ウルダ(40)
イスハック・イルシャードが生きている。しかも敵軍と一緒に、アスビーを攻撃しに来るとは、とザアードは考え込んだ。
「父さんは知っているのか?」
「もう鳥を飛ばした。問題がなければ、昨日か今日は父さんの元へ届くだろう」
「なるほど」
ザアードは鍋を降ろして、厚い布の上に置いた。そしてヤカンをかまどに置いた。
「で、こいつは何をした?なんでジャンがここにいるの?」
「スミルキアの海賊が来たことを報告した。知らない言葉で暴れまくったという報告だったから、父さんはこのことを重く思って、ジャンに彼らの言うことを確認しろ、と命じた」
「まぁ、確かにスミルキア語はできる人はジャンしかいないからね。で?あいつらは本当に凶暴な奴らだった?」
「いや。それどころか、問題の海賊がたった20名しかいなくて、強いどころか、ゴミ以下だった。そんなあいつらを見て、アスビーを攻めることができるほどの腕がないと判断したから、ジャンはこれが多分罠だと言った。俺もその通りだ、と思う」
「ふ~ん」
サラムはもう顔が白くなったハミドを興味なさそうに見ている。
「タレーク家では、裏切り者の代償は死しかないと理解している?」
「わ、私は、裏切っておりませ・・」
ズサッ!
サラムが言う瞬間、ハミドは必死に否定した。けれど、その言葉が終える前に、彼は崩れ落ちた。彼の首は床に転がっている。
「片付けろ」
ザアードは床に転がっているハミドを見て、短く言った。彼の部下たちはハミドの死体を外へ運んだ。数人が床にこぼれた血を拭いて、無言で片付けている。
そのことよりも、サラムの動きがあまりにも速かったから、ジャンが瞬く間にことが終わってしまった。
「驚いたか、ジャン?」
ザアードが聞くと、ジャンはうなずいた。
「いきなり殺しても、問題はないですか?」
「ない」
サラムは即答した。サラムは机に再びナイフを置いて、井戸に水を汲んで、手を洗った。
「ハミドさんは誰と組んだか、なぜ裏切ったか、聞かなかったのですか?」
「この流れをみれば、誰と組んだか、大体分かった。なぜ裏切ったか、大体お金か、女かが原因だろう。例え彼が偽の情報に踊らされて、そのまま報告したということは、無能極まりないということだ。が、別に、それは俺たちの問題じゃない」
ザアードはそう言いながらハミドの首を斬ったナイフをサラムに渡してから、沸騰したヤカンに茶の葉を入れた。
「だが、俺たちを裏切ったハミドを生かす理由はない。その裏切りで、これから俺たちと仲間を危険に晒すからな」
「はい」
ジャンがうなずくと、ザアードは微笑んだ。
「終わったら食べるぞ。サラム、おまえの班は、全員何人?」
「俺抜きで、10人」
ザアードが聞くと、サラムは洗ったナイフを近くにぶら下がっているぞうきんで乾かしながら答えた。
「これから戦争になるから、ちゃんと食べないと、身が持たない」
「そうだね」
サラムは飴玉を口に入れようとしたジャンの手を押さえて、飴玉を再び紙に包んだ。
「ジャン、ご飯の前に飴玉はダメだよ」
「おまえが置いたから、ジャンが食べるじゃないか」
「悪かった」
ザアードが突っ込むと、サラムは反省した様子で言った。ジャンは残念そうにその飴玉を見て、うなずいただけだった。
「この様子だと、これしきの食料は足りない。もう一つ作るか」
ザアードは棚の中からもう一つの鍋を出して、再び調理し始めた。サラムは棚の中から皿を出して、次々と盛った。ジャンの前において、自分用とザアード用、そしてその部屋にいるザアード班の人々に配った。
「ザアード兄さんって料理が上手ですね」
とても美味しい、とジャンがそう思いながら食べ始めた。ジャンの言葉を聞いたザアードは笑った。
