表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/62

ウルダ(44)

一週間をかけて、彼らはマグラフ村へ帰った。怪我人と一緒に帰って来たから、行く時と違って、無理ができない旅だった。あるオアシスで怪我人の一人が熱を出したから、そのオアシスで二日も泊まってしまった。けれど、サラムはほとんどジャンと一緒にいて、楽しく過ごした。サラムとジャンが遊んでいる時に、ザアードは村長や警備隊長らと話し合って、タックス軍とイルカンディア人のことを念入りに話した。


「もう着いたよ」

「ありがとうございます」


ジャンが言うと、サラムは微笑んだだけだった。


「お帰りなさいませ」

「あ、イブラヒムさん!ただいま!」


ジャンが言うと、イブラヒムは微笑んで、サラムの馬からジャンを降ろした。


「腕に怪我した。一応治ったが、念のために医者に見せてくれ」


サラムが言うと、イブラヒムは驚いて、ジャンの腕を確認した。確かに傷が治りかかっているけれど、やはり心配だ、とイブラヒムは思った。


「毒によって傷だと見えますが・・」

「イスハック・イルシャードが使った毒だった。分かった範囲では、ガラス草、アラ蛇、ソビステガラ蛇の毒だと思うが、もう一度確認してくれ」

「かしこまりました」


イブラヒムは頭を下げて、すぐさまジャンを腕に乗せて屋敷へ戻った。


「うむ、父さんは?」

「当主様はただいまお頭のところへ行かれました」


イブラヒムが言うと、ジャンはうなずいただけだった。きっとザイドはザアードとサラムの報告を聞きに行っただろう、とジャンは思った。


久しぶりに自分の部屋に戻ったというのに、ほとんど部屋から出ることができないジャンは、暇つぶしのために自分の鉄砲を分解した。分解した途中で医者が入って、傷口を調べた後、再び外へ出て行った。ジャンが再び鉄砲を組み立てようとしたけれど、医者はまた戻って来て、絶対安静を命じた。


「でも、鉄砲を組み立てないと壊れてしまいます」


ジャンが反論すると、医者は難色を示した。


「そのままにすれば良いではないでしょうか?」


医者が困った顔で言うと、イブラヒムはうなずいた。


「私どもは触らないように致しますので、どうぞご安心を」

「うむ」


そう言われたら、仕方がない、とジャンはまた寝台へ上った。


「中庭にいつ頃行けるのですか?」

「毒の解毒が完成するまで、できれば安静にして頂く必要がございます」

「うむ」

「では、私どもは解毒をこれから作りますので、しばらくお待ちになってください」


医者が言うと、ジャンはうなずいただけだった。医者が外へ出て行くと、ジャンは諦めた様子で机を見て、ため息ついた。


「本をお持ち致しましょうか?」

「あ、うん、はい、お願いします」


イブラヒムの提案にジャンはうなずいた。イブラヒムは一冊の本を持って、ジャンの前に置いた。


音楽、というタイトルの本だった。ジャンは瞬きながら本を開けて、一つ一つと説明を読んで、絵を見ている。


とても上手にできている、とイブラヒムはそう思いながらジャンを見ている。時にジャンが読めない文字を教えたりすると、ジャンはうなずいて、また読み返した。


「この楽器はなんていうのですか?」


ジャンが聞くと、イブラヒムはジャンが示した絵を見ている。その絵には複数の男性らが音楽を奏でる絵が描かれている。ジャンが特に興味示したのはギターのような物を奏でている男性の絵だった。


