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ウルダ(36)

ジャンが馬に乗りながら弓矢を扱うことができる話はあっという間に広がった。元々それはウルダの伝統的な戦術の一つで、とても難しい技の一つだ。ザイドは微笑みながらザアードの話を聞いて、うなずいた。


恐らくジャンの祖父が教えただろう、とザイドは思った。しかし、まさか小さな子どもがその技ができるなんて、とザイドはそう思いながらザアードの提案を受け入れた。


「分かった。後ほど10歳未満の先生方に連絡しよう」


ザイドはうなずいた。


「もう一つ」


ザアードはまじめな顔をして、ザイドを見ている。


「何だ?」

「サイナが第四訓練所へ来た」

「何しに?」

「鉄砲を習いたい、と言った」

「ふむ」


ザイドは考え込んだ。


「ザニフ家はまだしつこく彼女の息子たちを要求してくるのか?」

「どうだろう」


ザイドが聞くと、ザアードは考え込んだ。


「ただ、はっきりとしているのは、ウマル・ザニフは、そのザニフという名前を嫌って、早くタレークにしたい、と言い出した」

「気持ちは分かる」


ザイドはうなずいた。


「まだ6歳の子どもでさえ、そのことを理解している」

「母親の顔を見れば、その気持ちになるだろう」

「本当に哀れなサイナだ。私はもっと結婚相手を調べれば、そのようなことが起きなかっただろう」


ザイドはため息ついた。


「結婚した相手のことを悔やんでも仕方がない。それに、大体の男は結婚するまで本性を隠している。父さんのせいではない」


ザアードが言うと、ザイドは微笑んでザアードを見ている。


「きみは女の子を持ったら、私と同じ気持ちになるだろう」

「肝に銘じます」


ザアードはうなずいた。ザアードの子どもたちは全員男だから、その気持ちはまだ良く分からない。サフィードは逆に、サマッド以外、ほとんど女の子ばかりだ。


「サイナの希望は認めよう。ただし、第五訓練所で行う。他の女性らが習いたいなら、週に一回、午前中の半日だけを許そう。その時、男性はジャンと10歳未満の子どもたち以外、立ち入り禁止だ。周囲の目隠しもしっかり頼むよ」

「はい」


ザイドが言うと、ザアードはうなずいた。


「だが、正直に、鉄砲よりも、弓矢の方が良い、と思うがなぁ・・」

「それはなぜですか?」

「鉄砲は危険だからだ。誤発でもしたら、大変なことになるからだ」


ザイドが言うと、ザアードは考え込んだ。


「なら、鉄砲ではなく、弓矢の練習だけにしよう。誤発も考えて、まず弓矢を使えるようにする、という理由にすれば良い」

「任せるよ」


ザイドが言うと、ザアードは頭を下げて、退室した。





ジャンがタレーク家の女性たちの先生になったことをジェナルとジャヒールの耳にも伝わった。自衛のためとは言え、女性は武器を持って、戦うことを賛成できない人もいる。けれど、これからのことを考えると、そうは言ってられない状況だという理由を説明すると、男性らは考え込んだ。


「女性が自衛できれば、男性も安心して戦えるだろう。何もかも、戦うことまで女性に任せるのではなく、男性が外で戦っている間に、女性は子どもたちと年寄りを守れるぐらいの腕があれば、良いことだと思う」


ジェナルが考えながら言うと、数人の男性らは考え込んだ。


「わしは反対しない。むしろ良いことだ、と思っている」


一人の男性が言うと、他の男らはうなずいた。


「だが、訓練所を持たない人はどうすれば良い?」

「ふむ」


ジェナールは考え込んだ。タレーク家のような裕福な家ばかりではないから、その問題に直面することになる。


「共同訓練所を作ろう。基本的に日頃、男性が弓矢の練習できるが、週に一日、時が日が昇ってから傾くまで、女性が誰でも使えるようにすれば良い。その時は10歳以上の男性の立ち入りは禁止にする。弓矢の先生は、どうするか・・」

「しばらくジャンに協力してもらって、女性らにやり方やコツを教えてもらおう。彼女らの中から上手な人がいれば良いと思う。後は彼女たちに任せれば、問題ないだろう」

「賛成だ」

「訓練場の周辺にカーテンで隠すかどうかはその場所を使用する女性らに任せれば良い。隠した方が安心するなら、隠せば良い。場所だけは用意する」


ジェナルが言うと、彼らはうなずいた。


「わしは金貨30枚を寄付しよう」

「わしも寄付しよう」


一人が言い出すと、他の男性らもうなずいて、ジェナルの前に手元にある金貨を出した。ジェナルもうなずいて、それらのお金をたらいに入れた。


「ジャザル家は金貨300枚を出そう。これで立派な弓矢の訓練所ができるだろう」

「立派な鉄砲の訓練所はできそうですね」

「その通りだ」


ジェナルはうなずいた。


「鉄砲や弓は危険だから、周りに建物がないところで作ろう。小頭、その仕事はおまえに託す」

「分かりました」


ジャヒールはうなずいた。そして話が終えたところで、ジェナルはジャヒールに何かを命じた。ジャヒールはうなずいて、外へ出て行った。





「みんな、ここに居たのか?」


ジャヒールが言うと、サバッダたちは振り向いた。顔にパンとカレーで汚れているジャンが振り向くと、ジャヒールは思わず笑った。サバッダが気づいて、慌てて近くに置いたタオルを取って、ジャンの顔を拭いた。


