ウルダ(35)
結婚式の日から一週間が経った。ジャンは来ているザイドの親戚たちに鉄砲を披露して、鉄砲について毎日教えている。親戚だけではなく、タレーク家が抱えている職人たちにも、鉄砲の薬莢造りやカード作成にも問い合わせがたくさんあって、一人一人を相手にすると、休憩時間がなくなってしまった。まだザイドの個人訓練もあったから、夕方になると、夕飯を食べずに、ジャンは疲れたあまりに、眠ってしまった。
「疲れて、眠っていると聞いた。何しろ、彼はまだ4歳だから」
ザイドは一人の親戚の質問を答えて、紅茶を飲んだ。
「このままだと、ジャンがかわいそうだ。明日から時間をちゃんと決めよう。職人たちは訓練の後、午前中から昼辺りまでにする。鉄砲の話は午後からにする」
ザイドが言うと、親戚たちは仕方なくうなずいた。
「我々も鉄砲を持って帰りたい。少し譲ってくれないか?」
「一家族に一本だけなら良いでしょう。弾は一人30個にするよ」
「鉄砲が十本はだめなのか?」
「今のところ、無理だ。ジャザル家に100本を譲ったばかりなので、新しい鉄砲を手に入るまでは、なんとも言えない」
ザイドは言った。
「弾は自分で作れるのか?」
「今のところ、まだだ。職人らが一所懸命作っているところだ。完成したら、知らせるよ」
「それはありがたい」
親戚の一人はうなずいた。
「我々もちゃんと自衛をしないと、タックスやイルカンディアに土地を取られてしまう」
「恐らく彼らはもうすでに狙っているだろう。昨日、ジェナル・ジャザルが言ったように、イッシュマヤで起きた出来事は、遅かれ早かれ、彼らのことを母国へ伝わるだろう。その時に、俺たちがちゃんと対応できなければ、次に奴隷になるのは俺たちだ」
「それは絶対に阻止しなければならない」
「同感だ」
親戚たちがそういうと、ザイドは無言でうなずいた。
「イルカンディア人はとても賢い。良い顔で近づいて、友達のように接触してくる。相手が困っているところでさりげなく手を差し出す。見返りとして、最初はお金を要求する。しかし次は彼らが別側に動いて、相手に近づいて、なぜ負けたか、どうすれば良いか、と知らないふりで親切に聞いて、力を貸す。人々は互いに喧嘩して、戦って、切りがない。そうすれば、衝突が止まらないので、彼らが次に要求するのは建物や土地やオアシスなどで、軍を呼び寄せた。最終的に、我々が力尽きてしまったときに、軍を動かして、丸ごと手に入れる」
「卑怯だ」
「ああ、卑怯だよ」
一人の親戚が言うと、ザイドはうなずいた。
「ジャンの父親も、イルカンディア人と戦って、戦死した」
「名誉ある死だ。息子である彼は誇るべきことだ」
親戚の言葉を聞いたザイドは考え込んだ。
「彼はそのことを分かっている。まだ4歳なのに・・」
ザイドはため息ついた。
「が、戦争に負けたアルキアは、悲惨だ。彼の兄たちはイルカンディア人に囚われて、人質になった。イルカンディア人がジャンのことを気づく前に、彼のじいさんは孫を連れて、ここへ来たわけだ」
「そうか・・、哀れな子だ」
ザイドが言うと、親戚たちはうなずいた。
「第一将軍に、俺が話して見るよ」
「頼むよ」
一人の親戚が言うと、ザイドはうなずいた。実はザイドは別のルートで第一将軍にも連絡をした。けれど、それは親戚らに言わなかった。
「一応、ジャンがイルカンディア語を教えている。可能なら、各々方の家の中から、語学が達者な人を学ばせた方が良い。そうすれば、我々はイルカンディア人の罠に落ちなくて済む」
ザイドが言うと、彼らはうなずいた。
「あの子は、他の言葉もできるのか?」
「無論できる」
ザイドはうなずいた。
「あの子は読み書きができないが、話す言葉ならできる。すごく頭が良い子だ」
「ふむ。何カ国語ぐらいできる?」
「いくつだろう・・。私は知ったのは、イルカンディア、スミルキア、エルガンティ、トルピア、ミン、サイキス、ともちろんアルキア。おまけに、彼は今タックス語を勉強中だ」
「・・・」
親戚らは言葉を失った。
「これから敵になりそうな国は、イルカンディアだけか?」
「全部だ」
ザイドがためらいなく答えた。
