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ウルダ(47)

「わしの孫はどうなった?」


ジェナルは息子のアシュハリと一緒にタレーク家について、まっすぐにジャンの部屋に案内された。


「今眠っている」


ザイドはジャンの寝台に座りながら答えた。ジャンの服を着替えさせた数人の使用人らは頭を下げてから外へ出て行った。


「先ほどまで血を吐いた」

「やはり毒か?」

「そのようだ」


ジェナルが言うと、ザイドはうなずいた。


「タックスの毒、ゴルダ砂漠のサソリだ」


ザイドが言うと、ジェナルはため息ついた。


「あの毒は厄介だ」


ジェナルが言うと、ザイドはうなずいた。


「念のため、小頭やザアードたちは別棟にいてもらう」

「分かった」


ザイドが言うと、ジェナルはうなずいた。


「犯人は?」

「今調べている。そろそろ結果が出るだろう」


ザイドは眠っているジャンをなでながら答えた。


「わしにできることがあるか?」


ジェナルが言うと、ザイドは考え込みながら彼を見ている。


「解毒を作れる医者を貸してくれれば助かる」

「良いとも」


ジェナルはうなずいた。


「他には?」


ジェナルが言うと、ザイドは考え込んだ。


「マフムーン楽器屋の調査を頼んでも良いか?」

「マフムーンはどうした?」

「この流れを見ると、彼はタックスの間者(かんじゃ)だと思う。私の勘だから、証拠はない」

「分かった」


ジェナルはうなずいた。


「いつまで探れば良い?」

「できるだけ早く。必要ならば、消しても良いと思う」

「分かった」


ジェナルはうなずいた。


「どうも、この件は、ただの子どもの暗殺未遂だけじゃないと思う」

「わしもそう思う。二回もタックスの攻撃を阻んだのはタレーク家だ。恐らく、次はこの程度じゃない、と思われる」

「だね」


ジェナルが言うと、ザイドはうなずいた。


「だが、彼らの動きが早い。まるで間者がいるかのような動きだった」

「だからマフムーンを疑ったのか?」

「外部から唯一ジャンに近づいたのはマフムーン楽器屋だった。ジャンにウードを教えたのもマフムーン楽器屋が推薦したディーン・ラハブだった」

「ディーン・ラハブの身元を確認したのか?」

「当然だ。ディーン・ラハブはマフムーン・アッフィの遠縁で、生まれはイブヌカッシュ村。ここに移住したのは数年前、理由は叔父の店で働いているためだ。結婚の披露宴にも参加するほど、そこそこ有名な人だ」

「そんな有名な人が、ジャンを殺そうとした?」


ジェナルの疑問にザイドはため息ついた。


「その辺りも理解できない。かと言って、タレーク家の家臣たちを疑わなければならない状況になると、すべてをひっくり返すような感じになる。特にジャンと接触した者らの身元を、確かな者にしかいない」