「男は料理できないとダメだぞ?」
「え?なんで?」
「こうやって安全な食べ物を作ることも大事だが、家に帰ったら、妻子のために食事を作るのも男の仕事だぞ?」
「ザイナブ姉さんは料理しないですか?」
「は?」
ザアードは首を傾げた。
「アルキアでは、料理は女性の仕事なのか?」
ザアードが聞くと、ジャンは首を傾げた。
「お姉様たちはいっしょけんめいに料理を習っています。結婚すると、一人で料理しなければならない、と言われました。違うんですか?」
「ふ~ん」
ザアードがタマネギを刻みながら首を傾げた。
「ウルダでは、結婚した女性の仕事は三つだけだ。夫に尽くして、子どもを産んで、子どもを育てる。それ以外を求めたら、夫は彼女のために、財産などを与えなければならない。俺が留守の時に、俺がやるべきことを使用人たちがやってくれる」
「へ?そうですか」
「そうだ。それに、家事や料理してくれる妻がいれば、ありがたいことだが、夫はあくまでも強要できない。夫や子どもたちのためにやってくれるなら、それは彼女の良心として受け取って、感謝しなければならないことだ」
「はい。でも男性が家事や料理をやってくれなかったら、どうなるのですか?」
「その女性が離婚を申し込むことができる。無能な男に結婚させたのは父親なんだから、離婚させるのも父親の責任だ。父親がいなかったら、兄弟や親戚でも問題ない」
「ふむふむ、はい」
「だから、将来のためにも、きみも料理を習え。家に戻ったら、父さんに頼めば、なんとかしてくれるだろう」
「分かりました」
「まぁ、食え」
「はい」
ザアードが言うと、サラムは笑って、ジャンを見ている。
「そういうことだそうだって、ジャン」
「はい。でも、サラム兄さんは料理ができるんですか?」
「できるよ」
「結婚はしないのですか?」
「俺は、俺が気に入った女性じゃないと、結婚しない」
「どんな女性ですか?」
「それは分からない」
「変なの・・」
「変か・・、ははは」
サラムが笑って、再び口の中に食べ物を入れた。ザアードは笑っただけで、調理を終わらせて、ザアードたちは食事を終えると、サラムの報告を聞いて、計画を立てた。
「そうだ」
サラムは飴玉と遊んでいるジャンに声をかけた。今朝から甘い物ばかり食べたから、もうダメだ、とザアードに禁じられてから、飴玉はただのおもちゃになってしまった。少し凹んでしまったジャンを見たサラムは苦笑いだけだった。
「ジャンに良い物があるんだ」
サラムはそう言いながら外へ出て行った。そしてしばらくしてから、彼はまた入って、布にくるまれた長い物を持って来た。
「まさか、鉄砲を持ってきたのか?」
「そう」
ザアードが呆れた顔で聞くと、サラムはうなずいた。
「遠距離からあいつを殺せないかな~、と持って行ったけど、奴の居場所はなかなかつかめなくてね。で、居場所が分かった時に、もう遅かった。彼らはもうすでに船に乗ったさ」
サラムはうなずきながら、鉄砲を包む布を解いて、ジャンに渡した。
「これはきみが使え、ジャン」
「えっ!」
「えっ!、とはなんだ?重要な役目だぞ?」
ジャンが瞬いてサラムを見ると、サラムはまじめな顔でジャンの鼻をつまんだ。
「あ、はい。でも良いですか?」
「ダメなら、最初から渡さないよ」
サラムが言うと、ジャンは戸惑いながら鉄砲を受け取った。サラムは弾を一袋、ジャンの前に置いた。
「さて、彼らが来る前に少し掃除するか」
「スミルキアの海賊なら、もうすでに掃除させたよ」
「全員?」
「ああ」
ザアードは紅茶を飲みながら言った。
「一人ぐらい残せば良いのに」
「おまえは休め。おまえの班も、全員休め。二階の部屋を使え」
