ウルダ(32)
「ジャン、この短剣はなんだ?」
彼らはやっと家に帰った。夕飯のあと、サラムは自分の部屋にジャンを招いて、部屋の中に置かれている箱を開けた。そしてサラムは箱の中で見つけた短剣をジャンに見せた。すると、ジャンはその短剣を近くにある鉄砲に付けた。
「これは鉄砲の短剣なんだ。ほら、弾切れになったとき、武器がないと困るでしょう?こうすれば、槍になります。そのまま外せば、普通の短剣になります」
「なるほど」
ジャンがその鉄砲をサラムに渡すと、サラムはその鉄砲を見て、ふむふむしている。
「実によくできた武器だ」
サラムがそう言いながらまた鉄砲を構えている。
「ジャン、鉄砲ってどのぐらいまで狙えるのか?」
「うーん、少なくても、あの時の2倍ぐらいの距離でも十分当たると思います。お母様が見せたのは、もっと先にある野鳥だったんだ。一発で命中したあの時のお母様は、とても格好良かったです」
ジャンがキラキラとした目で話すと、サラムは微笑んだ。
「いつかきみの母親に会いたいね」
「はい」
ジャンはうなずいて、サラムが解体した箱の下にあるライフル・スコープを拾った。
「それは?」
「遠くへ見るための物です。じゃ、ちょっと鉄砲を貸して」
「ほい」
サラムがその鉄砲を渡すと、ジャンは手慣れた様子でライフル・スコープを装着した。
「こういう武器に慣れているのか?」
「うーん、ほぼ毎日鉄砲と遊んだから、慣れていると言えば、はい、慣れているでしょう」
「遊んだ?」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「弾は入っていない鉄砲を分解して、再び組み立てます。以外と面白くて、ほぼ毎日遊びました」
「分解して、何か役に立つことはあるのか?」
「悪いところがあれば自分で直せる、掃除もできる。専門の人に任せれば、お金がかかる上に、時間もかかる。だったら、自分でやった方が良い、とお祖父様が仰いました」
ジャンはその鉄砲をサラムに渡した。
「そのスコープから覗いて見て下さい」
「ああ、こうか?」
「ちょっと違います。サラム兄さんは体が大きいからそのまま持って、肩に固定して、スコープを覗いて見て」
「こうか?」
「はい」
サラムはジャンの指示通りにやると、いきなりにやっと笑った。
「遠くへ見える」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「そのように、離れた所まで楽に見えるから、弾の無駄撃ちをしなくても済みます」
「なるほど」
サラムはうなずいた。
「ジャン、きみを俺の弟にしてくれた父さんに感謝するよ」
「ん?」
「気にしなくても良い」
サラムは笑って、手にした鉄砲を見ている。
「この鉄砲は何か名前があるのか?」
「ライフルです」
「ライフルか」
サラムは考え込んだ。
「剣にもいろいろな種類と名前があるだろう?鉄砲もいろいろな種類があるのか?」
「はい、あります」
ジャンはうなずいた。
「大きい鉄砲は重くて、動かすにも大変な物もあります。それは大砲というんです」
「どの時に使うのか?」
「遠距離から、町の門や壁を破壊するときに使います。あるいは大軍が攻めて来たときに、その大軍に向かって撃つと、かなり効果的だ、と昔お祖父様から伺いました」
ジャンはサラムのベランダにある小さな庭の砂で絵を描いた。サラムはふむふむとうなずきながら絵を見ている。
「また小さい鉄砲もあります。私たちはそれを拳銃と呼びます。持ち運びに便利な物で、イルカンディアの偉い軍人は良く持っています。でも、近距離からじゃないと、撃ってもほとんど当たりません。私のような、腕が未熟の人はなおさら当たりません」
「なるほど」
「後はそのライフルですね。とても長いけど、ちゃんと練習すれば、命中率も上がりますし、とても安定した武器です。短剣もあって、とても良いと思います」
サラムは砂に描かれたジャンの絵を見ている。
「今度紙で書こう。砂だとすぐに消えて無くなる」
「あ、はい」
サラムが言うと、ジャンはうなずいた。
「その三つの中から、きみはどれが好き?」
「うーん、個人的に、ライフルが好きです。遠くから狙って、撃って、逃げます」
「ははは、そうか」
サラムは笑って、ジャンを見ている。
「そういえば、昨日の試し撃ちに空になった物があったね?それはなんだ?」
