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ウルダ(50)

本日はジャヒールの結婚式だ。


知らせを受けたジャンはびっくりして、瞬いただけだった。ずっと屋敷にいるから、外のことが良く分からないことも事実だ。そもそもザイドは過保護になるぐらいで、外で起きた余計なことをジャンの耳へ来ないように情報制限した。


「え?じゃ、行っても良いですか?」

「良いよ」


ザイドは微笑みながらうなずいた。


「だが、ザカリアを連れて行きなさい」

「え?」


ザカリアはイブラヒムの代わりにジャンの護衛官だ。ジャンの護衛に失敗したイブラヒムは今サラム班に配属されている。


「今日は泊まれないのですか?」

「きみはまだ治療中だよ?」

「あ、はい」

「だから、昼間は行っても良いが、向こうで夕飯を食べた後、素直に帰りなさい。毒の治療を中断してしまうと、きみの内蔵が壊れて、また血を吐いてしまう。だから、きちんと治るまで我慢しなさい」

「分かりました」


ジャンはうなずいた。


「ちなみに、来週、村が引っ越すが、きみは彼らと行くことができない、と判断した」

「・・・」

「これは仕方ないことだ。先ほども言ったように、毒の治療を中断してはいけない」

「はい」


ジャンはがっかりした様子で返事した。


「その代わりだが、オグラット村のエフラド家から20名の子どもたちが見えてね、きみの弟子にしよう」

「え?20名も?」

「そうだ」


ザイドは微笑みながらうなずいた。


「彼らは来週あたりに来るだろう。そうすれば、寂しがる暇はないだろう」


ザイドが言うと、ジャンは思わずうなずいた。それにしても、オグラット村から20名も送ったサビル・エフラドはあれからジャンの前に来なくなった。ザイドの話からだと、すでにオグラット村へ帰ったらしい。


「彼らは、語学を学びにくるのですか?」

「そうだ。後は、鉄砲の訓練も、カード遊びの訓練も、そして武器の訓練もしてくれ、と」

「えっ」

「忙しくなるだろう」

「確かに・・、でも、エフラド家だって、優れた先生もいるでしょう?」

「いるはいるが、今回のことで、特別配慮ということだ。それに、サビル・エフラドは無償できみの治療を請け負った。代わりに、彼の孫たちをきみに修業させるように、という約束を交わした」


ザイドは微笑みながら言った。エクレ花の解毒剤なら安いけれど、サソリの毒とアルシ種の粉末の毒を取り除くには高額な解毒が必要だ。その中で一番高いのはアルシ種の解毒剤の材料、アフリザ族のハーブ入りの特製蜂蜜だった。薬として知られたその蜂蜜こそ、アルシ種の粉末に効く、と医者は言った。けれど、海の向こうから取り寄せているから、時間がかかるだけではなく、値段も高くなる。サビル・エフラドは、そのような貴重な蜂蜜を壺10個もタレーク家に送った。


「分かりました」


ジャンはうなずいた。自分のためにやってくれたからには、感謝と敬意をしなければならない、とジャンは理解している。


「では、これから先生のところに行きます。夕方には帰って来ます」

「行っていらっしゃい」


ザイドは微笑みながら言った。自分がもう少ししてから行く、とザイドが言うと、ジャンはうなずいた。





ジャンはザカリアと一緒にジャヒールのテントに向かった。午前中ではほとんどジャザル家で式と披露宴が行われるから、ジャヒールのテント周辺にはあまり人が多くなかった。ほとんど留守番役のアミールたちと数名の村人だけだ。ジャンが見えて来ると、サバッダが嬉しそうにジャンを抱きかかえて、テントへ向かった。


「元気か? 具合はどう?」


アミールが聞くと、ジャンはうなずいた。


「少し良くなりました」

「それは良かった」


アミールが言うと、アブとサマンは嬉しそうにジャンを見ている。


「来週辺りに村が引っ越すんだけど、ジャンも来る?」

「ごめんなさい」


サマンが聞くと、ジャンは残念そうに首を振った。


「治療は中断できない、と父さんに言われました。だから、今回は一緒に行けない、と思います」

「それは残念だね」


その答えを聞いたサマンはがっかりとした。けれど、アブはサマンの気持ちを理解したと同時に、その理由も知っている。


「そうだよ、ジャン。治療を中断したら、毒がまた悪さをする。本でそう書かれている」

「はい」


アブが言うと、ジャンはうなずいた。


「毒が悪さすると、また血を吐いてしまうらしい、と父さんが言いました」

「それはまずいだろう」


サバッダは険しい顔で言った。アミールも理解して、ジャンのほっぺをつまんだ。


「俺たちが再びここに戻るまで、元気になってね」

「はい」


アミールが言うと、ジャンはうなずいた。5人は結局ジャヒールのテントの前に座って、カード遊びをし始めた。時には大人たちが混じって、一緒に遊ぶことになった。厨房から甘い揚げ物を持って来る老婆もいて、興味津々と彼らの遊びを見ている。