「だが、ジャンが言ったように、彼らは数が少ない。だから、彼らの敵を削る必要がある。先ほども言ったように、彼らはじっくりと来る。まるで羊の皮を被る山犬だ」
ザイドが言うと、親戚らはうなずいた。
「その他に、皆が知っているタックス、そして中王国も私たちを狙っている」
「それは困った」
一人の親戚が言うと、全員考え込んだ。
「全部考えたら、混乱するだけだ。まず目の前の問題を先に片付けよう。タックスは失敗したが、間違いなく、諦めない。ナガレフ村には国軍が滞在しているが、次に狙われるのは、ナガレフではなく、南にあるオアシスを持ったアスビー村だろう」
「それはどこからの情報?」
「サヒムからだ」
ザイドが答えると、全員固まった。ウルダ一の情報屋、ザイドの息子、サヒムは裏の世界では有名だ。彼の情報は、信用できるからだ。
「わしはアスビー村に従兄弟がいる」
一人の男性がいうと、全員彼を見ている。彼はオスマン・タレーク、ザイドの親戚だ。
「可能ならその従兄弟を連絡して、状況を探ってくれ」
「分かった」
ザイドが言うと、その親戚はうなずいた。彼らは結局遅くまで話し合った。
数日後、タレーク家の親戚らはそれぞれの村や町へ帰った。ジャンは慌ただしい毎日から解放されて、とても嬉しそうな顔をしている。彼はそのまま中庭に走って、葡萄をつまみながら踊っている。時に歌って、また葡萄を食べて、また踊った。そんなおかしなジャンの行動に興味津々と見つめているのは別館に住んでいるウマル・ザニフ、6歳だった。彼は母親と一緒に中庭で歩いているところで、踊っているジャンを見かけてしまった。
「叔父さん!」
ウマルが呼ぶと、先ほどまで葡萄を食べながら踊っているジャンは動きを止めて、振り向いた。
「あ、こんにちは」
ジャンは小走りながら二人に近づいた。
「初めまして、ウマルさんのお母さん。私はジャンです」
ジャンは顔に布で隠した女性に向かって丁寧に挨拶してから、ウマルに葡萄を差し出した。ウマルは葡萄を受け取って、笑いながら嬉しそうに口に入れた。
「初めましてジャンさん。私はサイナ、あなたの姉よ」
彼女がそう言うと、ジャンはうなずいた。
「お散歩ですか?」
「はい。ちょっとだけ気分転換しようと思ってね」
サイナはうなずいた。
「ウマルさんはこれから忙しいですか?」
「特にないと思います」
サイナは首を振って、葡萄を食べているウマルを見ている。
「予定がなければ、しばらくウマルさんと遊んでも良いですか?」
「遊んでくれるの?」
「はい」
ジャンが言うと、サイナの目が嬉しそうに見えた。
「ウマル、ジャンさんと遊んでも良いわよ」
「わーい」
ウマルが嬉しそうにうなずいた。
「じゃ、お願いね、ジャンさん」
「はい!」
ジャンがうなずくと、サイナはウマルの頭をなでてから、再び向こうにある建物の中に入った。
「何を遊ぶ?」
ウマルは葡萄を食べながら聞いた。
「ウマルさんはどんな遊びが好きですか?」
「ん・・、馬かな」
「馬を乗ること?あるいは馬を世話すること?」
「乗ること!」
ジャンが聞くと、ウマルは嬉しそうに答えた。ジャンはうなずいて、葡萄を食べ終わったウマルの手をとって、馬舎へ歩いた。イブラヒムがその馬舎の担当者に言うと、彼はすぐさま中へ走って、二頭の馬を連れてきた。
「いつもその馬に乗るのですか?」
ジャンは隣で馬を乗っているウマルに聞いた。ウマルはうなずいた。
「この馬はお母さんが好きな馬なの」
「お母様は馬が乗れるのですか?」
「うん!」
ウマルはうなずいた。
「だから僕も馬を上手に乗りたいんだ」
「じゃ、私と一緒に練習しましょう」
「うん!」
二人がしばらく練習場で走った。
「叔父さんは馬に乗りながら、武器を持って、戦うことができるの?」
「うん、少しならできるよ」
「なら、教えて」
ウマルが言うと、ジャンはウマルを見ている。
「良いけど、聞いても良いなら、どうして?」
「格好良いから」
「ははは」
ウマルの答えを聞いたジャンは笑った。
「僕は来年アスワジ先生に弟子入りするんだ。兄さんはもうすでに勉強しているから、昼間はいない」
「ふむふむ。ということは、ここでは、7歳から10歳まで家庭用の先生と一緒に勉強するのですね」
「はい」
ウマルはうなずいた。