「これですか?」
ジャンは箱の中から空の円筒形の物を出した。
「そう、それ」
「これは薬莢といいます。その中に火薬を入れて、弾を詰め込みます。弾を鉄砲の中に入れて、ボルト・アクションで固定して、引き金を引くと、火薬が爆発して、その反動で弾が飛び出します」
「ふむふむ、火薬が必要なんだね」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「その空になった薬莢は再び利用できるのか?」
「お祖父様なら再利用します。侍従たちはお母様やおじじ様が使った薬莢を回収して、お祖父様の家来が作り直します。その方が安いからだ、と仰いました。実家のどこかで、そのための道具や設備があります」
「つくづく思うが、きみの実家は面白そうだね」
「え?そうなんですか?」
「ははは」
サラムは笑いながら出した鉄砲をまた箱の中に入れた。ジャンは首を傾げながら、箱の中身を見ている。結局サラムがサヒムに託された鉄砲は全部400丁で、弾も大きな箱、びっしりだった。どこで手に入れたか、謎だけれど、サラムの話からだと、ずっと北西の地で仕入れたらしい。
北西からずっと南へ移動して、そこから船で北東の方へ向かって、ジャンたちと出合った。
「兄さん、こんなにたくさんの鉄砲は、お金がかかったでしょう?サヒム兄さんは大丈夫でしたか?それに、危険がありませんでしたか?」
「問題ないよ」
サラムは微笑んだ。
「あいつが間抜けに見えても、実は結構上手いからな。イルカンディア人の罠に引っかかったアルキアのバカどもと比べられないほど、頭が切れる弟だから、心配しなくても良い」
サラムは鉄砲を数本だけ残して、残りをまた箱に入れた。弾も複数の袋の中に入れて、再び箱を閉めた。
「火薬があるとなると、火気厳禁だね」
「はい」
サラムが言うと、ジャンはうなずいた。
「まぁ、そもそも暗殺者はたばこを吸わない。潜伏している間に、においでばれてしまうからな」
「そうですか」
「だから、大人になっても、たばこを吸うなよ」
「はい」
ジャンはサラムを見て、うなずいた。
「ジャン、明日の朝、練習しよう」
「朝は父さんと練習があるから、父さんに相談しないとダメかもしれません」
「俺が父さんに言っとく。きみの練習は午後にでも問題ないだろう」
「はい」
ジャンはうなずいて、立ち上がった。
「この鉄砲はきみにあげる」
サラムはスコープと短剣に備えた一式の鉄砲をジャンにあげた。弾も一袋一杯だ。
「使った弾は、再利用できるかどうか、後で父さんと相談する」
「はい」
ジャンはうなずいた。
「スコープはまだ他の箱にあると思う。鉄砲の剣も意外と揃っている。これらの使い方を早くマスターしたい」
サラムが言うと、ジャンはうなずいた。
「私も、槍の使い方を練習したいと思います。短剣なら最近良くなったけど、槍はさすがにまだ何も分かりません」
「そうだな。後で父さんに相談するよ」
「ありがとうございます」
ジャンは頭をさげた。サラムは微笑んで、うなずいた。
「イブラヒム、ジャンを部屋に頼んだよ。もう遅いから」
「かしこまりました。では失礼致します」
イブラヒムは頭をさげてから、荷物を持って、ジャンと一緒に退室した。サラムは自分の部屋に並んだ大きな箱を見て、考え込んだ。
ジェナルはその鉄砲が欲しいと表明した。だから100丁ぐらいジェナルに売るということも考えている。ザイドはサラムの決定に従うだけで、金額の話をジェナルとしてくれる、と言っている。
それに、村の噂にもなった。ジャンが鉄砲を扱うことができる子どもだ。だから、そのような高い能力を持つジャンを、どのように守るか、とタレーク家の最大の問題だ。
その日の夜、サラムはザイドの部屋に行って、話し合った。サラムはジャンから聞いた話をそのまま報告した。弾の薬莢の件も、鉄砲に付ける短剣も、ライフル・スコープまで、細かい話をした。ザイドは興味深くサラムの話をして、机の上に置かれている短剣に手を伸ばした。
「ジャンは、これらの物を鉄砲に装着したのか?」
「はい」
サラムはうなずいた。
「この短剣は、装着すれば槍になる、外せば短剣として使えるね。良くできた武器だね」
「はい」
サラムはうなずいた。
「ジャンは槍を習いたいと言っています」
「分かった」
ザイドはうなずいた。