ザイドはまたため息ついた。


「ただ、念のため、料理人や下男まで調べなければならない。彼らはジャンが毒に犯された時刻に、どこで何をしていたのか、事細かく調べられるだろう」

「ふむ。毒がどこから入ったか、分かるか?」

「医者の話によると、手からだ」

「手か・・、指?」

「はい」


ザイドはジャンの手を取って、指を見せた。


「ここに傷口がある。毒がそこから入ったらしい」

「なるほど」


ジェナルはうなずいて、近くで見えたウードを取った。


「ウードの弦で傷ついた、と見た。毒が弦に仕込まれているようだ」

「ほう」


ジェナルが言うと、ザイドは興味深く弦を見ている。


「確かに怪しい。二日前ぐらい、弦が切れた、とイブラヒムが報告した」

「新しい弦は誰が付けた?」

「アミド弦屋だ」


ザイドが言うと、ジェナルはそのウードをアシュハリに見せた。彼はうなずいて、頭を下げてから退室した。


「アミドとマフムーンを調べなければならないな」

「その辺りは頼む。タレーク家はしばらく様子見するよ。こちらは別の方向から調査を進める」

「感謝する。この件はアシュハリに任せて欲しい。あいつはまだ19だが、できる子だと思う」

「できなければ困る。サマリナと結婚した以上、ちゃんとした男でなければならない」

「ははは、そうだな」


ジェナルは思わず苦笑いした。


「サフィードに後ほど、ディーン・ラハブを渡す。この問題は表ではジャンの毒殺未遂として処理する」

「分かった」


ザイドが言うと、ジェナルはうなずいた。


「まったく、わしの孫を殺そうとした奴らの顔を拝みたい」

「その前に、私の息子を殺そうとした奴らを、八つ裂きにしたい」

「この世に産まれてきたことを後悔するほどにか?」

「ああ」


ジェナルが聞くと、ザイドはうなずいた。


「今すぐにでも見つけ出したいぐらいだ」

「落ち着け」


ジェナルはため息ついた。


「おまえはもう引退したんだ。これから若い人を育てるのは仕事だ」


ジェナルが言うと、ザイドは無言でうなずいた。けれど、彼の目には怒りが見えた。ジェナルはそれを気づいたけれど、何も言わなかった。彼自身も困っている。ジャンが死んだら、ジャンの祖父である彼の従兄弟の従兄弟が激怒するだろう、と。


あの老人と、可能ならば喧嘩したくない、とジェナルは思った。


「医者はジャンが治るまでここに置いておく。もう一人の医者は後ほど送る」

「感謝する」

「良いんだ。わしらは家族だ。できることをやろう」


ジェナルがそう言いながらジャンを見てから、そのまま外へ出て行った。 





ピリピリとした雰囲気は別棟にいるジャヒールたちにもあった。機嫌が悪いサラムはずっと部屋から出てこなかった。出たとしても食事するためだけだった。今日はもう二日も閉じ込められた。着替えが届けられたけれど、サラムは無言で新しい服を受け取って、また部屋の中に入った。


「サラムさんは大丈夫ですか?」


ジャヒールが尋ねると、ザアードはうなずいた。


「いつものことだ。小頭、その服はどうだった?」

「ああ、ちょうど良い」


ジャヒールは用意された服を着て、うなずいた。さすがに旅から帰ってきて、着替えた時間もなくて、そのままこの問題になってしまった。


「サバッダたちはどうだった?」

「問題ない」


ジャヒールは使った服を用意された袋の中に入れながら答えた。着替え終えたサバッダたちも次々と服を袋の中に入れた。


「洗ってくれるそうだ」


ジャヒールが言うと、ザアードはうなずいた。


「その辺りに置いておけば、あとで回収するよ」

「ありがとうね」


ザアードが言うと、ジャヒールは袋を閉じて、サバッダに渡した。サバッダは袋を決められた場所に置いた。すると、小さな窓が開いて、外から袋を取り出した。


「外に人がいるんだ」


その様子を見ているサマンが言うと、ザアードは笑っただけだった。


「棟に人がいるのだから、衛兵もいるよ」


ジャヒールが言うと、ザアードはうなずいた。


「サマンさんは裏か表か、どちらかに興味がある?」


ザアードが突然聞くと、サマンは驚きを隠せなかった。けれど、彼はしばらく考え込んだ。


「私は、両親を殺したアリ・ケダル一族に復讐したい。そのために、裏かなぁ、と思います」

「アリ・ケダル・・、どこの村?」

「アムンカス町です」

「ずいぶん遠いな」


ザアードは考え込んだ。


「サマンさんはアムンカス町出身でね」


ジャヒールが言うと、ザアードはサマンを見て、考え込んだ。


「アリ・ケダル一族は強いのか?」

「そこそこです」


サマンは正直に答えた。


「先生がアリ・ケダルの親戚、ウフリ・ケダルを殺したおかげで、私はこのように自由の身になりました。が、本当の黒幕はそのアリ・ケダルです」

「そのアリ・ケダルはサマンさんの両親を殺した以外、他には何をした?」

「姉を侮辱してから、殺しました」

「なるほど」


ザアードはうなずいた。


「町の警備は何もしなかったのか?」

「彼らが、町の警備です」

「なるほど」


ザアードはうなずいた。


「財産も全部、そのケダル一族に乗っ取られた?」

「はい」


サマンはうなずいた。


「町の皆の前で、親と姉が山賊に殺されたと言われて、身内がいない私を保護する、だとか。でも実際は、他の村に連れて行かれて、奴隷商人に売られました」


サマンが言うと、ジャヒールはうなずいた。ザアードはしばらく考え込んで、サマンを見ている。先ほど身につけた服はサバッダからもらった古着だ、とザアードは一目ですぐに分かった。武器も、安物だと分かるぐらいの物だった。


