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ウルダ(42)

「ジャンの様子は?」


荷物を届けに来たジャヒールはサバッダと一緒にオリーブの屋敷へ到着して、庭で座っているサラムに聞いた。


「熱があった。今医者が診ている」


サラムはそう答えて、ジャヒールを見ている。


「何もなければ良いんだが」

「イスハックの武器に毒が塗られていた。腕の傷がその武器によってできたらしい」

「ふむ。解毒は飲んだから、大丈夫だろう、と思ったが・・」

「そう願うよ」


サラムはうなずいた。


「今ジャンと会えるか?」

「今はやめとけ。兄さんは機嫌が悪いから、何するか分からん。来るなら、明日か明後日ぐらいにしてくれ」


サラムはそう言いながら部下の一人から水をもらった。


「先生、どうぞ座って下さい」

「ありがとう」


サバッダが椅子を運んで、ジャヒールに差し出した。


「ジャンとイスハックの戦いに、俺たちが入る隙間はなかった」


ジャヒールが言うと、サラムは水を飲みながらジャヒールをチラッと見ているだけだった。


「あの子は、高レベルの槍の技で戦って、最後に短剣でイスハックの攻撃を応戦した」

「小頭が入れないほど、激しい戦いだったのか?」

「砂漠の嵐だ」


ジャヒールが言うと、サラムの動きが止まった。


「あの子が、砂漠の嵐を使った?」

「そうだ」


ジャヒールが言うと、サラムはまた水を飲んだ。


「他にも、ジャンは鉄砲を槍のように使って、凄まじい戦いを挑んだ。見間違いかと思ったほど、とても驚いたよ。激しい雨のような攻撃だった。技から見ると、「死神の来遊」だと思うが、確信はない。その技を鉄砲でやっている人はジャンしかいないからだ」

「ふむ、俺が父さんに頼んだ。ジャンが槍をやりたいから、教えてくれって。多分父さんがその技をジャンに教えただろう」

「それはいつごろの話?」

「鉄砲を手に入れてから、イッシュマヤから帰って来た後だった」


サラムが返事すると、ジャヒールは考え込んだ。ということは、まだつい最近ということだ。


「本当に才能に恵まれている子どもだ」

「俺もそう思った」


サラムはうなずいた。二人はしばらく静かになった。


「ジャンが鉄砲を持って、良かった」


しばらくの沈黙の後、ジャヒールが言うと、サラムは笑った。


「持って来たのは俺だ。遠くからイスハックを狙えるかなと思って、持って来た。でも使う前に、奴は逃げた。それでここに来たわけだ」

「それでジャンが使うことになったか」

「ああ。あいつらが上陸したら弾が絶対に足りないだろうと思って、俺は父さんに頼んだ。もう少し送ってくれ、と」


サラムが言うと、ジャヒールはうなずいた。


「先生、私に砂漠の嵐を教えて下さい」


サバッダが言うと、ジャヒールはうなずいた。


「ジャンを見て、羨ましかったか?」

「いや」


サラムが聞くと、サバッダは首を振った。


「僕は裏を選びたい、と思っています」

「なるほど」


サラムは水を飲み干して、うなずいた。


「帰ったら、練習しよう」

「はい」


ジャヒールが言うと、サバッダはうなずいた。


「サラムさん、一つだけ伝言を頼みたい」

「はい」

「アブとアミールは無傷で、元気だ。サマンは先ほど手当てしてもらって、今寝ている。ジャンが聞いたら、そう返事してください」

「サマンは具合が悪いのか?」

「かなり悪い」


サラムが尋ねると、ジャヒールはため息ついて、返事した。


「医者を送ろう」

「ありがたい」

「気にするな。同じ里の者だから、助け合いするのは当たり前ことだ」


サラムが言うと、ジャヒールは微笑んで、頭を下げた。タレーク家の医者は毒に詳しいから、心強い、とジャヒールは思った。


「私たちはサバスの宿にいる。聞けば誰かが案内してくれるだろう」

「分かった」

「では」


ジャヒールは立ち上がって、サバッダと一緒に庭を去った。何にせよ、その庭にあちらこちら罠が仕掛けている。許可なしで入ろうとしたら、間違いなく罠にかかってしまう。





二日が経つと、ジャンの顔色が良くなった。元々毒に強い体だから、イスハックの毒に耐えることができた。一方、サマンの方は元々毒耐性が低かったから、ジャヒールからもらった解毒剤だけではイスハックが雇った暗殺者の毒を押さえる力が足りなかった。致命的ではないけれど、しばらくの間高熱がしばらく続いていた、と医者はザアードとサラムに報告した。