「ところで、あの鉄砲は長いから、ジャンにとって、かなり持ち運びにくいだろう?」
「はい。しかし、ベルト使えば簡単に肩にかけることができます」
サラムは見せながら鉄砲を肩にかける。
「それも箱の中に入ったのか?」
「はい。短剣とセットですが、スコープは10個しかありませんでした」
「ジェナルに売る箱の中にスコープを全部出しなさい。別売りにする」
「はい」
サラムはうなずいた。
「本当に、この武器は興味深い。前線では間に合えば大変強い武器だが、間に合わなければ命取りだ。しかし、あの的を見れば、殺傷的な武器だ」
ザイドはうなずきながらスコープを覗いた。
「これを使えば、遠くから狙えるね。音さえ小さくできれば、暗殺に向いているだろう」
「はい。それに、ちゃんと練習すれば、命中率が上がると思います」
「なるほど」
ザイドは机を見て、考え込んだ。
「明日、ジェナルに会う。100丁で良いね?」
「はい」
サラムはうなずいた。
「小頭には5丁を無償で差し出します。取ったのは我々だったが、彼の判断がなければ、手に入ることがありませんでした」
「分かった」
ザイドはうなずいた。
「ジャンには、もうあげただろう?」
「もちろんです」
サラムはうなずいた。
「私はあの子と早く練習したい、と思っています」
「ならば、明日、一日をやろう。有効に使え」
「ありがとうございます」
サラムは嬉しそうにうなずいた。
「サラム班、第一部隊、第二部隊、第三部隊、警備隊、ジャヒールさんたちも参加するね?」
「はい」
サラムがうなずくと、ザイドは微笑んだ。
「ザアードが帰って来たら、合流させる」
「はい」
サラムがうなずいた。そして彼はジャンが言った他の武器のことを言うと、ザイドは考え込んだ。
「短い鉄砲もあったのか」
「はい。絵は、ジャンが砂の上に書かれているから持って行くことができないが、明日再度紙の上に書くように頼んでみます」
「そうしなさい。あの子の頭の中にある情報、できれば記録して欲しい」
「はい」
サラムはうなずいた。
「そういえば父さん、ジャンは向こうで、ほぼ毎日、鉄砲を分解して、組み立てた、と言っていました。修理や掃除するためだそうです」
「ほう」
「また空の薬莢も再利用するそうです」
「ふむ」
「再利用するために、弾を飛ばすための火薬も必要だ、と言っていました」
「後で職人たちと相談する。自分で作れるなら、敵の策略に落ちる心配はなくなる」
「はい」
サラムはうなずいた。
「そうだ、この鉄砲に、名前はあるのか?」
ザイドが聞くと、サラムはうなずいた。
「ライフルです」
「ライフルか。覚えておこう」
ザイドはうなずいた。
「父さん、実はもう一つ報告しなければならないことがありました」
「なんだ?」
ザイドはサラムを見て、耳を傾けた。
「実は、イッシュマヤでは、ジャンが泣いていました」
「原因は?」
「イルカンディア人が小頭とジャンを盗人として仕立てた理由は、女王に献げるための布だ、と報告に聞いたと思いますが、実はその布はジャンの母親が手作りした布でした」
「ジャンはなぜその布が母親の布だと分かった?」
「その布はジャンと母親が手で描いた布で、彼がいびつな円を描いたところを見せてくれました」
「なぜその布がイルカンディア人に渡った?」
「珍しかった、と言う理由で奪いました、とジャンが言いました。女王は珍しい物が好んでいるのようです」
「ということは、ジャンの母親はその布を身につけている時に奪ったのか?」
「分かりません。ただ、その布は母親が好きだった布だ、とジャンが言いました。普段着として使ったのではないかと思われます。ですが、昨日のジャンの話から聞くと、イルカンディア人はジャンの母親に手荒な真似をしないでしょう、という話があったから、不埒なことが起きていなかったのだと思われます」
「ふむ。そのことはいつ頃起きたのか?」
「昨年だ、とジャンが言いました」
「昨年か・・、ということは、その後ジャンと祖父がウルダに行ったということか」
「そうだと思います」
「なるほど」
ザイドはうなずいた。
「では、報告は終わりました」
「分かった。下がって良い」
「はい、失礼します」
サラムは頭を下げてから退室した。ザイドはしばらく誰もいない部屋で考え込んでから、サラムが置いた鉄砲を持って、しばらく眺めた。