「でも、結婚式なのに、ここだと静かですね」


ジャンは遊びをやめて、大好きな揚げ物をつまみながら言った。老婆はその揚げ物のことを「揚げ砂糖」と言った。


「今はジャザル家に村人が集まっているんだ。向こうで式と披露宴があったが、午後から向こうの客がこちらに来る」


サバッダがそう言いながら、ジャンの隣に座って、揚げ砂糖を取った。


「じゃ、これから賑やかということなんですね」

「ははは、そうだよ」


サバッダは勝ち取ったアブを見ながら笑った。


「だが、新婦のアシャさんにとって再婚なので、今回の結婚披露宴は少し質素かもしれない」

「ん?質素?」


ジャンは首を傾げた。


「羊の数が、サブリナとサマリナの結婚式よりも少なかっただ。まぁ、時間もないから準備するのも大変だったけど、なんとか集まった200匹の中からジャザル家に120匹を送ったんだ。こちらだと80匹だけでね」

「80匹もあれば、十分多いと思いますが・・」

「一人で食べたらね」


ジャンが言うと、サバッダは笑いながら揚げ砂糖を食べた。


「まぁ、僕たちはこの辺りで守れば良い、と思う」

「悪さする人はいるのですか?」

「どうなんだろう」


サバッダは二個めの揚げ砂糖を取った。向こうでは負けてしまったサマンが頭を抱えてしまった姿が見えた。


「なんだかんだ、僕たちは敵が多いと思うよ」


サバッダは熱くなった彼らを見ながら言った。


「敵・・ですね」


ジャンは考えながら揚げ砂糖をまた取った。


「ほら、ジャンだって、まさかウードの先生が犯人だって、考えもしなかっただろう?」

「はい」

「だから、敵はどこにいるか分からないから日頃注意しなければならない、ということだ。ましてや、結婚式みたいなめでたい時に、一番注意すべき時だ、と昔先生に教えられたんだ。食事も、部屋の中も、敵がどこで何をするか、想像も付かないので、注意すべきだ、って」

「ふむふむ」

「人が安心すると、警戒心が薄れてしまうからだ」

「そうですね」


ジャンはうなずいた。彼はウードに夢中になったから、忍び込んだ毒に気づかなかった。ある意味、自己自得だ、とジャンは思った。


「新しいウードの先生は決まった?」

「ウードはもう良いです。やめます」

「そう?」

「はい」


ジャンが言うと、サバッダは複雑な目でジャンを見ている。


「また弦が切れると、一々と疑わないといけないので、やめます」

「分かった」

「代わりに、父さんに吹く楽器をお願いしようかな、と思います」


ジャンの答えを聞いたサバッダは笑った。


「笛というか、細い棒のような楽器はネイと言う。音がネイより比較的に高い楽器は、ミズマールだ」

「ふむふむ」

「ちなみに、僕はダラブッカという楽器ができるよ」


サバッダが笑いながら言うと、ジャンは瞬いた。


「じゃ、結婚式の音楽みたいにできるのですか?」

「ネイかミズマールがあれば、可能だよ」

「じゃ、これからそれを習います」

「ははは」


ジャンが言うと、サバッダは笑って、うなずいた。


「楽しみだ、ジャン」

「はい」


ジャンは笑って、うなずいた。


「ここで待って」


サバッダが立ち上がって、自分のテントに入った。そして彼は手に何かを持って戻って来た。


「これは俺の楽器だ。名前はダラブッカだ」


サバッダがその楽器を見せると、ジャンはまた瞬いた。


「触っても良いですか?」

「良いよ」


サバッダがその楽器を見せると、、ジャンは恐る恐るとその楽器を触れた。形はドラムのようだ、とジャンは思った。叩いて見ると、大きな音がした。木材で作られて、周りはきれいな模様があった。サバッダがジャンの隣で軽く叩くと、リズムが少し生まれた。ジャンはうなずいて、とても嬉しくなった。サバッダは笑いながら、その楽器を膝において、両手で叩き始めた。そしてとても陽気な音楽が流れると、先ほどまで熱くなってカード遊びした人々はカードを置いて、歌い始めた。厨房にいる女性らも見えて来て、歌い始めた人々に交えて、歌い出した。サマンとアブが踊り始めると、ジャンも彼らと一緒に踊り始めた。