「あの類の毒は新種かもしれない」


サラムが言うと、ザアードは考え込んだ。


「このゴタゴタが終わったら、探ってみるか」

「そうだね」


サラムはうなずいた。


「一応、小頭からあいつらの武器をもらった。まだ未確認だけど」

「その武器はタイエブさんに回してくれ。新種なら、解毒も作らないといけない」

「分かった」


サラムはうなずいた。


「イスハックの毒は、分かったのか?」

「ガラス草、アラ蛇、ソビステガラ蛇を混ぜたやつらしい」

「なるほど」


サラムが説明すると、ザアードはうなずいた。


「あれは猛毒だが、瞳と比べたら、弱い。かわいいぐらい、弱い」

「ははは」


ザアードが言うと、サラムは思わず笑った。


「父さんがジャンに瞳を与えて良かったと思う」

「サビル・エフラドからもらった女神の微笑みはどうなった?」

「家にまだあると思う」


ザアードはそう答えながら、にんじんとタマネギをサラムの前に置いた。ザアード自身は部下が運んで来た肉を受け取って、確認した。


「サラム、それをみじん切りにして」

「はい」


ザアードが言うと、サラムは素直に従って、にんじんをみじん切りにした。


「恐らくサビル・エフラドは、毒による苦しみをジャンに見せたくなかったから、その毒を選んだ」

「まぁ、ジャンはまだ小さいからね。それに、相手が微笑んで死ぬのだから、怖くないだろう」

「そうだな」


サラムが言うと、ザアードはうなずいた。


「瞳は、微笑むすらできないぐらい、即効性が高い毒だ」

「ジャンはその毒に耐えられるのか?」

「実際に耐えただろう?」

「・・確かに」


ザアードが言うと、サラムはうなずいた。


「ジャンは、恐ろしいぐらい、毒耐性が高い子だよ」


ザアードが言うと、サラムはタマネギを見つめながら考え込んだ。


「サバッダは裏になりたいと言ったから、そろそろ瞳を教えないと、まずいかも」

「裏か。分かった、帰ったら父さんに言う」


サラムが言うと、ザアードはサラムが見つめているタマネギを取り上げて、代わりに刻んだ。


「実は、家で、ジャンに二回ぐらい薄めた瞳を触らせた。本人が気づいていなかったから、ただベトベト、して気持ち悪いから手を洗いたい、と言って、そのまま手を洗った。その後、具合が悪くなることもなく、数日後に濃度を上げた瞳を与えた。前と同様に、まったく反応がないと判断したから、父さんは瞳を与えたわけだ」

「ジャンの短剣に付いている瞳は、10倍ぐらいの濃度だけど?」

「念のためだ」


ザアードは刻んだタマネギを鍋に入れながらそう言った。そして彼はその鍋をかまどにおいて、炒め始めた。


「今回は、いろいろなことを想定しなければならないから、強めな毒を使うことになった。実際に、想定外のことも起きてしまった」

「そうだね」


サラムは刻んだにんじんを皿に載せて、ザアードに渡した。


「正直に言うと、俺はジャンにかなり助けられた」


サラムはそう言いながら、棚から干し葡萄を取り出して、そのままつまみ食いした。


「ジャンはタックスの第二将軍の頭を撃ったからか?」

「そうだね。びっくりしたよ。いきなり頭が吹っ飛んで、倒れたなんて」

「ははは」


ザアードはにんじんと肉を入れて、炒めながら笑った。


「あの子は、自分が下手だと言ったけど、上手の基準である母親と兄たちはどれほどの腕か、知りたくなった」

「きっと上手いだろうな」


ザアードはサラムの手から干し葡萄を奪って、そのまま鍋に入れた。つまみ食いするな、とザアードが言うと、サラムは笑っただけだった。


「アルキアが近かったら、すぐにでも会いに行くかも」

「半年以上かかるよ」

「遠いな」


ザアードが言うと、サラムはため息をつきながら、机の上にあるトマトを取って、ザアードに渡した。


「あれ?待ってよ?ジャンが4歳になったと言ったよね?」

「それがどうした?」

「ということは、彼がアルキアから出発したのは3歳半ぐらいだろう?毒訓練は、何歳から?」


サラムの言葉を聞いたザアードはトマトを持ったまま考え込んだ。


「父さんから聞いた話だと、ジャンのじいさんが始めて毒蛇を彼に紹介したのはジャンが乳離れの時ぐらいだったらしい。その後、あらゆる毒教育もしたらしいが・・」

「・・・」


サラムは瞬いた。


「死んだらどうするんだ・・」

「死なない程度から始めるかもしれない」


ザアードはトマトをそのまま鍋に入れて、また考え込んだ。


「毒は、与える側も、与えられる側も、覚悟が必要だ」


ザアードはそう言いながら数種類のスパイスを入れてから(ふた)を閉めた。


「だが、俺自身は、自分の子どもたちにそこまでできるかと聞かれたら、多分できないと返事するだろう。父さんでさえ、俺たちに毒を紹介したのも7歳か8歳ぐらいだった」


ザアードは窓を見つめながらそう言った。


「可能なら、ジャンを返したくない」


ザアードが言うと、サラムは無言で彼を見ている。


「無理だよ」


しばらくしてからサラムはそう言いながら水をグラスに入れて、ため息ついた。


「あの子は、自分が誰なのか、分かっている。ここにいることも一時的なことだって理解している。じいさんが死んでも、彼はどんな方法でも、帰る道を見つけるだろう」


サラムが言うと、ザアードは考え込んだ。


「そうだな」


ザアードはそう言いながらサラムを見ている。


「おまえは正しい。大人になったな」


その言葉を聞いたサラムは苦笑いした。


「彼が待っている未来は、地獄だろうな」

「裏の人間の運命だ」


サラムが言うと、ザアードは水を飲んだ。部下の一人ができた米を机において、蓋を開けた。出来たての米の香りが部屋中に広がっていく。


「閣下、ジャン様がお目覚めになりました」


一人の部下が現れながら言うと、サラムは嬉しそうに立ち上がった。ザアードも立ち上がって、ジャンの部屋へ入った。

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