「食事は続けて」

「はい。先生は食事を召し上がりますか?」


サマンが言うと、ジャヒールはうなずいた。


「じゃ、少し頂こう」

「はい」


ジャヒールは鍋とパンを囲んだ弟子たちと一緒に座って、カレーを食べているジャンを見て、また笑った。


「始めて食べたか?」


ジャヒールが聞くと、ジャンはうなずいた。そしてジャヒールはサマンが差し出したお皿を受け取って、真ん中に置いたパンを取って、カレーに付けた。


「こうやって食べるんだ。やってごらん」

「はい」


ジャヒールがカレーに浸したパンを口に入れると、ジャンもやって見た。サマンたちは笑って、うなずいた。


「大丈夫だ、ジャン。そのうち、上手に食べられるようになるのだから、ゆっくりで良いよ」


アミールが言うと、ジャンはうなずいて、もぐもぐしている。


「カレーは誰が作った?」


ジャヒールが聞くと、アブは手を挙げた。


「私が作りました。パンは姉からもらいました」

「アイナさんか?」

「はい」


アブはうなずいた。


「作りすぎて、食べきれない、と彼女が言った」

「アズハルさんが家にいないのか?」


アズハルはアイナの夫、アバス家の次男だ。


「アズハルさんは今夜バティアルさんの代わりにアミーン家の商人団を護衛することになった、とアイナ姉さんが言いました。オグラット村に行くらしいです」


アブが答えると、ジャヒールは首を傾げた。


「バティアルさんはどうかしたの?」

「熱と下痢が出たらしい。医者の話によると、食あたりだったからです」

「食あたり?」


ジャヒールが首を傾げながら、パンを食べた。


「なぜ食あたりになったか、そこまでは分かりません」


アブが答えると、ジャヒールはうなずいた。そして彼はまたジャンを見て、笑った。


「どうだ?アブのカレーは美味しいか?」

「はい!」

「ははは!まぁ、食え!」


ジャヒールが言うと、ジャンはうなずいて、再び頬張った。


「ところで、ジャン」

「はい」

「弓矢を教えたのはじいさんか?」

「はい」

「馬に乗って、矢を射るのもじいさんが教えたのか?」

「はい」


ジャヒールが聞くと、ジャンは素直に答えた。


「いつ頃から習った?」

「馬にかなり乗ることができてから、習いました」

「二歳か三歳ぐらいの頃?」

「多分・・、よく覚えていません。ごめんなさい」


ジャンが謝ると、ジャヒールは微笑んで首を振った。


「謝らなくても良い」


ジャヒールはまたパンを口に入れて、ジャンを見ている。


「そもそも、鉄砲があるのに、なぜ弓?」

「ん・・、弓は比較的に安いから。鉄砲は弾が必要だし、なんだかんだ音が大きいから、イルカンディア人にばれる可能性があるからやりづらいです」


ジャンが素直に言うと、ジャヒールは微笑んだ。


「なるほど、そうだったのか」


ジャヒールは考え込んだ。


「弓矢のことなんだが、矢に毒を付けると、殺傷力が上がるよ」

「はい」


ジャンはうなずいた。


「昔は矢を茶色蛇の毒に付けて、鹿を狩りました。その毒にかかると、鹿が動けなくなります」

「ほう。毒で狩った鹿の肉を食べても問題がなかったのか?」

「ちゃんと血を抜けば、問題ない。火も通れば、毒が消える、と侍従が言いました」

「なるほど」


毒に詳しい侍従がいる、とジャヒールは思った。


「ウルダでは、その茶色蛇を見たことがあるのか?」

「ありません。ごめんなさい」

「そうか、なら仕方がない」


ジャヒールはそう言いながら微笑んだ。サバッダたちはただ食べながら、二人の会話をしっかりと聞いている。


「そうだ、明日、馬に乗って、矢を射る競技の練習をしようと思う。ジャンも参加してくれるか?」

「はい」

「それは良かった」


ジャヒールがそう言うと、お皿に残ったカレーを食べ終わらした。


「美味しかった。アブ、美味しい食事、ありがとう。姉さんにも、感謝を伝えてくれ」

「はい」


アブは嬉しそうにうなずいた。





翌日。


思った以上に、人々が集まった。ジャヒールが設置した的が三つあって、走るコースもかなり長い。訓練に参加したい人々が意外と多くて、ジャヒールは笑いながらうなずいた。他の先生の弟子らが現れると、その周辺は賑やかになった。何よりも、人々はジャンの腕前を見たい。女性らと子どもたちも集まって、お祭りのような、出店もある。サフィードの連絡を聞いたザイドも来て、ジェナルの隣で座って、微笑みながら参加している人々を見ている。