「・・・」
「午後から俺の班を休ませているから、先に休め」
ザアードが言うと、サラムは無言でうなずいて、そのまま窓から指示を出した。次々とサラム班の人々が入ると、ジャンはにっこりと微笑みながら彼らに手を振った。彼らは微笑んで、無言で頭を下げてから、サラムと一緒に建物の二階へ上がった。
「仲が良い人がいるのか?」
「うーん、そのあたりはよく分からないけど、彼らと一緒に行ったことがありました」
「イッシュマヤの時か?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「兄さん」
「なんだ?」
「この鉄砲を分解しても良いですか?」
「なぜ?」
「確認するためです。これから使うので、本当に調子が良いかどうか確認しないと、不安です」
「なら、好きにすれば良い」
ザアードは即答した。
「必要な物があれば、俺に言って」
「はい」
ジャンはうなずいて、短剣を出して、道具代わりに早速鉄砲を分解し始めた。手慣れた様子で、ジャンは分解した物を順番に並べた。そうすれば混乱しなくて済む、とジャンは言った。分解した鉄砲を掃除し始めた。
「そうやってするのか?」
「はい」
ジャンは火薬の痕をきれいに拭いてから、細かい調整を行った。
「慣れているんだな」
「はい」
ジャンはそう言いながら、再び組み立てる。見事の腕前だ、とザアードは思った。
「おもちゃ感覚で、やりましたので」
「じいさんの教えか?」
「はい」
ジャンは素直にうなずいた。
「たまに兄さんと一緒にやりました」
「何番目の兄さん?」
「三番目の兄さんです」
瞳がサビル・エフラドと同じ兄か、とザアードは思った。
「彼も鉄砲を使えるのか?」
「はい」
ジャンは素直に答えた。
「ベスタ兄さんは、私よりもずっと鉄砲が上手です」
「ほう」
「一緒に猪を狩りに行ったことがありました。彼は走ってくる猪を二発で仕留めました。私はまだ小さかったから、やりませんでした」
ジャンが言うと、ザアードは思わず微笑んだ。今でも小さい、とザアードは言いたかったけれど、言わなかった。
「ウルダでは、猪がいない。が、猪のようなゴミならいっぱいいるよ。いや、猪には失礼な、すまん。彼らは猪以下だ」
「うむ、はい」
ジャンはなんとなくその言葉の意味を理解した。
「その鉄砲を少し試さないか?」
「この村の中で、大丈夫ですか?」
「問題ないよ」
ザアードはもう元通りになった鉄砲を見て、弾袋を取った。
「じゃ、お言葉を甘えて、行きます」
ジャンがうなずいて、立ち上がった。自分よりも大きな鉄砲を持って行こうとすると、ザアードは笑って、鉄砲をとって、自分の肩にかけた。そしてジャンを腕に乗せて、屋敷の裏にあるオリーブの森へ向かった。
その数日後、恐れられている状況が起きた。連絡を受けたザイドの親戚のオスマン・タレークの従兄弟、アスワード・ザイムはザアードの隣で、家の屋根から村を攻めに来る軍隊を見つめている。砂ぼこりの中に、馬に乗っているタックス軍が剣を抜いて、まっすぐに村へ向かってくる。
「応援軍が間に合うか?」
「さぁ」
ザアードは短く言った。今のところ、戦力は村の男らと彼らだけだ。敵が海からも来る、というサラムの報告に、ザアードは港にサラム班と村の男らを待ち受ける準備をさせた。村の女性と子どもたちはまとめて、ザイム家の屋敷に逃げ込んだ。
「見えたか、ジャン?」
「はい」
ザアードはライフル・スコープを覗いているジャンに声をかけた。
「その距離でも届くか?」
「はい」
「なら、撃って!」
「はい」
ジャンは狙いを定めて、そのまま引き金を引く。
バーン!
