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ウルダ(37)

ジャンが女性たちの弓矢の先生になったのは数週間になった。サイナを始め、ザアードの妻とサフィードの妻もジャンの指導をまじめにやって、訓練に励む。彼女達だけではなく、子どもたちも彼らの母親の影響を受けて、一緒にやるようになった。


「こうやって、的を見て、指で大体方向を確認すると、失敗しにくいのです。もう上手であれば、的を見るだけでもすぐにできます」


ジャンがサマッドの姿勢を直すと、サマッドはうなずいた。


「余計なことを考えないで、集中して、はい、撃って!」


ジャンの合図に従って、サマッドは矢を放った。命中した。


「できた・・」

「おめでとうございます!」

「ありがとう、叔父さん!」


サマッドが成功すると、エマルとウマルも近づいて、やり方を見てから再び弓を引いて、矢を放つ。二人とも成功すると、サイナたちは嬉しそうにうなずいた。


「私も負けないわ」


サイナが弓を引くと、他の女性らも一斉に弓を引いた。そして、三人が同時に放つと、的に当たった。少しは外れているけれど、当たったことに間違いないから、ジャンはにっこりと笑った。


「叔父さん、馬に乗って、どうやって矢を射る?」


ウマルが聞くと、彼らは一斉にジャンを見ている。


「やり方は同じです。ただ不安定な姿勢で弓を引かなければならないから、最初は難しいです」


ジャンは隠さずに言った。


「女性でもできるの?」


サイナが聞くと、ジャンはうなずいた。


「ズボンを履けば、とても楽に動きますよ。馬に乗ることができればの話ですが・・」

「私は馬を乗れる」


サイナが言うと、ジャンは彼女を見て、うなずいた。


「じゃ、次回に、試しに馬に乗って、やってみましょう」

「分かった」


サイナが言うと、女性らは心配そうな顔で彼女を見ている。けれど、ジャンは微笑んだだけだった。


「女性はそのような激しい動きに耐えられるですか?」


サフィードの妻が言うと、ジャンは首を傾げた。


「なぜ耐えられないと思うのですか?」


ジャンが逆に聞くと、彼女は混乱した。


「私の母は良く馬に乗って、鉄砲や弓で鹿や野鳥を狩りに行きます。腰にはいつも短剣があって、とても凜々しい、と思います」

「まぁ!」


女性たちは興味津々とジャンを見ている。


「ズボンはどんな感じ?服は?飾り物は付けられる?」

「うーん、長めな服の下にズボンを履く感じで、服は腰辺りまで切り目を入れて、ひらひらととてもかわいらしいです」


ジャンが説明すると、女性たちはウキウキしながら想像している。サイナも興味深くジャンが言った彼の母の姿を想像している。彼女たちがいくつかの質問をしてから、再び練習に励んだ。途中でジャンは走りながら、弓を引く姿を見せると、彼女たちも一人一人とやってみることになった。


ジャンの言うとおり、最初は難しい、とサイナたちは思った。けれど、彼女達もいっしょけんめいに励んだ。母親ががんばると見たサマッドたちはがんばるようになって、練習に励んだ。サマッドの姉や妹たちも彼に続いて、走りながら矢を射た。


「今日はここまでです。お疲れ様でした。皆さんはよく頑張りました」


ジャンが言うと、彼女たちは清々しい顔でにっこりと笑った。彼女達がそれぞれの住まいに帰ると、侍従たちは訓練所を片付けた。


「彼女達の顔色が最近とても良くなった、とサフィードが言った」


ザイドが現れると、ジャンは驚いて、すぐに頭を下げた。


「運動すると、体も気分も良くなります。お母様はよくそう仰いました」

「そうか」


ザイドはその近くにある弓と矢を取った。そして的を狙って、矢を射た。


命中した。


そして、また矢をとって、再び狙って、射た。


的に、同じ穴に、矢が刺さった。


「すごい」


ジャンが言うと、ザイドは微笑んだ。


「もう一度見せよう」

「はい」


ジャンはうなずいて、ザイドの手を見ている。とても安定している様子で、無心に近い。ザイドが矢を放つと、息を吐く。そして、的に、同じ穴に三本の弓が刺さっている。


「すごい」

「ははは」


ザイドは軽やかに笑った。そしてまとめて数本の矢を取って、弓を引いた。一斉に放たれた矢がすべて的に刺さった。しかもほぼ同じところに刺さった。


「やり方は一緒だよ、ジャン」


ザイドは優しい声で弓をジャンに返した。


「やってみます」


ジャンが言うと、ザイドはうなずいた。二人はしばらくその訓練所で弓の練習をした。


訓練の後、ジャンは部屋に戻って、着替えた。明日、再びテントに行くので、ジャンはイブラヒムと一緒に持って行く服をカバンの中に入れた。カードを持って行くか、外国語の手帳を持って行くか、とあれこれと悩んで、結局全部カバンに入れたジャンを見たイブラヒムは笑った。


けれど、突然部屋がノックされた。イブラヒムが扉を開けると、一人の侍従は何かのメッセージをイブラヒムの耳元で言った。イブラヒムはうなずいて、穏やかな顔でジャンの元へ行った。