「お、サバッダがいるぞ」


ザイドの隣で立っているサフィードが言うと、ザイドは微笑みながらうなずいた。ジャヒールが合図を出すと、サバッダは馬を走らせて、次々と的を射た。次々と訓練に参加している人々が出てきて、今度はジャンの出番だ。


やはり小さい、とザイドは思った。けれど、小さなジャンは負けないぐらい、馬を走らせて、次々と的を射た。


全部命中した。


能力的に、もうサバッダたちと負けないぐらいだ、とザイドは思った。


そして、ジャンを見た人々が興奮して、大きな拍手をした。まだ上手ではない人々もいるから、ジャヒールと他の先生らは彼らに指導した姿もあった。最後に、ジャヒールは馬に乗って、矢を射た。


すると、人々は目を疑って、ざわめいた。なぜなら、なんと、ジャヒールは複数の矢を一斉に射て、全部命中した。ジャンでさえ興奮のあまり、拍手した。


「やはり小頭はすごいだね」

「ははは、そうだろう」


ジェナルは満足そうにその訓練を見て、うなずいた。


「これから弓矢も、剣術も、鉄砲も、徹底的にやりたい。そのために共同訓練所を作ろうと思う」

「ほう」


ザイドはうなずきながら、ジェナルを見ている。


「それは良い」


ザイドはそう言って、ジャヒールに近づいたジャンを見ている。彼はとても生き生きしている。


「人々はタレーク家の話を聞いて、わしの元へ来た。なんとかできないか、って」

「で、その答えは共同訓練所か」


ザイドは考え込んだ。


「私は金貨200枚を寄付するよ。それと、女性たちのための弓矢を用意しよう。女性一人に対して、弓一つと矢10本を与えよう。その訓練所が完成したら、弓矢を与える。彼女たちは自分の弓と矢を持ったら、練習に励むだろう」

「それはありがたい」


ジェナルは素直にうなずいた。


「正直に言うと、女性が武器を持って、矢を練習するなど、前代未聞のことで、どうすれば良いか、分からなくてね」

「私もそうだよ」


ジェナルが言うと、ザイドもうなずいた。


「ただ、ジャンの話を聞くと、それもあり、と思いましてね」

「ジャンはどんな話をした?」


ジェナルは興味津々とザイドを見ている。


「母親が、馬に乗って、鉄砲で狩りする、と」

「それはすごい」

「ああ」


ザイドはうなずいた。


「女性が一人で、子どもも7人を産んで、亡き夫の代わりに夫の両親と自分の両親、そして自分の子どもたちを面倒を見て、養って、・・しかも馬に乗って、鉄砲を扱うなんて、とんでもなくたくましい女性だ」


ザイドが言うと、ジェナルはうなずいた。


「近くにいるなら、私が求婚するかもしれない。タレーク家の全力で、彼女の敵をすべて倒したくて、普通の女性の幸せを与えたくてね」


ザイドがほっそりと言うと、ジェナルはうなずいた。考えてみると、ジャンの母親はすごい人かもしれない、とジェナルは思った。


「だが、アルキアまで、船が半年ぐらいかかるらしい。港へ行った人から聞いた話だったが・・」

「そうだね。とても遠い。私がアルキアに行ったら、生きて戻れるかどうか、分からない。だからその考えを封じた」


ジェナルの言葉を聞いたザイドはうなずいて、ため息ついた。


「半年・・、あれ?待ってよ?ということは、ジャンは三つ半の時にアルキアと離れたじゃないか?」

「考えてみると、そうだな」


ジェナルが言うと、ザイドも気づいた。


「ジャンは、たった一年間ぐらい、武器と言語を覚えた、って訳か?」

「そうなる・・、でないと、計算が合わない」

「とんでもないじいさんだ」


ジェナルが言うと、ザイドは笑った。


「お頭の従兄弟の従兄弟だから、やっていることは想像付かないね」

「ははは」


ザイドの言葉を聞いたジェナルは苦笑いした。


「だが、才能以上に、あの子はとても努力している。一緒に住んでいるから分かったんだ。必死に努力しているからか、甘え方は忘れてしまう時もある」


ザイドは笑っているジャンを眺めながら微笑んだ。


「哀れな子だ。彼に優しくしてくれ、ザイド」

「もちろんだ。ジャンは私の息子だから」

「ありがとうよ」


ジェナルは微笑んで、立ち上がった。ザイドも立ち上がって、手を振ったジャンに向かって、手を振った。


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