予備の鉄砲も4丁ほど、置いておく。大切に使いなさい」

「ありがとうございます」


ジャンはうなずいた。ザイドは微笑んで、ザカリアにうなずいてから、そのまま再び部屋の中に入って、外へ出て行った。


「うーん」


ジャンは食べかけのお菓子を再び口に入れて、考え込んだ。


「ザカリアさん」

「はい」

「父さんはどの辺りを守っていますか?」

「存じ上げておりません」


ザカリアはそう答えた。


「うーん、私はここだけを守れば良いよね?」

「はい」


ザカリアは微笑んで、うなずいた。今までいないほど、頼もしい4歳児だ、とザカリアは思った。


イブラヒムの言った通りだ。命にかけても、守りたい人だ、と。


「そろそろ来たかな」

「はい」

「ザカリアさんも、鉄砲の訓練を受けましたよね?」

「もちろんでございます」

「だったら、念のため、鉄砲を持ってください。ナイフをちゃんと装着されている鉄砲を選んでください」

「かしこまりました」


ジャンが言うと、ザカリアはうなずいた。


「サルマンさん、お菓子、ありがとうございます」


ジャンはにっこりと微笑んだ。


「中に入って、お母さんをしっかりと守ってください」

「はい」


サルマンはうなずいて、ジャンを見ている。


「叔父さん、気を付けてね」

「もちろんです」


ジャンが言うと、サルマンはすぐさま中に入った。代わりにエフラド家の二人が外へ出て行った。彼らは9歳と8歳の子どもで、弓矢を持ってきた。その一人は、先ほどジャンに「戦いが怖い」と言った人だ。


「外に出ても大丈夫ですか?」


ジャンが聞くと、彼はうなずいた。


「大丈夫だ」

「分かりました」


ジャンは短く答えて、ベランダにある鉢上木を上って、鉄砲を構えている。


「エマルさん」

「はい」

「私のために、弾を準備してくださいませんか?5個ずつ、お願いします」

「はい」


エマルはザイドが持って来た箱を開けると、中身は弾がびっしり入っている。


「タックス軍が見えました。撃ちます」


ジャンが言うと、全員静かになった。引き金を引くと、タックス軍の服をしている人が急に馬から倒れた。


頭に命中した、とザカリアは息を呑んだ。矢にも届かない距離なのに、弾が届いた。その様子を見た二人のエフラド家の子どもたちも固まった。けれど、ジャンはためらわなかった。次々と敵を撃った後、次々とエマルに弾を要求した。エマルも次から次と弾を準備して、床に落ちている薬莢を別の袋に集めている。弓矢を持っている子どももしゃがんで、エマルを手伝っている。ザカリアは周囲を見渡すと、屋根の上からタレーク軍が鉄砲を構えて、敵を向かい撃っている。


「ザカリアさん」

「はい」

「可能なら、あそこにいるタレーク家部隊の人に、私の前に立たないようにして欲しい。弾が当たってしまうからです」

「分かりました」


ジャンが言うと、ザカリアは口笛で合図を出した。すると、彼らが場所を移動していく。


「すごいです」

「恐れ入ります」


ザカリアは微笑んで、そして周囲を見渡した。それにしても、敵の数が多い、とザカリアは思った。そして敵が馬で突っ込んで来る奴らだけじゃないはずだ。暗殺部隊もきっと混ざっている。


今のタックス軍にとって、最も邪魔なのはタレーク家のジャンだ。だから、敵が必ずここに目指しているだろう。マフムーンの楽器屋店主がタックスに漏らした情報なら、そうなるはずだ。だから用心しなければならない、とザカリアはまた周囲を見渡している。

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