「ウードと言います」

「ウードか・・」

「気になりますか?」

「はい」


ジャンは素直にうなずいた。


「この楽器は高いですか?」

「どうなんでしょう・・、価格はよく存じ上げておりません」

「ふむ。安い物でも良いから、小さめな物があれば欲しいです。でも、値段が高いなら、やめます」


ジャンが言うと、イブラヒムは考え込んだ。


「価格について、後ほど調べて参ります。大きさに関しては、私どもが知っているウードは、今のジャン様には少々大きいかもしれません」


イブラヒムはまた考え込んだ。


「ウードを習いたいのでございましょうか?」

「はい」

「では、後ほど教えてくれる先生も手配して参ります。先生のところで、小さめのウードがあるかもしれません」

「ありがとうございます」


ジャンは嬉しそうにうなずいた。


「そう調べなさい。特注でも許す」


突然部屋に入ってくるザイドが言うと、イブラヒムは深く頭を下げてから、後ろに下がった。


「ただいま、父さん」


ジャンが言うと、ザイドは微笑みながらうなずいた。


「怪我をした、とザアードから聞いたが?」

「もう治りました」


ジャンが言うと、ザイドは医者に合図をして、ジャンの腕を見せた。


「傷がまだ乾いていない」


ザイドが言うと、医者はうなずいた。


「エクレ花が入った毒だと見受けられます。紛れもなく、これはその症状でございます」

「タックスの毒か」


医者が言うと、ザイドは考え込んだ。


「サラムからもらったサンプルもその毒が入っているのか?」

「タックスの暗殺者が使用した武器にはございませんでしたが、イスハック・イルシャードが使用した武器にはその毒がございました」


医者が言うと、ザイドは考え込んだ。


「向こうでは、どんな薬を飲んだ?」

「ジャヒール先生の解毒剤とザアード班の医者、アシュミール先生の解毒剤を飲みました」

「ふむ」


ザイドは考え込んだ。万が一、ジャヒールの薬とタレーク家の薬がぶつかった場合、大変なことになるからだ。


エクレ花に混ぜた毒が分かりにくく、後からじわじわと相手を殺す毒だ。大人なら一ヶ月間も持たずに、死んでしまうほどの猛毒だ。


「イブラヒム」

「はい」

「ザアードに聞いてこい。小頭の解毒の内容を、できるだけ細かく、と。小頭にマファの使用を許可する」

「かしこまりました」


イブラヒムは頭を下げて、すぐさま外へ出て行った。


「私は毒に犯されているのですか?」


ジャンが聞くと、医者は複雑な目で見て、ザイドを見ている。


「毒が一つ、体の中に残っている」


ザイドは医者の目線を理解して、穏やかな声で言った。


「死ぬまでどのぐらいかかりますか?」

「すぐには死なないよ」


ザイドはジャンの不安を理解して、医者を合図で追い出した。医者は頭を下げて、外へ出て行った。


「じゃ、私はまだ生きる可能性があるのですね?」

「もちろんだ」


ザイドはうなずいた。


「どうすれば毒が回らないようにするのですか?」

「体の免疫力と毒耐性に任せるしかないが、なるべく激しい運動をしなければ良い」


ザイドの答えを聞いたジャンはうなずいた。この数日間、彼はサラムと一緒に楽しくかくれんぼしたりしたから、毒がもうすでに回ってしまったのかもしれない、とジャンは思った。


「分かりました」


ジャンはうなずいた。


「おとなしくします」


ジャンが言うと、ザイドは微笑んで、うなずいた。


「あの机にあるのは?」

「鉄砲を分解しているところで、お医者さんに止められて、そのままになってしまいました」

「ほう」


ザイドは興味深く机を見てから、ジャンをそのまま両手で持ち上げて、腕に乗せてから机まで歩いた。


「組み立ててみよう」

「良いですか?」

「問題ない」


ザイドはそう言いながら、ジャンを降ろして、座らせた。そして彼はジャンの隣に座って、分解された鉄砲を見て、微笑んだ。


「どこから始めれば良い?」

「あ、ここからです。順番に組み立てれば良いです。右から左へ」

「私が組み立てるから、きみはどうすれば良いのか、教えなさい」

「はい」


ジャンがうなずいて、やり方を説明すると、ザイドは真剣な顔で指示通り組み立てた。時間がかかっているけれど、なんとか元通りに戻った。


「分解するときも同じ手順?」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「そうやって順番に置くと、組み立てるときに迷わないし、時間も無駄になりません」

「なるほど」


ザイドはうなずいた。


「でも、必ず弾がないことを確認してください。でないと、爆発します」

「分かった」


ザイドは鉄砲を見て、うなずいた。


「入るよ」


突然扉が開いて、ザアードとサラムが揃って、部屋の中に入った。父親がジャンと一緒に座っている姿を見た二人は驚いて、慌てて丁寧に頭を下げた。


「エクレ花の毒が混ざったと聞いたが、本当か?」


ザアードが聞くと、ジャンはザイドを見てから、うなずいた。


「医者はそう言った」


ザイドが答えると、ザアードは考え込んだ。


「そこまで考えていなかった」

「タックスでもかなりレアな毒だからね」


ザアードがそう言うと、ザイドは冷静に言って、隣で座っているジャンの手をにぎった。


「毒は全身に回りましたか?」

「どうなんでしょう」


サラムが聞くと、ザイドは首を傾げた。


「とりあえず、今日はジャンをよく休んで、よく食べるようにする。解毒剤ができるまで、しばらくの辛抱だ。できるね、ジャン?」

「はい」


ザイドが言うと、ジャンはうなずいた。ジャンの不安な眼差しを見たサラムとザアードはなぜかとても不安になった。


「一週間の帰り道に、体の異変や不具合はあった?」

「いいえ、ありません」

「だったら問題ない。体力があって、少し休めば良い、と私は思う」


ジャンが答えると、ザイドは微笑んで、立ち上がった。そして、組み立てた鉄砲を机に置いてから、またジャンを抱きかかえて、寝台に戻った。


「父さん、ありがとうございます」


ジャンが言うと、ザイドは微笑んで、ジャンの額を口づけした。


「きみは私の子どもで、私はきみの親だ。当然だろう?」

「あ、はい」

「ゆっくりと疲れを癒やしなさい」

「はい」


ザイドはジャンの頭をなでてから、外へ出て行った。ザアードはザイドの後ろへ一緒に出て行った。サラムはしばらくジャンと一緒にいて、音楽の本を読んだ。





「ザアード」

「はい」


ジャンの部屋から離れた場所で、ザイドは声をかけた。


「もしもその毒でジャンが死んだら、イルシャード家を、全員、殺しなさい」

「かしこまりました」


ザアードは頭を下げてから、ザイドを見送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