「町の警備を請け負った一族を殺す(やる)には、そのような装備だと厳しい。いくら腕が良くても、難しい」

「そうですね」


ザアードが言うと、サマンは苦笑いした。その通りだ、とサマンは思った。


「元々暗殺者の家に生まれたサバッダ、アミールさん、そしてアブさんは親から武器や毒に恵まれている。だが、サマンさんは、ほとんど自力でまかなければならないだろう?小頭は優しいから、生活費はかからないが・・、それでも武器や毒はある程度自分で用意しないとダメだろう?」

「はい」


サマンはうなずいた。


「やはり無理ですか」

「無理ではない」


サマンが言うと、ザアードは即答した。


「ただ、大変だ、という意味で言っている」


ザアードははっきり言った。


「正直に言うと、市場の露店で売っている毒は、砂漠ネズミを殺せるか殺せないか、その程度の物だ」

「あの「闇の誘い」もですか?」

「多分な。聞いたことがない毒だからだ。作った人が「アルカリーム」と名乗っても、正直にいうと、デタラメの名前だと思う」

「あ、アルカリームさんはその近くに住んでいる蛇使いの人です」

「なるほど」


毒師ではないようだ、とザアードは顔色を変えずにうなずいた。


「いくらで買った?」

「金貨1枚です」

「瓶一つ?」

「はい」


その答えを聞いた全員が深刻な顔でサマンを見ている。安い、安すぎる、と全員思った。


「こうしよう」


ザアードはしばらく考え込んでから言った。


「タレーク家はおまえの教育費を出そう。その代わり、卒業したら、おまえは無条件でタレーク家の家臣になる」

「えっ!」

「復讐は、タレーク家の協力を約束する。どうだ?」


ザアードが言うと、サマンはまだ驚いた。


「良かったな、サマン」


アミールが言うと、サバッダとアブも嬉しそうにサマンを見ている。


「でも、私の腕が、ジャンよりも良くないです」

「知っている」


サマンが言うと、ザアードは即答した。ジャヒールもうなずいて、サマンを見ている。


「勉強や練習する時間以外、ほとんど仕事だろう?羊の世話や市場で荷物運びをやらないと、良い武器を買えないだろう?」

「はい」

「だったら、これから仕事しなくても良い。きみは勉強する時間以外にも、思い存分と練習できるように、タレーク家が支援するよ。その方が確実に腕が上がる。少なくても、短期間でジャンと同じぐらいできるようになってもらいたい」


ザアードが言うと、サマンは瞬いた。


「本当に良いですか?」

「俺に二度と言わせるのか?」

「あ、いいえ、ありがとうございます。お願いします」


サマンは慌てて、首を振ってから、頭を下げた。


「そういうことだ、小頭。お金はジャンとサバッダの教育費にまとめて出す」

「それはありがたい」


ジャヒールは笑って、うなずいた。


「毒は俺が選ぶから、そのアルカリームという人の毒はもう二度と買うな」

「あ、はい」


サマンが言うと、ザアードは笑っただけだった。


しばらくすると、小さな窓がまた開いた。その窓から数々の食事が入ったので、サバッダたちは急いでそれらの食事を運び出して、ザアードとジャヒールの前に置いた。機嫌が悪いサラムが部屋から出て来て、ザアードの近くに座った。彼らは穏やかな雰囲気で会話しながら、食事した。そして食事が終わると、サバッダたちは再び窓の近くに空の皿を運んで行った。


「失礼致します」


突然扉が開いて、一人の男性が入った。彼の顔が布で隠れている。


「何だ?」


ザアードが聞くと、その男性は頭を下げてから、彼に耳打ちした。


「分かった」


ザアードは立ち上がった。


「彼は無実で無害だ、と断言できる」

「そうでございましょうか?」

「ああ」


ザアードはうなずいた。


「サラム」


ザアードが言うと、先ほどまで機嫌が悪いサラムは立ち上がった。


「アルカリームの所へ行って、調べて来い。すべての繋がりも、洗って来い」

「この棟から出ても良いのか?」

「許可する」


ザアードはうなずいた。そしてサマンを見ている。


「ゴルダ砂漠のサソリの毒が、サマンさんの毒から検出された」


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