命中した、とザアードは倒れたタックス軍を見て、思った。
ジャンはまた次に敵を狙い撃ちした。その様子を見たアスワード・ザイムは息を呑んだ。知らない武器を持つ幼い子どもは、無表情で遠くにいる敵を撃ち殺している。
ガッチャン
ジャンは再び弾を入れて、ボルトアクションを引いて、敵を狙う。一人、また一人、と敵が馬から崩れ落ちた。命中率が良い、とザアードは思って、周囲を見渡した。このような高い建物があるからやりやすい。
「あ、ごめんなさい、外しました」
「気にするな。村に辿り着く敵は俺たちがやるから、きみは彼らを減らせば良い」
「はい」
ガッチャン
ジャンはまた弾を入れて、再び敵を狙い撃ちした。ジャンの近くで空の薬莢がたまると、一人のザアードの部下が素早く別の袋に入れた。
「矢の準備を」
「はぁ!」
ザアードが言うと、その部下はうなずいて、建物の上から合図を出した。すると、複数の男性が弓を引いた。
「撃って」
「撃って!」
その合図で無数の矢が村の方から放たれて、雨のようにタックス軍の真上に降りかかる。ほとんどの矢に毒が塗っているため、かすっただけでも致命的なダメージになる。
ほとんど即死だ。
ガッチャン
ジャンはまた弾を入れて、敵を狙った。
「ここから左側にいる光り輝く鎧を使っている人が見えるか?」
「はい、体が大きな人ですか?」
「そうだ。あの人は将軍だ。狙えるか?」
「はい。撃ちますか?」
「撃って」
「はい」
ジャンが狙いを定めて、引き金を引いた。弾がまっすぐに放たれて、鎧に包まれていない顔に当たった。敵は馬から落ちて、舞い上がった時に、二発目が来た。その人が落ちて、ビクッと動かなくなった。
「見事だ」
ザアードは思わず微笑んで、ジャンを褒めた。
「弾はまだあるか?」
「まだあります」
「弾がなくなるまで、適当に敵を減らせ」
「はい」
ジャンはうなずいて、将軍が死んだ敵軍をまた狙い撃った。その様子を見ているアスワード・ザイムは瞬いただけだった。
恐ろしすぎる、とアスワードは思った。これがタレーク家の力なのか、と彼は思った。
この戦いが終わったら、絶対にタレーク家と縁を結ばないといけない。何しても、この縁が必要だ、とアスワードは思った。
「敵が逃げた」
アスワードが言うと、ザアードはうなずいた。
「攻撃を続けろ、ジャン。狙いはキラキラと光る帽子や鎧をする人だ」
「はい」
ジャンはうなずいて、また敵を撃った。弓を持つ部隊も攻撃が届かなくなるまで撃ち続けている。
「矢はやめろ。もう届かない」
「はっ!」
ザアードが言うと、彼の部下が素早く合図を出した。すると、矢の嵐が止まった。弓矢を持つザアードの部隊が屋根から降りて、矢を回収している間に、村の男性らは武器を持ちながら村内を走り回った。敵がいるかどうか、細かく確認する。
「アルミヤ港から動きがあったのか?」
「狼煙が見えました」
ザアードが聞くと、彼の部下が素早く確認した。
「ジャン、とりあえず撃つのはやめ。残りの弾はあとどのぐらい?」
「あと15発です」
「なら、もう撃つな。敵がもう遠くへ逃げた」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「当たる距離はやはり長いな」
「はい」
アスワードが言うと、ジャンはうなずいた。
「なんという武器だ?」
「鉄砲だ」
「大変優秀な武器に見える。扱いのは難しそうに見えますが・・」
「確かに難しい。あの武器は誰でも使える物ではない。大変危険な武器だ」
ザアードはアスワードの質問を答えた。
「だが、弟さんが使えるとは・・」
「彼は特別だ。大変優秀な弟でね」
ザアードはそう言いながら、弾をポケットに入れたジャンを見て、うなずいた。
「ザイム殿、ここは任せても良いか?」
ザアードが尋ねると、アスワード・ザイムはうなずいた。
「多分もう大丈夫だ。感謝するよ」
「感謝は勝ってからにしてくれ。敵がまだいる。俺たちはこれから港へ行く」
ザアードはジャンの手から鉄砲を取って、肩にかけた。部下の一人は空の薬莢を回収して、ザアードにうなずいた。ザアードはそのままジャンを抱きかかえて、タワーから飛び降りて、次々と移動した。
見事な軽業だ、とアスワードは思って、次々と村人に指示を出した。
「港がそろそろ見える」
「はい」
ザアードが言うと、ジャンはうなずいた。