「ジャン様」


ザカリアは首を振りながら言うと、ジャンは踊りをやめて、うなずいた。


「分かりました。ありがとう、ザカリアさん」


ジャンはうなずいて、おとなしくサバッダの隣に座った。まだ激しい動きはダメ、ということだ。それを理解したサバッダは微笑んで、うなずいた。


今のジャンはまだ無理にしてはいけない。


「はい、はい。そろそろお昼だよ」


厨房から老婆たちは笑いながら食事を運んで来た。そろそろジャヒールたちは戻って来るかもしれないから、食事を終わったら、部屋中の再確認が必要だ、と彼女は言った。その老婆はジャヒールの母方親戚で、ジャヒールの土地の近くに住んでいた。夫と息子を亡くして、一人ぼっちになった彼女のために、ジャヒールは自分の土地で別のテントを建てた。それだけではなく、ジャヒールはそのテントの近くで厨房を作った。井戸も近くにあるから、とても快適だ。


食事が運ばれると、彼らはカードを片付けて、食事をした。食事終えると、彼らはすぐさま動き出した。サマンはジャンの手を引きながらいろいろなところで確認した。


ジャヒールのテントがとても華やかになった。とても大きなテントで、中の敷物も新しくなった。タンスがあって、座るための椅子や机もある。食器棚もあって、普通の家と同じぐらい快適だ、とジャンは思った。そのテントの一角に厚い布で仕切られた場所がある。それは寝室だ、とサバッダが言いながら、寝台の下を確認した。大丈夫だ、と彼はうなずいて、外へ出て行った。


「私たちの寝台と違う形になりますね」


ジャンは首を傾げながら言った。


「夫人がいるテントは大体この形だよ」

「そうなんだ」

「アルキアではその形の仕切りはないのか?」


アブが聞くと、ジャンは考え込んだ。


蚊帳(かや)ならあります」

「蚊帳?」

「はい。蚊という虫にさされないように、寝台の周りに張ります」

「ジャンの寝台にも、蚊帳を張るの?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「へぇ」


アブは不思議そうな目でジャンを見ている。


「ここに来てから、蚊があまりいないのはびっくりしました」

「そうなの?」


アブが首を傾げた。


「そもそも、蚊って、サソリのような大きいのか?」


サマンが聞くと、彼らは首を傾げた。


「小さい。このぐらい小さくて、みーーーんという鳴き声で攻めてきます」

「小さいのに、そんなに恐ろしいのか?」

「数が多いです。それに、彼らは人の血を飲む生き物です」

「血!」


アブたちは瞬きながら驚いた。一体、蚊はどういうイメージになったか、ジャンは分からない。


「確かにここでは蚊があまりいないけど、タックスにはいるよ」


戻って来たアミールはそう言いながら厚い絨毯を引いて、ジャヒールのテントの前に置いた。


「見たことがあるのか?」

「ないよ」


サバッダが聞くと、アミールは苦笑いながら答えた。


「俺は生まれてからずっとここにいるんだよ?」

「そうだった」


二人が笑いながら、せっせと絨毯をきれいに敷いた。


「おーい! 来たよ!」


誰かが言うと、ジャンたちはその音がした方向へ視線を移した。ド派手な音楽隊が見えて来ると、その後ろに花嫁と一緒にジャヒールが馬に乗って現れて来た。後ろにはたくさんの客が見えてきた。第二の宴会がここでやる、ということだ。サバッダたちはすぐさま動き出して、彼らを出迎えた。そして、ジャヒールは花嫁を馬から下ろして、弟子たちに紹介した。


「きれい」


ジャンが言うと、アシャはにっこりと微笑んだ。


「ジャン、ですね?」

「はい」


ジャンはうなずいた。アシャはにっこりと微笑んで、ジャンの頭に口づけした。


「これからよろしくね、ジャン」

「はい、おば様」

「まぁ!おばさんという呼び名はお願いだから、やめて。あなたはお父様の孫であっても、私のことを姉さんと呼んでね」

「え?あ、はい」


ジャンが言うと、アシャはにっこりと笑って、そのままジャヒールの手をとって、テントの中に入った。


「先生のお嫁さんはあんなに美人だったのね」


サバッダが言うと、ジャンはうなずいただけだった。そして嫁入り道具の行列が見えて来ると、サバッダたちは急いで彼らを手伝いに行った。ジャンはしばらくザカリアと一緒に客らと一緒に座って、彼らを見ているだけだった。

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