「ジャン様、緊急事態が起きてしまいました。今すぐに当主様の元へ行くように、と伝言が来ました」

「あ、はい」


ジャンはうなずいた。


「カバンはどうしますか?」

「私どもがなんとか致します。早めにお行きくださいませ」

「分かりました」


ジャンは短剣と半月刀を腰に付けて、そのままザイドがいる部屋に向かった。


「お呼びですか?」


ジャンが言うと、ザイドはうなずいた。ザアードは無言でザイドの隣で立っている。彼はマントを着て、ジャンを見ている。


「ジャン・タレーク、本日付けから、きみはザアード班に配属する、と命じる」

「へ?」


ジャンが驚いたあまり、ザアードを見て、またザイドを見て。けれど、ザイドは顔色を変えずに、話を続けている。


「驚いたのが分かっているが、まず、その訳を話そう」


ザイドが穏やかな声で言うと、ジャンはうなずいた。


「イッシュマヤから東南の方向、アスビー村の南にある漁港、アルミヤという集落がある。その集落に、二日前に海賊らしき船が入港したという情報が入った」

「はい」

「彼らは意味不明の言葉を話すだけではなく、手荒な真似で集落の住民たちを脅かす存在だ。そこで、言葉を理解する人が必要だ。なので、きみの仕事は、彼らが何を言っているのか、何を企むかを把握することだ。そのため、これから現地に向かうザアードたちと同行しなければならない。なぜなら、現時点では、タレーク家では、タックス語、中央国語、バルジャ語、ヘブレスカ語以外(・・)の外国語ができるのはきみだけだ」


ザイドはジャンをまっすぐに見ながら言った。


「分かりました。では、これからどのような準備をしなければならないのですか?」


ジャンが聞くと、ザイドは微笑んだ。


「持っていく物はもう準備させた。この部屋から出た瞬間、きみはザアードに従って行動しなさい」

「はい」


ザイドがザアードに小さな瓶を渡すと、ザアードはうなずいて、その瓶をジャンに差し出した。


「即死するほど、強い毒だ」


ザアードが言うと、ジャンはその瓶を受け取った。


「名前を伺っても良いですか?」

「瞳、だ」


ザアードが言うと、ジャンは瞬いた。


「この任務に、女神の微笑みよりも、瞳の方が適すると思ってね、用意した。理由は分かっていると思うが、とても危険な任務だからだ」

「分かりました。ありがとうございます」


ザイドが答えると、ジャンは手元にある毒瓶をチラッと見た。


「でも、ジャヒール先生に、知らせないといけないと思いますが・・」

「ジャヒールさんには、もうすでに連絡した。サバッダたちにも連絡した。彼らは今回の仕事に実力不足だと判断した」

「うむ、お頭も、ですか?」

「無論、お頭もこのことについて、承知した」


ザイドは微笑みながら言った。


「他に聞きたいことはあるか?」

「うむ、聞きたいことではないけど、実は来週にサイナさんと約束しました。馬に乗って、ちゃんと矢を射ることができるかどうか、見てみようと思っています」

「ほう?サイナが?」


ザイドは興味津々と微笑んだ。


「ザイナブさんとサルビナさんはさすがにまだ無理だと思うけど、サイナさんは馬に乗れる、と言いました」

「なるほど」


ザイドはうなずいた。


「彼女達はしばらくの間、ズボン造りに夢中になるだろう。だが、彼女達に伝えるよ。きみが戻って来るまで、練習をしっかりするのと、素敵なズボンも作るように、ね」

「あっ」

「ははは」


ザイドとザアードは笑って、ジャンを見ている。


「では、行きなさい。そして無事に帰ってきなさい」

「はい」


ジャンはうなずいて、頭を下げた。


「行って来ます、父さん」


ジャンが言うと、ザアードも頭を下げて、ジャンと一緒に外へ出て行った。


「この任務が終わったら、他の言語を教えてくれ、ジャン」

「はい」


ジャンはうなずいた。外ではもうすでに数人のザアード班がいる。全員、マントを着ている。ザアードがジャンを紹介すると、彼らは丁寧に頭を下げた。ジャンはうなずいて、彼らの名前を覚えてから、イブラヒムが持った投げナイフのポーチを受け取って、そのポーチの中に毒瓶を入れた。そしてベルトと武器を付け直してから、マントを着けた。


「あの、イブラヒムさん」

「はい」

「おなかが空いたけど・・」

「・・・」


ジャンが言うと、全員はジャンを見ている。


そういえば、昼ご飯がまだだった、とイブラヒムは思った。


「何かをご用意致します。しばしお待ちになってください」


イブラヒムは慌てて走って、侍従たちに厨房へ行くように命じた。ザアードは笑って、困っているジャンを持ち上げて、腕に乗せた。


「確かにおなかが空いたね。ぐ~、と鳴っている」

「あ、はい。ごめんなさい」

「ははは」


ザアードは笑いながら庭へ向かった。もうすでに馬のサドルにカバンや荷物が固定されている。彼ら全員の馬には矢筒(やづつ)と弓もある。ザアードがジャンを馬に乗せると、イブラヒムは走りながら大きな袋を持って来た。


「持ち運べるのはこれしかございませんが、どうぞお持ちくださいませ」


イブラヒムが差し出すと、ザアードはその袋を受け取った。そして袋を開けて、中身を覗いた。


「葡萄があるよ、ジャン」


ザアードが葡萄を取って、食べた。そして袋をジャンの馬のサドルに固定した。


「ありがとうございます」


ジャンが言うと、ザアードは微笑んで、自分の馬に乗った。合図を出した。


「イブラヒムさん、ありがとう!行って来ます!」

「行っていらっしゃいませ」


ジャンが言うと、イブラヒムは頭を下げてから、彼らを見送った。



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