「船が離れた場所で着岸しました」
数が全部4隻だ、とザアードは思った。サラム班はもうすでに上陸した敵と激しい戦いになった。
「ここから狙えるか?」
「もう少し前に行ってください。あの建物が邪魔です」
「分かった」
ザアードはそう言いながら、高い建物を探した。彼らが高い建物の屋根に着くと、ジャンは急いでザアードから鉄砲を受け取って、ポケットから5個の弾を出した。
ガッチャン、とジャンが弾を入れてからボルトアクションを引いて、ライフル・スコープを覗いた。
「将軍が見えません」
「雑魚は撃たなくても良い。船を操縦する人を狙えるか?」
「はい」
「ここから距離は届くか?」
「はい」
「なら、撃って!」
「はい」
ザアードが指示を出すと、ジャンは狙いを定めて、撃った。一人、また一人が崩れた、とザアードは確認した。次の船の船長らしき者も遠距離から放たれた弾にやられて、崩れた。そして最後の船も、船長とその隣の人も崩れた。
ジャンはまた弾を入れて、ボルトアクションを引いた。
「次は?」
ジャンが聞くと、ザアードはそれらの船を見ている。ザアード班の人々はもうすでに矢を放って、村に入ってくる敵を撃ち殺した。現地の村人らは後ろに下がって、被害物を設置した。
「鉄砲で、船を撃つことができるのか?」
「難しいです。船を破壊したいなら、大砲を使わなければなりません」
「大砲か」
ザアードは考え込んだ。そして再び視線を船に移した。
「船から馬が下りました」
「狙えるか?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「あの銀色の飾り、見えるか?」
「はい」
「あれは将軍だ」
「撃ちます」
ジャンが言うと、ザアードはうなずいて、船から下りてくる敵を見ている。
バーン! バーン!
二回連続響いた鉄砲の音とともに銀色の飾りをしている敵は馬から落ちた。
「当たったか?」
「分かりません」
「ならもう一度撃って」
「はい」
バーン!
鉄砲の音が再び響いた。
「他の馬が邪魔ですね」
「しばらく撃つな」
「はい」
「残り7発か?」
「はい」
ジャンはうなずいた。彼はただ姿勢を維持して、戦いの行方を見守っている。残りの7発は多くても7人しか殺すことができないため、このような戦いにはあまり役に立たない。
「敵が流れて来ます」
「ああ」
ジャンが言うと、ザアードはうなずいた。そして彼が合図を出すと、弓矢を持っているザアード班は直ちに弓を引いた。弓一つに矢が10本もまとめて放たれると、敵があっという間に削られた。
「兄さん、サラム兄さんが囲まれています」
「その鉄砲でサラムを囲んだ敵を撃ってるのか?」
「できます。でも、多くても7人だけです」
「7人でも構わん。可能なら、そうしなさい」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「撃ちます」
ジャンが言うと、ザアードはうなずいた。彼はサラムが居る場所を見守って、次々とサラムの周辺にいる敵が倒れていく姿を見た。
すごい命中率だ。やはりその実力は生まれつきの才能だろう、とザアードは思った。
「弾が終わりました」
「分かった」
ジャンが報告すると、ザアードはうなずいた。向こうで、サラムが一瞬彼らがいる場所を見て、手を振ったことを見たザアードは微笑んだ。空の薬莢を集めたザアードの部下の一人が弓矢セットを持って、ジャンに差し出した。
「しばらく弓矢で戦え」
「はい」
ザアードが言うと、ジャンはうなずいた。
「閣下、北から援軍らしき部隊が現れました」
「旗を持っているのは誰だ?」
「アバス・イルシャード殿でございます」
アバス・イルシャードは暗殺者で、イルシャード家の本家の長男で、イスハック・イルシャードの異母兄弟だ。イスハック・イルシャードの裏切りが判明した今、アバス・イルシャードがどういう意図でこちらに来るのが分からないため、ザアードは可能な限り接触したくない。警戒すべき相手だ、と彼は思った。
「小頭はいるのか?」
「はい」
「なら西側の防衛は彼らに任せる。俺たちは港を守れば良い」
「分かりました。そう伝えて参ります」
ザアードの部下は頭を下げてから、急いで北側に向かった。ザアードは部下が差し出した弓矢を受け取って、敵に向かって矢を放った。