「先生は読み書きも教えてくれるんだ」
「それは良いね」
「叔父さんもでしょう?」
「ううん」
ジャンは首を振った。
「一応読み書きを教えてくれる先生は週に3日ぐらい来るけど、その他はタックス語の勉強があるんだ」
「タックス語か・・」
「興味ある?」
「うん」
ウマルはうなずいた。
「じゃ、一緒に勉強しようか?」
「良いの?」
「良いと思うよ」
ジャンがまた馬に走らせると、ウマルは嬉しそうにその後ろで馬を走らせた。
「ウマルさんは馬が上手ですね」
「そう?」
ウマルは嬉しそうにうなずいた。ジャンは馬を止めて、近くにいるイブラヒムに何かを頼んだ。イブラヒムは戸惑いながらうなずいて、どこかへ行った。そしてしばらくすると、彼が戻って、ジャンが頼んだ物を持って来た。
弓矢だ。
ジャンはその弓矢を自分に付けて、侍従たちが設置した的を見ている。
「ウマルさんはイブラヒムさんと一緒にここにいて」
「はい」
「馬に乗りながら、格好良い武器の使い方を見せます!」
ジャンは笑いながら、的から離れた侍従たちを確認してから、馬を走らせた。そして彼は矢を取って、素早く弓に付けて、そのまま放った。
命中した。
それを見たウマルとイブラヒムたちは目を疑った。けれど、彼らの興奮はそれだけで止まらない。ジャンはまた馬を旋回して、矢を二本取り出して、一本が口に咥えた。そしてもう一本の矢を弓に付けて、射る。
命中した。
最後にジャンは馬を先ほどよりも早く走らせて、残りの一本を高速で走っている馬から射た。
それもまた命中した。
三本を射終えると、ジャンは馬のスピードを少しずつ減らしながら走って、興奮しているウマルの所へ向かった。
「叔父さん! すごい!」
「ありがとう!」
ウマルが言うと、ジャンは笑っただけだった。
「素晴らしい」
その声が聞こえると、ジャンは振り向いた。
後ろでザアードは大きな声で言いながら、的の方へ歩いて、的を確認した。
「全部命中した」
ザアードはそう言いながら、的を触れた。
「こんにちは、兄さん!」
「ああ、こんにちは、ジャン、ウマルもね」
ザアードは馬に乗ったジャンを見て、微笑んだ。
「叔父さん、私がそれを習いたい!」
ウマルが言うと、ジャンは笑ってうなずいた。
「簡単じゃないけど、がんばるなら教えます」
「がんばる!」
ウマルが力強く返事すると、ジャンは笑った。
「俺の息子たちにも教えてくれ、ジャン」
「良いですよ。でも、彼らは先生がいるでしょう?」
「俺が先生たちに連絡するから、問題ない。きみの空いている時間でやれば良い」
「あ、はい」
ジャンはうなずいた。
「父さんにも言っておくから、心配しなくても良い」
「はい」
ザアードは柔らかい声で言った。
「失礼致します。ジャン様、そろそろ鉄砲の授業でございます」
イブラヒムが言うと、ジャンはうなずいた。
「鉄砲って何?」
ウマルが聞くと、ジャンはにっこりと微笑んだ。
「武器です。習いたいなら、第四訓練所へ来てください」
「はい!」
ウマルはまた興奮して、大きな声で返事した。そしてジャンは馬を降りて、ザアードに頭を下げてから、イブラヒムと一緒に部屋へ戻った。
「きみも鉄砲を習いたいのか?」
ザアードはまだ興奮しているウマルを見て、尋ねた。
「鉄砲は見たことないけど、はい、習いたい」
ウマルはうなずいた。
「僕はお母さんを守りたい」
「そうか」
ザアードは手を伸ばして、ウマルを馬から下ろした。
「なら、強い男になれ!ジャンのように、な」
「はい!」
「それこそ、タレーク家の男だ」
ザアードが言うと、ウマルはうなずいた。
「今すぐにでもザニフの名前をタレークに変えたいけど、まだダメ?」
「残念ながら、無理だ。できるなら、そうした。これだけは法律で定められたから、どうしようもない」
ザアードが言うと、ウマルはため息ついた。
「17まで、まだ遠い」
「たった11年だ。毎日懸命に訓練や勉強すれば、あっという間に、17だ」
ザアードが言うと、ウマルはうなずいた。
「がんばる!」
「その調子だ」
ザアードはうなずいた。
「一緒に第四訓練所へ行こうか?」
「はい!」
ザアードは微笑んで、ウマルと一緒に、第四訓練所へ向かった。